2-03 バレンタイン前奏曲 in 栄華秀英学園

 

 二月に入って、学校の中がなんだかザワザワしてきた気がする。明らかに女子生徒がソワソワして落ち着かない。


「なんか、女の子たちがそわそわしてない?」


「そりゃそうでしょ、バレンタインデーが近いから」


 いつものように結城がそっけない返事をする。


「チョコがいっぱい。俺、この季節好きだなぁ」


 結城とは対照的に、なんかウキウキしてるのは北条。そういえばチョコ好きだっけ?


「バレンタインデー? そんな浮ついたものには興味ないな」


 と言いつつ、なんとなく嬉しそうなのが上杉。見かけによらず甘党だもんね。


 俺的には、嬉しいとかそういうのより、驚きの方が大きかった。こんな風に世界が変わっても、あるんだ。バレンタインデーって。



 〈バレンタインデー〉


 お菓子会社の謀略とはいえ、日本に住む男なら、このイベントにプレッシャーと、そしてほのかな期待を感じる者も多いはずだ。


 年に一度、女の子から、意中の男子への告白イベント。


 本命チョコとか、義理チョコとか、友チョコとか。いろんな想いのバリエーション。


 ……日頃曖昧にごまかしていた、女子にとっての自分の立ち位置、存在意義が、無情にも鮮明に突きつけられる裁きの日。


「武田? なに暗くなってんの? チョコ嫌いじゃないよな?」


「うん。どっちかっていうと好き? いや、かなり好きかも」


 ガタガタガタッ。


「武田もチョコ好きなんだ。俺もだよ。チョコって美味しいよね。食べると幸せになるっていうか。俺はチョコレートのお菓子なら何でも好きなんだけど、武田は何が好き?」


 チョコのお菓子か。パフェやクレープにムース。どれも美味しいし好きだ。


 でもこの季節なら……


「今の時期なら、フォンダンショコラとか食べたいかなぁ」


「分かる! あれ、美味しいよね。あっつあつの生地の中からトロ〜ってチョコソースが出てくるところがいい!」


「あれは焼き立てが凄く美味いぞ」


 おっ! 珍しく上杉が話にのってきた。


「焼き立てか〜それは確かに美味そうだな。でもバレンタインデーじゃ無理か」


「いや? ジョイフル・バレンタイン向けにリクエストすれば食べられるんじゃないか?」


 ジョイフル・バレンタイン? なにそれ?


「あれ? 武田がきょとんとしてる」


「前の学校にはなかった? 採用している学校の方が多いと思ったけど」


 なかった。採用? それって学校行事なの?


「うん。なかった」


「ジョイフル・バレンタインのリクエストってまだ間に合うかな?」


「あーそうか。もう締切後かもしれない。職員室前の回収ボックスは撤去されてるか」


 それは残念……って、結局、ジョイフル・バレンタインってなに〜。教えて〜!



 *



 バレンタインデー。


 男女比率の不均衡は、かつての日本でもてはやされていた冬の一大イベントにも、大きな影響を与えていた。


 何しろチョコをあげる対象がごそっといなくなっちゃったわけだから。


 本命チョコをあげる相手はもちろん激減。義理チョコをあげていた会社の上司も、ほとんど女性になってしまった。あげるとしても、ほぼ友チョコだ。


 これで一番困ったのは、お菓子業界。


 バレンタインデーがなければ、対になっているホワイトデーだってなくなってしまうから、ないない尽くしのダブルパンチだ。


 友チョコだけでは、到底その減益分は埋められない。若い世代が、バレンタインデーのなんたるかも忘れてしまう前に、何か手を打たねば!


 こうして、立ち上がったお菓子業界が一丸となって企画したのが「ジョイフル・バレンタイン」。体育祭や文化祭のように、バレンタインデーを学校行事にしてしまおう……という下心満載の企画だった。


 そんな営利団体の利益を助長するような企画を文部科学省が受け入れるわけがない。


 ……そう思うでしょ?


 ところがまさかのGOサイン。 


 数少なくなった男性に、多数の女性が殺到するという社会現象。それが若年層に与える影響に、大きな懸念を示していた文部科学省が「一対多数の男女交際の正しいあり方」の指針を広めるために、この企画を利用することを思いつき、採用したんだ。


 ただもちろん、賛否のある話だし、別学など、このイベントが不要な学校法人もある。従って、総合的な学習の一環として、各学校が任意に採択できるようになっていた。





「ひな、職員室に行くわよ!」


「フォンダンショコラとは。ぬかったわ」


「意外性で驚かせようと、男子にアンケートを取らなかったのが裏目に出たね。失敗」


「結城くん以外、全員反応してたもんね。ユー子、どうしよう?」


「まだボックスは回収したばかり。先生に直談判すれば内容の変更は可能とみた」


「他の子の意見は聞かなくていいの?」


「ジョイフル・バレンタイン委員を押し付けられた、この私の意見がみんなの意見。文句は言われない……はず」


「まあ、確かに絶対にこれって言ってくる子っていなかったよね。なら事後承諾でもいいか」


「みんなもきっと納得してくれる……っていうか。王子がフォンダンショコラって言うのを聞いた子たちが、一斉に私の方を振り返ってた。あれは、どうにかしろというメッセージだよ」


「王子だけじゃないしね。北条っちも上杉くんも好きなんだから、賛成多数だよね」


「そう。あっつあつのフォンダンショコラで、お目当ての男子のハートを蕩かす。今年のジョイフル・バレンタインは、これで決まり!」


「楽しみ。これは成功させなくっちゃ!」

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