2-19 三人の幼馴染み②
「賢ちゃん!! 賢ちゃん何するの!」
トイレを済ませて玄関から出てきた愛が、ちょうどそこに鉢合わせた。そして、賢人を連れ去ろうとする女を見て叫ぶ。
〈葉子さんを呼ばなきゃ。でもここから離れたらその間に賢ちゃんがさらわれちゃう〉
そう考えた愛は、とっさに捨て身で女にアタックをした。
「賢ちゃんを返して!」
「目障りよ。小娘、邪魔」
しかし愛は体格も力も普通の幼児に過ぎない。怪力な上に男児を得て精神的に高揚している女には、その攻撃は全く通用しなかった。
なおも追いすがる愛をものともせずに、どんどん道を進む女。そして、女の向かう先には、一台の黒いワゴン車が止められている。
〈あの車のところに行ったらダメ。連れて行かれちゃう〉
そう思った愛は、声を振り絞り、出せる限りの大声で叫んだ。
「助けて! 助けて! 助けて! 人さらいよ! 助けて!」
◇
「あの時は、本当に必死だった」
当時を回想して、遠い目をしながらしみじみと語る愛。あまりにも強烈だったため、あの日の出来事は今でも記憶に焼き付いている。
「近所の人がすぐに気付いてくれてよかったね」
「うん。じゃなきゃ、賢ちゃんは今頃、あの変態女にさらわれて監禁飼育コースだったよ、きっと」
「でもさ、そんな危ない目にもあってるのに、何故だか警戒心が育たないよね、賢人って。私が『抱きつき魔』から助けたときも、ぼやっとしてたし」
そう話すのは、柿崎
それは、彼女が小学生の時の出来事である。剣道の稽古に向かう途中で、通り魔的な「抱きつき魔」に襲われている賢人に遭遇した。そして果敢にも、子供ながらに彼女はそれを撃退している。そしてその出会いが元で、賢人は景の通う剣道教室に通い始めている。
「だから痴女OLにも、やりたい放題にお触りされちゃうんだよ」
やはり小学生のとき、数駅離れた大きな図書館に行くために電車を利用した賢人だったが、うっかりして一般車両に乗ってしまった。
「凄かったんだから。ホームにいる時点で『ショタよ』『お一人様ショタ』『極上♡』『萌える〜♡』『こんなところで超ラッキー』ってザワザワし始めて、賢ちゃんの乗った車両に人が押し寄せて、そこだけ通勤電車状態になって」
「まさに狼の群れに子羊だね」
「うん。痴女たちに全身撫でくりまわされて、顔が真っ赤になってるのに、賢ちゃんたら全然抵抗しないんだもの。だから周りの人たちも調子にのって、どんどん痴女化していくし」
その状態から助け出したのが、偶然そこに居合わせた本庄
機転を利かせた彼女は、非常停止ボタンに手を触れながら、電車内の様子を動画に撮り、痴漢をやめないと通報すると大声で警告した。そして次の駅で、服を半分脱がされかかって乱れ、涙目になった賢人を車内から見事連れ出したのである。
「今回のバレンタインデーでも、賢ちゃんは穴場だって狙われて、かなり押されたみたいよ」
「それでも、結構な人数を断ったって聞いたけど」
「そして厳選された二人か。やだ。めっちゃレベル高そう。っていうか、絶対に高いよね。頭脳だけでなくきっと可愛い。才色兼備ってやつじゃないの?」
「クッ! 知力じゃ戦う前に負け確定とか。腕力なら勝てる気がするんだけど。でも、栄華秀英の剣道部もわりと強豪だから、やってみないと分からないか」
「景ちゃん、やるって何? するのは腕比べじゃなくて話し合いだから」
「話し合いなら、これが牽制になるかな? それとも煽りになっちゃう?」
篠が左手の薬指に嵌る指輪を大事そうにかざしながらそう心配する。
「指輪。とうとう貰っちゃったね。ゴネてみてよかった。牽制になるか煽りになるか。会ってみないと分からないけど、上手く交渉が行くように頑張るわ」
同じように指輪をかざしながら、愛が自ら気合いを入れる。
「愛、よろしく。交渉ごとは、愛が適役だもんね」
「そして武力なら景ちゃん。じゃあ、私の存在意義は?」
「篠は目端がきくし、一緒にいると和む。相手に警戒心を抱かせないところがあるから、情報収集かな?」
「うわーっ。そう思ってもらえてるんだ。嬉しい。景ちゃん大好き!」
「あら? 景ちゃんだけ? 私は?」
「もちろん、愛ちゃんも大好き!」
「よしよし。さすが天然コマシ。篠は素でいけるから。追加の二人もその調子で懐柔しちゃおう!」
「えーっ! なにそれ。懐柔とかしてるつもりはないよ」
「うんうん。素って言ってるじゃん。篠は天然で可愛いってこと」
「確かに。小動物みたいで愛でたくなるよね」
「それって褒めてる?」
「「もちろん」」
「えへっ。ならいいや」
この会話から間もなく、指輪組の三人はペンダント組の二人に紹介され、親交を深めていくことになる。
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