2-20 結城四姉妹

 春休みに入って五日目。


 北条のエルダーパートナーさんが主催する、企画スキー旅行の出発日がやってきた。


 現地へは貸し切りバスで行くらしい。


 ということで、早朝、待ち合わせ場所である学園の駐車場にきている。既に陽は昇っていて明るいけど、まだかなり寒い。そして眠い。もう春だもんね。


 ……あれかな?


 ガランとした駐車場に、青い車体の大型バスが停車しているのが見えた。そして入口のドアのところには、スーツ姿の女性が一人いる。


「おはようございます。参加者の方ですね? お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「武田です。武田結星です」


「武田様。私はこの度、皆様のお世話を担当させて頂きます、ミヨシ観光の松永と申します。早速ですが、大きなお荷物はこちらでお預かり致します。結城様御一行は既に御到着です。武田様もどうぞバスにご乗車下さい」


 結城様御一行?


 御一行ってことは、一人じゃないよね? 見送りかな? 結城家から他に誰が来てるんだろう?


「荷物はこれです。宜しくお願いします」


「はい。お預かり致します。バス内はフリードリンクになっております。冷蔵庫や保温ポットにある飲み物は、ご自由にご利用下さい」


 飲み放題か。随分とサービスがいいんだな。


 身軽になり、小さめのバックパックひとつでバスに乗り込む。


「おはよう、武田」


「おはよう、結城。……あっ、えっと。おはよう……ございます」


 結城の他に四人の若い女性の姿があった。たぶん全員、結城のお姉さんたちだ。


 早速、お姉さんたちとも挨拶を交わす。


「武田くん、お久しぶり。覚えてるかな? 長女のりんです。いつも弟のれんがお世話になっています」


 長女の凛さんは、名は体を表すを体現したような、凛としたたたずまいの女性だった。先入観を差し引いても、私服姿なのにどこか「巫女様」っぽい。年上なのに、無垢むくというか清廉な雰囲気があるからかな?


「次女のあんです。また会えて嬉しいわ。たくさん滑りましょうね」


 次女の杏さんは、顔は一番結城に似ていると思う。女性にしては背が高くて、でも小顔。それを強調するような洒落たショートヘアがよく似合っている。


「三女のともえです。武田くん、スノボにも興味ある? 一緒にできると嬉しいな」


「四女のまどかです。いろいろと遊ぼうね!」


 巴さんと円さんは、そっくりだなって思っていたら、一卵性の双子らしい。


 大学生だって聞いているけど、とても年上には見えない。小柄なせいかな? 色違いの萌え袖コートがやたら似合っていて、何故か猫耳の幻が見える。


 いや本当に。クオリティが高いというか、四人とも綺麗だし、めっちゃ可愛い。


 そして、正月にチラッと挨拶をして以来なのに、皆さんとても和気あいあいに接してくれる。結城とはキャラが全然違うんだね。


 ……でも、一緒に滑るって? どういう意味?


「結城。お姉さんたちは、見送りじゃないの?」


「ああ。姉ちゃんたちは、俺の付き添いっていうか、お目付役」


「お目付役? もしかしてまだ例の件が大変とか?」


「まあね。縁談はまだ継続中。相手が案外しつこくてね。でもまあ、それは名目上かな? 諸々の事情を考慮しても、俺のお目付役は凛だけで間に合うのに、余計なのがついてきただけ。あとの三人は遊びだ遊び」


 なるほど。お見合い絡みでの建て前上、一応保護者同伴なわけだ。でも実際は遊びと。


 お姉さんたちとスキーやスノボの話をしている内に、C組の男子三人組、片桐・平野・脇坂も続々とやってきて、車内は一気に賑やかになった。


「他の人たちは?」


「現地集合だって。北条は春休み初日には現地に移動したらしいよ」


「エルダーの人たちも?」


「エルダーの女性たちは、それぞれ仕事の都合がつき次第合流すると聞いています。一応私がこの中で最年長なので、主催者の三好みよしさんから引率を頼まれています。私じゃ頼りないかもしれないけど、そこは松永さんもいるので安心してね」


 と凛さん。


 何も考えずに気軽に参加しちゃったけど、ここまで手配してくれるなんて本当にありがたい。あとで主催者の三好慶子さんには、しっかりとお礼を言わなくては。


 *


 そして、いよいよ目的地へ向けて出発だ。


 バスの中は、中央に細長いテーブルが設置されていて、それを取り囲むようにコの字状に座席が配置されている。大型バスなのに、運転席と助手席を除けば座席は十二席しかないという、非常に贅沢な作りだった。


 窓には大きな硝子がはめ込まれていて、採光性がよくて開放的になっている。こういうのをサロンバスっていうんだって。動くパーティールーム。そんな感じ。


 俺たちは女性四人に男性五人の合わせて九人だから、車内なのに、かなりゆったりとした空間に感じる。座席自体も豪華な仕様で、座り心地がとてもいい。


 そして車内では、C組男子三人組が妙にテンションが高かった。それにかなり積極的だ。


「お姉さんたちってフリーですか?」


「フリーって交際相手って意味? だったら、まだ誰も相手はいないわよ。凛姉は、いずれ婿取りすると思うけど」


「マジっすか! こんなに可愛いのに!」


「ありがとう。片桐くんったら、口が上手いのね」


「いや本当に。全員めっちゃ美人だと思います! なのに結婚してないのって、家の事情とかあるんですか?」


 おっ! 直球で質問とか、意外に大胆だね。


「凛は跡取りだから相手を吟味しないといけないけど、あとの三人は基本的に自由だよ。まだ子供は欲しくないからとか言って、相手選びを先に延ばしているだけ。よければどんどん貰っちゃって」


 なるほど。そういった理由で、結婚して家庭を持つことを、それほど急がない女性もいるんだね。


「ちょっと廉! 姉を下げてどうするの? 貰って欲しいなら逆でしょ。長所を褒めてよ」


「褒める? そうだな。うーん。みんな身体が丈夫? それに元気? あとは……」


「ちょっと! 料理が上手とか、綺麗好きとか、他にもあるでしょあるでしょ!」


「凛と杏はそうだね。家事は一通りできる。でもモエマドは……」


「モエマド?」


ともえまどかでモエマド。この二人、いつも一緒にいるから、家ではまとめてそう呼ばれてる」


「モエマド……なんかアイドルみたいで可愛いっすね」


「平野くん、アイドル好き?」


「まあ、普通に好きっす。でもアイドル好きと言ったら俺よりも断然片桐ですけど」


「えーっ! 片桐くんも? そんなに人気のアイドルって今いた?」


「いや、俺たち三人が好きなのは、ちょっとマイナーなアイドルなんで」


「俺たち三人? あと一人は……」


 俺と脇坂の顔に注目が集まる。いや、俺は違うから。ブンブンと否定の意味で首を振る。


「はい! 僕です」


 そう言って脇坂が勢いよく名乗り出た。


「脇坂くんか。つまりC組の子たち全員ね。廉は特に興味なかったわよね。武田くんは?」


「俺もあんまり興味ないですね」


「同じ年頃の男子でも、こうやってハッキリ別れるんだね。ねえ、参考までに聞いていい? なんていうアイドルが好きなの?」


「『戦乙女 華可憐フラワーキューティ』……だったよね?」


「おい結城〜バラすなよ」


「いや。ここはバラした方がいいと思うよ。華可憐のイメージって姉ちゃんたちとモロ被りだしさ」


「そうなの?」


「うん。華可憐はコスプレ系のアイドルで、全員武道着ベースにした衣装を着てるんだよ。まさに色違いの巫女服みたいなやつ。それに、メンバーも清楚系と可愛い系が混ざった感じで、キャラ的にもかなり被ってる」


 言われてみれば、なるほど。リアル戦乙女風ではある。


 そして、華可憐が片桐たちの好みのタイプなら、結城四姉妹と会ってから、彼らがやけにテンションが上がっているのもうなずけた。


 全員俺たちより年上だけど、TVに出ているアイドルや女優並みに可愛いから。


「今はみんな私服だからちょっとアレだけど、巫女服着たらもっとそれっぽいよ」


「巫女服! お姉さんたちが着るんすか? それは是非見てみたいっす。神社に行ったら見れますかね?」


「うん。普段はシフト組んでバイトしてるから、全員は揃わないかもしれないけど、誰かはいるかな。武田くんとも、初詣のときに会ったのよね」


「そうですね。確かに巫女服と私服じゃあ、ちょっと印象が変わるかもしれないです」


 巫女服パワーってあるよね。女性の和服姿ってドキっとするから。


「マジ? うわー。お姉さんたちのことを知ってたら、近所で初詣を済ませなかったのに」


「それなら、六月にうちの神社で大きめの縁日があるよ。その日なら、姉ちゃんたち四人が勢揃いすると思うから、よければ来てみてよ」


「行くわ。結城、後でアドレス交換してくれ。いやぁ。これだけでも、この企画に参加してよかった」


 まだ始まったばかりだけどね。


「そう言ってもらえると嬉しいわ。六月の縁日は屋台も沢山出るし、私たちも大歓迎だから、是非遊びに来てね」


 縁日か……なんか面白そうだな。それに屋台飯なんて美味しそう。俺はそっちの方が気になる。


 そうだ。縁日デートってありかな?


 まだ六月だし、受験生の三人を誘っても大丈夫かもしれない。ちょっと後で聞いてみるか。

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