2-18 三人の幼馴染み①

 

 とあるショッピングモールにあるカフェテラスで、買い物が一段落したのか、三人の少女がひと息つきながらお喋りをしていた。


けんちゃんたら何も言ってこないけど、例の二人はいつ紹介してくれるのかな?」


「気になるよね。栄華秀英学園の生徒ってことは、もの凄〜く優秀なんでしょ?」


「だろうね。いわゆる才女ってやつ? 確かにそれは私たちには足りない要素かもしれない。だけど、いっぺんに二人も増えるとは思わなかった」


 ここで話題になっている「賢ちゃん」とは、栄華秀英学園高校二年A組の上杉賢人のことである。


「そう? 私は二人で済んで、まだよかったと思ったけど」


「まあ、そう考えた方がポジティブかもね。増えるのは仕方ない。分かってはいるんだけど、なんかもやもやしちゃう」


「それはそうよ。賢ちゃんを取り合うライバルが増えるんだもの。でも、危なっかしいエルダーパートナー候補との合コンは、未然に阻止できたしさ。同世代なら話もつけられそうじゃない?」


「合コンね。なんという罠。賢ちゃんたら、私たちが気づかなかったら、きっと行っちゃってたよ」


「そしてまた嫁が増える。油断するとすぐこうだから」


「賢ちゃんは昔からガードが緩いから。やっぱり狙われやすいんだよ」


 上杉賢人の三人の婚約者。上杉賢人に出会った順に並べると次のようになる。


 ◆直江なおえ あい


 ◆柿崎かきざき けい


 ◆本庄ほんじょう しの


 この三人と賢人は、いわゆる幼馴染みだ。従って、その出会いはかなり昔にまで遡る。



 ◇



 上杉家と直江家は隣同士。だから自然と、毎日のように一緒に遊んでいた。


「賢ちゃん、今日は何して遊ぶ?」


サムライごっこ!」


 この頃の賢人は、いかにも幼児期の男児らしく、プラスチック製のオモチャの刀で戦う侍ごっこに嵌っていた。


「じゃあ最初は侍ごっこね。そのあとは夫婦ごっこでいい?」


「うん」


 同じ年齢の二人だが、幼児期は女子の方が精神年齢がかなり高い。この二人においてもそれは当てはまっていて、遊びを仕切るのはいつも愛の方だった。


「じゃあ、行くね!」


「こい!」


 オモチャの刀が打ち合う軽い音が、広い上杉家の庭で鳴り続けた。



 *



「愛ちゃん、賢人。そろそろおやつの時間よ。手を洗いましょう」


「「はーい」」


 賢人と愛の母は外で仕事をしている。そのため、上杉家の同居人であり、自宅で書道教室を開いている賢人の叔母の葉子が、幼稚園へ迎えに行き、そのまま二人を預かることが多かった。


「二人ともよく聞いて。知らない人に誘われても、絶対について行っちゃダメよ」


「「行かなーい」」


「どんなに優しそうな人でも、お菓子やオモチャをくれるって言われてもダメ。お母さんが呼んでるからって言ってきてもダメよ」


 そんな葉子の言葉に、賢人が不思議そうな顔をして尋ねる。


「お母さんが呼んでるのにダメなの?」


「そう。そう言われても信じちゃいけないの」


「賢ちゃん、そういうのは悪い人がつく嘘なんだよ」


 愛は賢人と共に遊ぶのに際して、もし男児を狙った誘拐や痴漢などに出会ったら、すぐに大人に知らせるようにという教育を施されていた。


「嘘ついちゃダメなんだぞ」


「ダメだけど、悪い人だから嘘つくの。だから気をつけて」


「わかったー!」


 実際にこのところ、幼い男子が誘拐されるという事件が立て続けに起こり、世間を騒がせていた。


 既に犯人たちは捕まり、被害者は無事に保護されている。


 しかし、抵抗のできない幼い子供をターゲットにした悪質な事件であり、さらに男子が狙われたという話題性があったため、その報道は加熱し、いまだ沈静化する気配が見られない。


 そんな世情を受けて、幼い子供を抱える家庭は模倣犯を警戒し、子供が屋外で遊んでいる姿を滅多に見かけなくなっていた。



 *



 いつものように庭で遊んでいる二人。


「賢ちゃん。愛、トイレに行ってくるね」


「わかった」


 愛が家の中に駆け込み、賢人が一人になる。すると、その瞬間を待っていたかのように、庭に不審な人物が現れた。


「こんにちは。ねえ、僕。上杉さんっていうお家を知らない?」


 賢人が見上げると、そこには母親くらいの年齢の、綺麗な格好をした女性の姿があった。庭にまで入ってきているのに、その質問は明らかに変だったが、幼い賢人はそれに気づかない。


「それうちだよ」


「そう。それはよかった。お姉さんは、お母さんのお友達なの。だから、僕のお名前を教えてくれる?」


「賢人」


「いいお名前ね。賢人君のお母さんと私はすっごく仲の良いお友達だから、賢人君とももうお友達だね」


 そう言ってその女性は、にこやかに笑いながら賢人に近づき、その細腕に似合わない強い力で、いきなり彼を抱き上げた。


「可愛い。すっごい可愛い。スーハー。はぁ。これが本物の男の子の匂い」


「やだ! 下ろして!」


 急に身体が宙に浮いて、驚いた賢人は当然暴れた。しかし。


「随分と活きのいい子ね。男の子らしくていいわ。しつけのしがいがありそう」


 そう言って、女性は賢人の抵抗をものともせず、狂人的な力で彼を肩に担ぎ直し、門扉の方へ走り出した。

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