2-08 それぞれのバレンタイン in 聖カトリーヌ学院

 

 バレンタインデー当日。


 女子校である聖カトリーヌ学院では、ジョイフル・バレンタインを学校側が主催することはない。

 でも、日頃の想いをショコラ(チョコレート)に託し、麗しのお姉様に捧げたい……という生徒たちの要望を、学院側も無視することはできないでいた。


 その折衷案として例年企画されているのが、生徒会主催「中高縦割り親睦会・メッセージギフト」と銘を打った一大イベントである。


 基本的には、所属する部活動や委員会ごとに待機する部屋を指定し、受付時刻と休憩時刻を明記した上で、その割り振りを載せたプリントを配布する。


 生徒会役員に関しては、予想される混乱を避けるために、揃って生徒会室でチョコを受け付けることになっている。

 事前に学年・クラスごとにタイムテーブルを作り、受付時刻を設定・告知していたのが功を奏し、順調に花蓮たちの前に並ぶ列は消化されていった。


 その様相は、まるでアイドルタレントの握手会のようで。


「お姉様との握手♡うふ」

「真近で拝見するお姉様、麗し過ぎてもう! たまりませんわ」

「ドキドキしてしまって、昨夜は眠れませんでした」

「私もよ。とうとうこの日が来たかと思うと……」


 花蓮と握手するだけで、頬を染め、瞳を潤ませて感激する子や、手が触れただけで卒倒してしまう子。それはもう、たくさんの反応があった。


 でもまさか、この人が来るなんて。


 〈皇極斉子〉


 彼女は聖カトリーヌ学院のスクールカーストの頂点に君臨し、そのことに誰も異論を挟まない、生まれながらの女帝ともいうべき生徒である。


「花蓮さま。日頃あまり言葉を交わす機会はありませんでしたが、お慕い申し上げております。この抑えがたい想いを込めて、私に出来うる限り最高のすべを使い、ささやかなショコラを用意致しました。お口に合うと嬉しいのですが」


 そう言って、美麗な箱を差し出しながら頬を染める姿は、みやびやかで優雅。そして、非常に美しくもあった。


「……えっと、ありがとう。私のためにチョ……ショコラを準備して下さったんですね。嬉しいです。これからは、もっとお話出来る機会が増えるといいですね」


 そう無難に返事をしてみたのだけれど。


「まあ、受け取って下さいますの? 私、感激ですわ」


 そう言って、感極まったようにウルウルした目で俺を見上げてくる。ぶっちゃけ、めっちゃ可愛い。


 ……てっきり、この人には嫌われているものと思っていたのに。意外過ぎる。


 去年の生徒会選挙では、本来はこの学院の生粋の生徒である、皇極さんのグループの人たちが当選するはずだった。


 でもなぜか。途中で全員棄権しちゃったんだよな。あれには凄く驚いた。


 かなり俺が優勢だったから、共に当選して、庶民の俺と一緒に仕事をするのが嫌なのかな? なんて勝手に解釈してたけど、そういう感情を突き抜けるくらい、真のお嬢様なのかもしれない。


「花蓮さま。握手をして頂いてもよろしいですか?」


「もちろんです」


 おっと! 皇極さんの醸し出すオーラに気圧されて、手を差し出すのを忘れていた。


 しかしこうして改めて見ると、なんていうか、やっぱり別世界の人だね。この学院は、育ちの良いお嬢様で溢れかえっているんだけど、皇極さんはその中でも別格っていうか、お姫さま? 誰がどう見てもそう言うだろう、上質のセレブ感がダダ漏れだ。


 求めに応じてそっと握った手は、小さくて華奢で……めっちゃ柔らかい。


「ありがとうございます。あの、この場所で申し上げるのは不躾かもしれませんが、花蓮さまは、私の主催するお茶会にお誘い申し上げても、ご迷惑ではないかしら?」


 お茶会? 噂に聞くロイヤルなやつのこと? 正直言って、そんなの勘弁って言いたいところだけど。


 こう、期待した顔で待たれると……無下にはできないかな。


「迷惑ではありません。確約はできませんが、お時間が合えばお邪魔しますよ」


「嬉しい♡ 早速、招待状をお送り致しますね。花蓮さまが来て下ったら、とっても素敵なお茶会になること間違いなしですわ。では名残惜しいですが、他の方々のお邪魔をするのも心苦しいので、これで失礼致します。ごきげんよう」


 そう言って、足取りも軽く彼女は部屋を出て行った。


 その瞬間、凍結していたかのように静かだった生徒会室にざわめきが戻り、彼女に遠慮するように遠巻きに見ていた生徒たちが、再び列を作り直す。


 その様子を見ても、彼女がひときわ特別な存在であることを伺い知ることができた。


 *


 全てのスケジュールを消化すると、そこに残ったのは、大量に積み上げられたチョコレートの箱と、それぞれに添えられたメッセージカード。それに加えて、ものすごい疲労感だ。なんせ休憩はあったものの、ほぼ一日中立ちっぱなしだったから。


「花蓮、お疲れ様。これでも飲んで元気出して」


「ありがとう」


 手ずからドリップサーバーで入れられたコーヒーは、香り高くて旨い。良い豆使ってるし。よいしょっと。ソファにもたれていた身体を起こして、カップを受け取る。


「それにしても、さすが花蓮ね。あの皇極斉子まで落とすなんて」


「あれにはびっくりしました」


「皇極様が現れた時には、何が起こるのか! って緊張しちゃいました」


「学院の王子は、女帝をも魅了する……ですね!」


 みんな、他人事ひとごとだと思って好き勝手に言ってる。


「落とすなんて人聞きの悪い。彼女に好かれていたのが意外なくらいだよ」


「意外どころか、あの様子だと完全にロック・オンされてそうね」


「ロック・オン? それどういう意味?」


「花蓮さん、まさかご存知ない?」


 えっ、なに? 彼女に好かれることに、単純な好意以上の意味があるの?


「あらら。その顔じゃあ、本当に知らなさそうね」


「知らないよ、庶民なんだから。教えてよ。いったい、何があるっていうの?」


「じゃあ、よく聞いてね。皇極家は、代々女性同士で婚姻を重ねてきた家なの。一部例外はあるみたいだけど、皇極家の中でも当主家の人たちは、必ず女性のパートナーを選んで婚姻するのよ」


「それも恋愛至上主義で」


 へっ? 女性同士で……婚姻? パートナー? それって、マジもんの百合ってこと?


「ロマンチックよね。日本有数の名家なのに、パートナーは大恋愛の末に選ぶとか」


「そういうのって、憧れちゃうところはある」


 ……ってことは。まさか。


「やっと分かったみたいね。花蓮あなたは、この日本を支配する有数の一族である皇極家の後継、皇極斉子の目下最有力のパートナー候補になった。おそらくそういうことよ」


 マジか。

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