2-14 ホワイトデー恋想曲 前編

 

 《女の子の気持ち》


 今日はホワイトデー


 朝から私は緊張しまくりだった。もちろん、他の子も。


 ……大丈夫だと思いたい。


 でも、その返事が「お菓子の小袋」だったら、めっちゃショックだ。正直言って、立ち直れないかも。もうそれほどに、私は王子こと武田くんが好きになっていた。


 武田くんは優しい。それは私だけにじゃなくて、女の子全員に対してだけど。


 武田くんは格好いい。超格好いい。なのに天然。それを振りかざしたり利用したりはしない。


 世の中には、生まれたときから真綿にくるむように育てられるせいで、女性に対して横柄な振る舞いをする男性もいる。っていうか、それが割りと普通。


 この学校には、幸いにしてそういった男性はまずいない。でもそれは、学校側がある程度入学する男子生徒をふるいに掛けてくれているから。


 高校を卒業してしまえば、そんなフィルターは一切なくなる。そうしたら、結婚を諦めない限り、あまり好ましくない癖のある男性との交際も考えざるを得なくなる。


 極上のスイーツのような武田くんを知った後では、そういった男性に対して妥協できるかどうか、自分でも不安になる。


 これまで仲良くなれるように頑張ってきたし、女性としての魅力もアピールしてきたつもり。これからだって、武田くんが望むことはできる限り叶えてあげるつもりでいる。


 ……だから、恋愛の神さま、どうか私に微笑んで!



 ◇



 《男の子の気持ち》


 ジョイフル・バレンタインの時と違い、ホワイトデーの今日はふつうに授業がある。でも俺と同様、一人の男子が複数の女子から告白を受けているわけだから、お返しだけでも大変なわけで、放っておくと収拾がつかないのは目に見えている。


 だから、それ用の時間が特別に設けられていた。


 今日の最後の授業時間に臨時で組まれたLHRロングホームルームがそれにあたる。


 本来なら、断るにしても、ひとりひとり対面で話すのが筋だと思う。だけど、何しろ「OK」をもらえる女子よりも「ゴメンナサイ」と断られる女子の数が圧倒的に多い。だからそのやり方をすると、悲喜こもごもがあらわになり過ぎて、大変な事態になってしまうそうだ。


 そういった理由から、学校ルールで合理的に、女の子たちへ返事をするやり方が決められていた。


 ・まず、女生徒は教室で待機する。


 ・その間に、告白を受けた男子生徒(全員なわけだけど)は、女子生徒の下駄箱に回る。


 ・「ゴメンナサイ」の相手には、ラッピング・記名した「お菓子の小袋」を、空いている上履き用の段に置く。靴箱には蓋が付いているから、蓋を開けない限り中の様子は分からない。


 ・「OK」の相手には、紛らわしくないようにお菓子は渡さない。その代わりにカードを入れた封筒を置く。カードには、教室で待っているって書いておく。もちろん、こちらも相手と自分の記名は忘れずに。これ凄く大事!


 ・そして教室に戻って、今度は男子生徒が待機する番。入れ替わりに、女子生徒が一斉に下駄箱へ向かう。


 ・お菓子を手にした子は、体育館へ直行。お菓子を食べながら、懇親会と言う名の慰労会をする。


 ・カードをゲットした子は、教室に戻って男子生徒から対面で返事を貰う。


 こんな段取り。……じゃあ、俺も行くか。


 *


 男子生徒たちが、お菓子と、そしてカードの入った袋を抱えて教室を出て行った。


「やばい。めっちゃ緊張してきた」


「カード、カードでありますように」


「たぶんダメ。絶対ダメ。私、きっと菓子袋だ」


 教室のあちこちで、落ち着きをなくした女子生徒がざわめき、中には机に突っ伏している姿や、手を組んで祈っている姿も混ざっていた。


 そんな中、男子生徒が一人、二人と教室に戻ってきて席につく。出て行った男子生徒が全員戻り、張り詰めた雰囲気になった教室に、アナウンスが流れた。


《女子生徒の皆さん、昇降口に移動を始めて下さい》


 すると、それまでひそひそとお喋りをしていたり、独り言を言っていた子たちもピタっと口を閉ざし、誰もが無言で真顔になった。

 結果を目にするのを期待する反面、恐れる気持ちを表しているかのように、女子生徒たちは整然と下駄箱へ向かったのである。


 各教室のドアが次々と開き、合流する女子生徒の群れ。


 川のようなその流れは、昇降口に近づくにつれ、みな急かされるように足が速くなる。そして、たどり着いた昇降口で、次々と阿鼻叫喚の騒ぎが巻き起こっていた。


 *


「えっと。場所はどこがいいかな?」


 女子生徒が出て行ってガランとした教室で、待つことしばらく。


 「OK」を出した三人の女の子が教室に戻ってきて、恥ずかしそうな、そして嬉しさを隠せない表情で、揃って俺の元にやってきた。


 教室で告白の返事をするっていうのも風情ふぜいがない。どこか場所を変えた方がいいのかなと思い、希望の場所を尋ねた。


「植物園に行かない?」


「外の? みんなが寒くなければ、俺はそこでもいいよ」


 幸い今日はいいお天気だ。まだ風はちょっと冷たいけど、日向ひなたなら春の日差しで気温が上がっている。


「みんなもそこでいい?」


 どうやら全員一致で決まったみたい。


 じゃあってことで、俺も席を立った。おっと、これも持っていかないとね。用意したペンダントを忘れずに。


 学校の敷地内に造られた植物園には、こじんまりとした温室があった。どうやらそこに向かっているようだ。なるほどね。あそこなら個室っぽいし、なにより暖かい。


「温室って、中に入れるの?」


「普段は鍵が閉まってる。でも今日は特別。特別教室も含めて、校内のいろんな場所が開放されてるの」


 つまり、告白用のスペースは十分に確保されているってことか。


「武田くんは先に中で待っていてくれる? 私たち、ひとりずつ順番に入っていくから」


「うん、分かった」


 温室のドアを開けると、ほわっと湿気のある空気が肌に触れる。


 どこにしようかな?


 せっかくだから、できれば綺麗な花が咲いているところがいい。そう広い温室じゃないから、ちょっと移動してみよう。


 そしてすぐに、鮮やかな黄色い鈴状の花を、房状にたくさん咲かせている低木を見つけた。うわぁ、綺麗だ。


 でもなんていう花かな?


 《「金鈴樹きんれいじゅ」。花言葉は「陽気」「あなたといると心が和む」です》


 ありがとう。ここは素直に気がきく日記帳に感謝。


 ……危なかった。花言葉なんて全然気にしてなかったよ。女の子って、そういうのにうるさいっていうよね。でも、ここなら大丈夫そう。


 はぁ。


 ドキドキしてきた。バレンタインデーのときは受身一方だったけど、女の子たちの真摯な気持ちを預けられた。今日はそれにちゃんと応えなきゃ。


 〈カチャ!〉


 ドアの開く高い音が聞こえた。最初は誰がくるのかな?

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