2-15 ホワイトデー恋想曲 後編

 

 温室へ武田が入るのを見送り、数分経った頃。


「じゃあ、本当に私からでいい?」


「うん。卒倒する前に行ってきな!」


「ユー子、頑張れ! 鼻血出しちゃダメだよ」


「し、心臓が口から飛び出そうなんですが」


 冗談でも誇張でもなく、バクバクいっている胸の鼓動を押さえながら、温室に入っていく。


 あれ?


 辺りを見回しても、入口付近には武田くんの姿は見えなかった。消えちゃったとか? やっぱりこれって夢なの?


「た、武田……くん?」


 不安になって、声を出して名前を呼んでみる。


「こっち! 右手から奥に進んで!」


 いた! よかった。消えちゃったかと思った。不安と緊張で、早くも涙が滲んできた。


 言われた通り、右手の通路から温室の奥の方に進む。


 すると見えてきたのは、鮮やかに咲き誇る黄色い花を背景に立っている武田くんの姿。


 あっ……ため息が出るほどカッコいい。その華やかな容姿に、咲き誇る花々の鮮やかな黄色がもの凄く映えていて、まるで映画のワンシーンのよう。


「せっかくだから、花がある場所がいいかなって思って」


 ちょっと照れたような、はにかみスマイル。やだ。魂が抜けそう……はっ! まだ倒れちゃだめ。本番はこれからなんだから! 頑張れ私。


 夢じゃない……今の瞬間、私だけの武田くん。


「凄く綺麗。なんて花?」


「俺もここに来て初めて知ったんだけど、きんすずと書いて『キンレイジュ』って言うらしいよ」


 金の鈴。頭の中で教会の尖塔の鐘がグワングワンと鳴る。色はもちろん金。まるで今日の私たちを祝福してくれているみたい。


 正面を見れば、武田くんが、その澄んだ瞳で私を見つめている。綺麗。


「小早川さん。この間は告白ありがとう。俺ね。この一カ月、凄く考えたんだ。君みたいに何にでも全力投球で頑張る女の子に、俺みたいな、ぽやっとした奴でいいのかなって」


「そ、そんなことない! 武田くんはそこが凄く魅力的で……」


「うん。告白の時に言ってくれた言葉で、小早川さんが本気で俺のこと好きになってくれているのが分かった。俺まだそういうのがよく分からなくて、同じ熱量っていうのかな? それを返せる自信はないんだ」


 自信はない? 否定? まさかの否定とか……ここに来て?


「だけど、小早川さんのことは確かに好きで、もっと一緒にいたいって思った。こんな俺でよければ、付き合ってくれませんか?」


 ふぁ。逆接に続く肯定……よ、よかった。夢じゃない。大好きな武田くんから私への告白……ちゃんともらえた。


「はい。よろしくお願いします。武田くんに、もっともっと好きになってもらえるように頑張るから、私を見ていてもらえますか?」


「もちろん。これからもよろしくね。じゃあこれ、受け取ってくれる?」


 そう言って渡されたのは、綺麗にラッピングされた四角いジュエリーケースと思われる箱。


 お菓子じゃない。絶対にお菓子じゃない。


 よかった。夢じゃないよ。よかった。憧れていたホワイトデーのジュエリー……


「小早川さん?」


「う、嬉しくって。涙が溢れて……きちゃった」


 涙腺決壊。私のハートも、さっきから破裂しそう。ううん、もう大爆発だ。


「せっかくだからここで、つけてみる?」


「うん」


 私が泣いちゃって、ハンカチで顔を押さえている間、武田くんが包装を外して中身を取り出してくれた。


「これ。気に入ってくれるといいんだけど」


 出てきたのは、大きさの違うふたつの星が連結された、凄くキラキラしたペンダント。


 表面に微細に反射する細かい石がいくつも埋められていて、さらに、大きい方の星の中央には澄んだ緑色の石が嵌っている。


「可愛い。すっごく可愛い」


 もらえれば何でもよかったはずなのに、予想もしていなかった素敵なジュエリーに、ひどくトキメイテしまう。


「よかった。じゃあ、つけるから、髪の毛をちょっと上げていてくれる?」


 武田くんがつけてくれるんだ。


 彼の腕が私の首の周りに回され、細いチェーンがサラサラと首に当たる感触がした。


「どうかな? 金具はちゃんと留まったと思うけど」


 あぅ……感無量。感激で声が出ないって、本当にあるんだ。でも、何か喋らないと武田くんを困らせちゃう。


「……あ、ありがとう。ずっと大切にします」


 こうして、幼い頃から夢に見ていた私のホワイトデーは、かつて見ていた夢以上にロマンチックで素敵な結果となった。



 ◇



「ユー子遅いね。倒れてなきゃいいけど」


 予想より時間がかかってる。テンションの上下が激しいユー子が、ちょっと心配になってきた。


「ねー。私もだんだん緊張してきた。あっ! キョーちゃん、ユー子が戻ってきたみたいよ、ほら」


 シズに言われて温室の方を見ると、確かに通路から出てくるユー子の姿があった。


「あっ、本当だ。じゃあ、行ってくるね」


「うん。頑張れ、キョーちゃん」


 温室の入口でユー子にすれ違いざま声をかける。


「ユー子、おめでとう! 私も行ってくるね!」


 すっかり夢の中っぽいユー子からの返事が期待できないのは、まあいつものことなので、私はユー子が出てきた通路の奥へ真っ直ぐに進んだ。


「武田くん!」


「有馬さん、早いね」


「ごめん。気が急いちゃって」


 そう言うと、武田くんがクスッと笑った。


「有馬さんは、いつも元気でいいな」


「あはっ。それが私の取り柄だから。武田くん、カードありがとう。凄く嬉しかった」


 楽しそうに笑う武田くん、超可愛いカッコいい。好きっ!


「こちらこそ。俺も有馬さんから告白されたとき、丸ごと全部好きって言ってもらえて嬉しかった」


「そういうストレートな言葉を言われちゃうと、ますます好きになっちゃうよ!」


 ちょっと、テンションがセーブできない。でもいっか。これはこれで私らしいし。


「それは……嬉しいかな? これからお付き合いしていくわけだしね」


 お付き合い。そう、お付き合いが大事。もっと二人の仲を確実に深めていかないと。


「ふふっ。めっちゃ楽しみ。二人っきりでデートするの。受験だからって遠慮しないでね。三人いるんだから、上手く調整すればデートか時間を捻出するのは簡単だから」


「デートか。楽しみだな。有馬さんは、行きたいところとかあるの?」


「んーっと。二人で腕を組んで歩ける場所かなぁ」


「腕を?」


 そう言うと、武田くんがチラッと一瞬私の胸に視線を向けて、慌てたようにそらした。ちょっと顔が赤いかも。何を考えちゃったのかな? その通りに叶えてあげちゃうよ♡


「……仲良く、散策できそうな場所ってことかな? 分かった。考えておくよ」


「約束ね!」


 武田くん自ら首につけてくれた星のペンダントには、情熱的な赤い石が嵌っていた。



 ◇



「シズお待たせ」


「いよいよ私の番か。緊張するな。行ってくる!」


「頑張れ〜!」


 キョーちゃんの声援を受けて、温室の中へ入っていった。武田くん、奥の方にいるのよね?


 いたっ! いつもと同じふわんと優しい雰囲気の武田くん。でも、ちょっと緊張してる?


「高橋さん、待たせてごめんね」


「ううん、大丈夫。私、カードをもらえる自信がなかったから、ここに来られただけで幸せ」


「自信がなかった? 随分、仲良くなったと思うけど」


「それでも。他の二人と比べて、一緒にいれた時間が短かったかなって気がして」


「クラスメートだし、そう変わらないと思うよ」


 そうかな。そう言ってくれる優しい武田くん。


「嬉しい。あの……私、お願いが……やっぱりいい」


 つい、口に出しかけちゃったけど、やっぱりやめ。ここで図々しい女だと思われたくない。


「なに? どんなお願いか、とりあえず言ってみたら?」


 そう言って少し首を傾げる武田くん。そんな仕草にも胸がときめく。……いいのかな? 優しい武田くんになら、お願いしても。幼い頃からずっと憧れていた最高の告白。


「……えっと。私、凄く憧れている告白のシチュエーションがあって。……もし武田くんがそういうの嫌じゃなければ、お願いしてもいい?」

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