2-06 それぞれのバレンタイン in 栄華秀英学園

 

 いよいよやってきたバレンタインデー。「ジョイフル・バレンタイン」が行われる日でもある。


 そして朗報。クラスの女子がフォンダン・ショコラを作って、俺たちにご馳走してくれるらしい。


 やったね!


 これはれっきとした学校行事なので、女子生徒は半日がかりで調理実習をしていることになる。


 じゃあ、その間、俺たち男子生徒は何をするのかって?


「武田! 行けぇぇぇっっっーーー!」


 おうよ! 絶好の場所にパスされたボールに向けて思いっきり足を振り切る。


「シューーーーーートォォォッ!」


「よっしゃぁぁぁっ!」


 ピーーーーーーーーッ!



 よしっ! 入った入った! ばっちりゴールを決めた。


 俺たち男子はというと、サッカーの試合の真っ最中だ。それも、学校に他校を呼んでの対抗戦ときた。相手は、私立「安土桃山学院」。この世界では珍しい少人数制の男子校だった。


 年が明けてからずっと、体育の授業が学年合同のサッカーだったのは、こういうわけね。


 そして「男子校」……この世界にもあったという事実に、凄く驚いた。


「であるかであるかであるか!」


 なんか訳の分からない雄叫びをあげているのは、敵のチームのキャプテンらしい織田くんだ。


 黙っていればキリッとした男前なのに、ちょっと変わってる?


 安土桃山学院は、エリート家系の男子が通う一貫校で、それはそれは大事に育てられた箱入り男子が集うそのらしい。これは、今川くん情報。なんと、今川くんは小学校までは安土桃山学院に通っていたんだって。


「武田! ナイスシュート! 逆転を狙ってどんどん行こうぜ!」


「おうよ!」


 熱い激励をしてきたのは、B組の沖田だ。今まであまり交流がなかったけど、一緒にサッカーをしている内に割と仲良くなった。沖田はスポーツ大好き少年で、熱血なところがあり、気さくで話しやすくもある。


 対戦中の安土桃山学院は、織田のワンマンチームらしくて、強引なパワーサッカーを仕掛けてくる。それに対して我が栄華秀英学園は、キャプテンの沖田が中心となってゲームメイクをする、チームワーク重視で行くサッカー。


 序盤は、相手の勢いに押されて点を取られてしまい、1ー2と押されていたが、これで2ー2の同点に追いついた。ここで前半戦終了。


「いやあ。武田と斎藤で決めてくれるから、俺は中盤を支配できる。いい形になってきた」


 沖田、随分と生き生きしてるね。俺と斎藤って言ってくれてはいるが、サッカーは斎藤の方が断然上手い。以前、球技は得意って言ってたけど、ボールのキープ力はたいしたものだ。


 俺は、沖田と斎藤が連携して運んできたボールを受けて、ゴールに押し込む係。つまり責任重大だ。以前の記憶が曖昧でハッキリとは分からないけど、それほどサッカーをやっていたとは思えないんだが……なぜだか、身体が自然に動く。


《主人公補正です》


 えっ? なにそれ?


《加護の影響で、主人公補正が働くようになりました》


 日記帳による天の声。久々に聞いた。でも主人公補正? ……以前もちょろっと思ったけど、もしかしてここって、何かの物語世界なの?


《保守要綱に抵触。認可範囲を逸脱しています》


 答えられないってことか。


 ……じゃあ、こんな質問ならどう? プリンをたくさん食べると、サッカーが上手くなりますか?


《主人公補正が働いています。プリンを世の中に普及した功績が、技能向上に反映されました》


 普及? 俺、そんなことした?


 《学校、喫茶店、文化祭、ショッピングモール、屋台……それぞれの場所での累積効果が総合的に評価された結果です》


 ふーん。よく分からないけど、今はいいか。とりあえず、サッカーに集中だ。



 *



 勝った。


 こうやって、男子だけで思いっきりスポーツの試合をするのって、この世界に来てからは初めてになる。すっごい楽しかった。B組の男子とも仲良くなれたし、よかったんじゃないかな。


 でもかなり汗くさくなっちゃった。更衣室でシャワーを浴びてサッパリしてから、制服に着替えることにしよう。これから女子たちに会うしね。臭っ! とか思われたら嫌だから。


 *


〈ジョイフル・バレンタイン!〉


 そう可愛らしく飾り付けされた試食室に入って行く。


 俺たちのクラスは、作るのがフォンダン・ショコラということで、調理室の隣にあるこの部屋を借りることができたんだって。


「うわぁ。すっごい甘い匂いがする」


「むせそうだ」


 廊下から何から、学校中に甘い匂いが漂っていたけど、試食室はもっと凄かった。俺的には好きな匂いだけどな。甘いものが苦手な斎藤は微妙な顔をしている。


 試食室の中は、テーブルが5つに分かれて配置されていた。


「武田くんは、こっち〜!」


 呼ばれた方に行くと、小早川さん、有馬さん、高橋さん、その他にも数人の、割りとよく話す子ばかりいるテーブルに案内される。


 なるほどね。意中の男子生徒をそれぞれ囲むようにしてるのか。


 そして、フォンダン・ショコラはとても美味しかった。焼き立てのあっつ熱を出してくれて、外はサックリ、中はトロトロ。


 蕩けるチョコクリームが至福の味覚だ。


「すっごい美味しい」


「よかった。みんなで研究して作ったの。頑張った甲斐があったわ」


 出来がこのレベルに至るまで、何回も試作してくれたらしい。いや本当に感謝。お店で出てくるのみたいで、本当に美味しい。女子力高いよね、クラスの女の子たち。これで勉強もできるんだから、もう尊敬。


「それでね。武田くんにあげるチョコは、これとは別にあるんだ」


「そうなの?」


 これとは別に用意って、大変だったんじゃないかな?


「うん。もちろん。だけど、ここじゃ恥ずかしいから、あっちの準備室で、一人一人、順番に手渡したいんだけど、いいかな?」


 つまり、それって……告白タイム? ってこと?


「ダメ?」


「いや。びっくりしただけで、ダメじゃないよ」


 マンツーマンでチョコをもらうなんて、思ってもいなかった。


「よかった! じゃあ、移動しようか?」


 

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