2-13 ホワイトデーの贈り物

 

「随分とたくさんあるんだな」


「それはそうだよ。ホワイトデーの目玉だもん」


 立ち寄ったジュエリーショップでは、当然のことながらホワイトデーフェアの真っ最中だった。ガラスケースの中には、様々なモチーフのプチペンダント、ピアス、そしてリングが展示されている。


 価格帯は数千円から三万円台くらいのものが多い。メッキかそうでないか、貴石か半貴石カラーストーンかで値段がかなり違うみたい。


「予算はいくらくらいなの?」


「余分には持ってきたけど、ひとつ二万円前後かな?」


 予めネットで、ホワイトデーのお返しジュエリーの相場を調べてみた。実は高校生の場合は、もっと参考価格が安かった。


 未成年同士の贈り物だから、数千円くらいでも平気らしい。でも女の子にとっては、かなり特別なものじゃないかと思った。折角だから、それなりのものをあげたい。そう思ったんだ。


 そうすると、一人ならともかく三人分ともなると、結構な金額になる。アルバイト代だけでは心もとなかったので、虎の子の男性特別給付金の口座から、予算多めにいくばくか補充してきている。


「じゃあ、かなり選択肢が広いね。んーっと、それだとこの辺りかな?」


 最初は、一万円くらいの品から見て回ることに。


「定番はオープンハートとかシンプルに小さな石がひと粒ついているものみたいよ」


 なるほど。確かにそういったデザインのものが多い。


「女の子的には、どういうのが嬉しい?」


「そうね。好きな人に貰えるなら、なんでも嬉しい気がするけど、あえて言うなら、ちょっと特別感があると嬉しいかな?」


 特別感?


「分かりやすいのは名前の刻印だね。二人の名前を刻んだり、あるいは『君は俺のものだよ』的に男性の名前を刻んだりとか」


「名前かぁ。それって加工に時間かかるんじゃないの?」


「そんなことないよ、ほら」


 そう言って結衣が促した先には、この店のホワイトデーフェアのポスターが貼ってあった。


 《お名前やイニシャルの刻印を承ります。夕方五時まで受付なら当日のお渡しが可能です》


「本当だ」


「加工料金込みの商品もあるみたい。ほら、こことか」


 言われて覗き込んだガラスケースの中には、確かに〈加工料金込み〉の札がついたペンダントが並んでいる。


「逆に言えば、この札が付いているものは、全部名前入れができるってこと。デザインによってはダメなのもあるだろうしね」


 そっか。名前……はちょっと恥ずかしいかな。でも、イニシャルくらいはあった方が、いいかも?


 ちょっとした特別感があることで喜んでもらえるなら、その方がいいよね。


 散々迷った末に俺が選んだのは。


 大・小の二つの星が手を繋ぐみたいに連結されていて、大きい星の中央には色貴石がはまり、それ以外の表面には一面に微小ダイヤが埋め込まれている、かなりキラキラしたペンダント。


 カジュアルだけど、ちょっとだけ贅沢な品だった。


 表面に照明が当たると、光が乱反射してとても綺麗で、それが決め手になった。星のモチーフは俺自身のイメージでもある。裏面がフラットになっていたので、そこに二人ーー俺と相手の女の子のイニシャルを刻んでもらうことにした。


「気に入ったのが見つかって良かったね」


「うん。色違いが三色揃っていたのも運が良かった」


 値段は予定をかなり上回った。だけど、これっていうのが見つかってよかったと思う。これなら長く使ってもらえそうだしね。


「じゃあ、加工待ちの間にお菓子を買いに行こうよ。そのあと、結衣の買い物にも付き合ってね」


 お菓子は結衣の意見を参考に決めて、これもラッピングを頼むことにした。専用コーナーに行くと、幸いなことにさっきよりは空いている。


 列に並んで受付を待っていると、受け取りコーナーに見覚えのある人がいるのを見つけた。私服だからちょっと雰囲気が違うけど、あの長身は間違いない。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


「ちょっとした知り合い? を見かけたから」


「どの人?」


「あそこの、引き取りカウンターにいる背の高い女性」


「あの人? あれは……」


 結衣が驚いた顔で彼女を見ている。


「結衣も知ってるの?」


「う、ううん。違った。知ってる人に、ちょっと似てただけ」


「だよね。あの人、この間行った聖カトリーヌ学院の生徒会長さんなんだよ。それにしても、すっごい大きな袋を抱えてるな。いったいいくつ頼んだんだろう?」


「そうだね。お菓子の袋が、サンタクロースみたいになってる」


「女子校であの容姿だと、やっぱりモテるんだね」


 実際、凄かったもんな。「花蓮さま」「白薔薇さま」って。


「……着々と力をつけてる感じね。でも絶対に負けないんだから」


 ん?


「結衣? 負けないって、何を?」


「えっと、あ、ほら。結衣も負けずに、あんな風に背が高くなりたいってことだよ」


「そっか。でも、結衣はその大きさが可愛い気がするけどな」


 結衣はちっちゃ可愛い系だから、これくらいでいいと思う。


「や、やだお兄ちゃん、その笑顔でそんなこと言っちゃったら……」


〈きゃー! 笑ったー!〉


「あ……」


 しまった。また目立っちゃってる。でも、列に並んでいる間はここから動けない。困った。


「まあ、お兄ちゃんに目立つなっていう方が無理か。なにしろ『プリン王子』だもんね」


 えっ?


「俺、プリン王子なんて呼ばれてるの?」


「うん。【街プリ】っていうネット掲示板で、お兄ちゃんの目撃情報がポロポロ上がっているみたいよ。それがだいたいプリンを売っていたり、プリンを食べてたりするから、それで通じるようになってきてる」


「それってヤバい?」


「まだ身バレはしてないかな。知る人ぞ知るみたいな感じで、所在情報を撹乱している勢力もいるみたい」


 ……勢力って、なにそれ?


「お兄ちゃん、プリン王子って呼ばれるのは嫌?」


 結衣がちょっと不安げに見上げてきた。


「恥ずかしいけど、嫌ってことはないよ。実際にプリンは大好きだから」


「なら良かった!」


 結衣が嬉しそうに笑う。


 なんだかよく分からないけど、それからはご機嫌になった結衣とショッピングを続けた。お土産は「路角」の金座プリンだ。


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