2-09 情報通

 

 いよいよ交流会か。……ここまで来るまでが、やたら長かった。いや、長く感じた。


「はぁ」


 いつものように、生徒会室でため息をつきながら、高坂花蓮は、ここ数週間の出来事を振り返っていた。


 バレンタインデーに催されたメッセージギフトのイベント後、白薔薇祭に向けて学院内は異様な盛り上がりを見せた。


 〈カトリーヌの白薔薇〉は学院の顔であることから、今度こそ皇極斉子が選ばれるのでは?


 そう考える人たちも多くいて、票の行く末は、俺と皇極さんを支持するそれぞれの勢力で、ほぼ二分して競われていた。その二者の間で、どちらに着くか迷っている生徒も多数いたわけだ。


 そこに、皇極斉子……スクールカーストトップの女帝と呼ばれている彼女が、俺に好意を寄せていることが明らかになった。


 そのせいで、それまで彼女に配慮して俺の応援を手控えていた生徒たちも、積極的に支持を表明していくようになり、最終的には生徒一丸となって白薔薇祭に向かっていった。


 その結果。三月初旬には、圧倒的支持多数で俺は〈カトリーヌの白薔薇〉に選ばれてしまった。


「そうそう。どうして交流会の相手校が『安土桃山学院』じゃなくなったのかが分かったわ」


「麻弥さん、すごい。どこからそんな情報を」


「いろいろとね、伝手があるのよ」


「それで、どんな理由だったんですか?」


 副会長である麻耶は、かなりの情報通だ。こういった情報をどこから仕入れてくるかは分からないが、その情報の精度や信頼性はいつも高い。


「相手校を変えるように学院に圧力をかけたのは、皇極家だったわ」


「皇極家が? どうしてまた?」


「社交界でね、嫌われたらしいの。『安土桃山学院』のある生徒が」


「社交界! それはまたセレブな舞台ですねぇ」


「それでそれで?」


「各名家の若者が、高校生になると社交界デビューするのよ。『デビュタントの集い』といって、その年にデビューした人たちが一同に集う会があるらしいんだけど、そこで、『安土桃山学院』に在学中の織田なんちゃらっていう男が、皇極斉子に対して、相当に無礼な振る舞いをしたらしいの」


「無礼とは?」


「いきなり彼女の前にツカツカとやってきて『であるか! お前が俺の嫁だ!』と、皇極斉子に抱きつきながら叫んだらしいわ」


「ゲッ! なんだそれ?」


 それまで黙って聞いていたが、つい声が出てしまった。


「その織田なんちゃらは、噂によると初等部の頃から野蛮で有名な男なんですって」


「野蛮? 『安土桃山学院』って、お坊っちゃま学校だって聞いたけど」


「学校始まって以来の『大うつけ』って呼ばれているらしいわ」


「大うつけねえ。それって確か『愚か者』っていう意味だっけ?」


「そう。制服を着崩して、だらしなく食べ歩きをしながら校内を練り歩いたり、徒党を組んで幼稚な悪戯をして回ったりと、目に余る行動を繰り返しているんですって」


 愚か者っていうか、うーん、なんだろう? ヤンキーっていうほどやさぐれてもいない。だらしないのか子供なのか。遅めの反抗期とか?


「皇極家の当主自らによる断固とした要請があったらしくて、学院側も大慌てで相手校の変更を決めたそうよ」


「うわぁ。裏にそんな事情があったんですね。でも納得です」


「私的には歓迎かな。どんな人たちが来るのか気になったから、新しい相手校の男子について伝手をたどって調べてみたら、あの公式PVの人たちなんですもの」


 公式PVの人たち? 誰だそれ?


「楽しみだよね。そう聞いたから「戦国絵巻華風伝バトルフラワーゲイルのPVをチェックしてみたら、めっちゃ美形率高いんだもの。あれって本物もあんなだと思う?」


 あー。バトフラか。ゲームの公式PVね。観たことあるはずだけど、出ていたプレイヤーの顔ーー特に野郎の顔なんて覚えてないや。


「どうかな? アバターだし、かなりお直し美化されてるんじゃないの?」


「やっぱり? だよね。あんな美形がゴロゴロいるわけないよね」


 あれ? 結構みんな、楽しみにしてるっぽい?


「でも、ちょっとは期待しちゃう」


 きゃぴきゃぴしているのは、会計・書記・庶務のいつもつるんでいる三人トリオの芙美・千春・友紀だ。


「男なんて劣等生物なのよ。顔面の作りが多少変わろうが、みんな同じよ」


 相変わらず手厳しいのは、男嫌いの麻耶。


「男か。自分も気乗りしないな」


「花蓮なら、そう言うと思ったわ。さっ! 気を引き締めていきましょう。浮ついて男に侮られないようにね」



 *



「いよいよですね。水島先生、今日は一緒に引率をよろしくお願い致します」


「佐藤先生、もしかして随分と緊張してる?」


「はい。『聖カトリーヌに学院』に行くのは初めてなので、どうしても」


 交流会に際し「栄華秀英学園」からは高校二年に在籍する生徒十三人と、学年主任の水島、A組担任の佐藤の教師二人が出向くことになった。


「女性にとっては、あの学院は特別なイメージを持つ場所みたいだね」


「そうですね。女子校最高峰の学校ですし、名家の子女が多数在籍されていますから」


「心配しなくても大丈夫だよ。うちの女生徒たちとは違うタイプなのは確かだけど、カトリーヌ学院の女生徒は、大人しい方だから」


「そう仰っていただくと、気が楽になります。ありがとうございます」


 そう言いつつも、胃がシクシク痛むような気がして、ついお腹に手をやってしまう佐藤であった。

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