2-02 高坂花蓮の心情

  ◆高坂こうさか 花蓮かれん プロフィール


 聖カトリーヌ学院高等学校二年生 17歳


 誕生日 8月8日 獅子座

 身長 178cm

 血液型 O型

 座右の銘 「分相応」

 評判「私たちの王子様」「不動の生徒会長」「背中にお華」「抜群の破壊力」


 〈スリムスレンダーでスタイル抜群。智と美貌を兼ね備え、誰に対しても公平で優しく、そして凛々しく清々しくもう本当にかっこいい。学院生の理想の王子様といったら、この方しかいません。高等学校の入学式の際、在校生代表として演壇で歓迎のご挨拶された時は、そのあまりの麗しさに卒倒する新入生が続出したという逸話があるほどです。〉



「はぁ」


 頬杖をつきながら、白薔薇祭に関する学園広報紙を流し見て、何度目か知れないため息をついた。


 このところ、ついたため息は数知れない。なんでこんなことになってるんだろう?


 ……おい。返事しろよ。


 お前のせいだろう? この状況の全部が全部。


 こういう事態を引き起こした犯人である日記帳に話しかけるが、いつも通りだんまりだ。


 がこの不思議な日記帳に導かれてこの世界にやってきたのは、もう二年近く前のことになる。


 ……この世界。


 男が激減して人口危機に陥り、女性が中心となって社会構造を再構築したこの世界のことだ。


 そう、俺は元々この世界の人間じゃない。


 前の世界では、運悪く若くして事故にあった。元の世界では死んでしまったのでは? そう予想している。


 ……あの日は2月14日だった。会社で貰った、たった一つの義理チョコが入った鞄を、通りすがりの自転車にかっぱらわれそうになった俺は、鞄を取り返そうと揉み合っている内に橋から転落。そして溺れた。


 苦しみもがき、意識が薄れてきた時に聞こえてきた不思議な声。そして与えられたのが、この願いを叶えてくれるというこの日記帳だ。


 《ここに、あなたが今に至るまでの出来事が記してあります》


 《これは、宿願の日記帳。この日記帳に願いをこめれば、それを叶えることができます。この世界を写し込んだ似て非なる隣の世界で》


 キターーーッ! ラノベ展開。


 そりゃもう必死で願ったさ。


 すれ違う女がことごとく見惚れるくらいカッコよく生まれ変わって、思う存分、誰にもはばかることなく女子高生JKとハーレムしたい。


 それが意識が途切れる間際の、俺の切なる願いだった。



 日記帳には、そう書かれていた。俺が直に書いたものではないはずだが、読んだときに、自分ならいいそうだなと感じた。あの直感的な感覚は、おそらくあっているはず。


 《現在の状況は、全てあなたの願いに合致しています》


 ……急に自己主張してきたし。


 ああ。確かにその通りだ。確かに現状は、可愛い女の子たちにモテモテで、超嬉しい。俺が我儘言って悪かった。


 ……っていうわけないだろ、このポンコツがーーーっ!


 なんで、なんで女なんだよ。


 記憶は失っても性別は忘れない。俺の前世での性別は男。オ・ト・コ……ねえねえ、分かる?


 もしこの状況でちゃんと男だったら、神様仏様日記帳様って、専用神棚を作って土下座して拝んでたよ。


 でもさあ、俺、女になってるじゃん。


 なんで? 頼んでないよねェ、そんなこと。


 《魂のエネルギーが不足していたため、最小エネルギーで願いを実現しました》


 エコですか。


 こんな大事なところでエコロジーしなくていいのに。今からでもいいから、男に戻せない?


 《エネルギーが不足しています》


 ……これだ。


 これまで何度もこの問答が繰り返されてきた。でも、最後はいつもこの返事だった。あーあ。いつまで女でいなくちゃいけないのか、それくらい教えろってんだ!


 *


 いつまでもこうしちゃいられない。俺は忙しいんだ。なにしろ生徒会長だから。使えない日記帳との無駄な問答を切り上げて、生徒会の仕事をすることにした。


 昨年秋の生徒会選挙で、思いもよらず推薦され、そして不本意にも当選してしまった。でもだからといって、サボるわけにもいかない。俺がサボると他の役員にしわ寄せがいってしまうから。


 生徒会長 高坂 花蓮

 副会長 山県 麻弥

 会計 内藤 芙美

 書記 馬場 千春

 庶務 三枝 友紀


 このたった五人で生徒会の仕事を切り回しているんだから、かなり大変だ。


 でも、生徒会の仕事をしていると内申書の成績評価が上がるから、大学進学にかなり有利になる。


 クソっ! 男のままだったら、そんな心配はいらなかったのに。女になってしまったばかりに、いずれ社会に出れば、激しい出世競争に晒される。


 それでも、前世のブラックな環境に比べれば、格段に仕事はしやすいし、キャリアも積んでいけるはずだ。これから一生、女として生きていかなければいけないとしたら、生活基盤はきちんと整えておかないとまずい。


「はぁ」


 なんでこの世界で女なんだよ。男だったら最高じゃん。チヤホヤされて、フラフラ遊んでいても一生食いっぱぐれることがない。なんて裏山。


 ……交流会か、


 この男に甘い世界で、男であることを、ぬくぬくと享受している奴らが来るわけだ。ここの可愛いお嬢たちにも、モテモテになるのかな?


 ぐぬぬ。悔し過ぎる。


《モテモテを追加しますか?》


 ……いい。今のところ、十分に間に合っているから。


「はぁ」


 また、ため息だ。


 交流会の前に白薔薇祭、そしてバレンタインデーもある。


 去年のバレンタインデーは大変だった。あんなにチョコをもらったのは、生まれ初めてに違いない。それも、どれも凄い高そうな……いや、実際に高いのだろう。超高級そうな美麗な箱に詰められた、宝石のようなチョコばかりときた。


 そんな箱に、俺の寮部屋が埋めつくされていた。


 そして、食べ物を粗末にできないタチの俺は、吹出物だらけになるのを覚悟で、時間をかけてそれを全部食べ切った。今思えば、それがいけなかったような気がする。


 吹出物どころか、なぜかお肌がツヤッツヤ。


 周りに言わせると、カリスマオーラというのが爆上げされたらしい俺は、向かうところ敵なし状態の、超モテ期に突入した。


 ……でも、女同士なんだよ。しくしく。


 女に生まれ変わって、女としてこれからの人生を生きるとしても、俺には家庭を持つのは難しい。だって俺は普通に女の子が好きだ。恋愛対象は女性限定。


 どう頑張っても、男と恋愛はできない。無理ったら無理。性嗜好なんて、そうそう変わるものじゃない。子供を産むのもおそらく無理。


 幸いこの世界には、あえて独身シングルを選んだり、女性同士で恋愛結婚をする人もいると聞く。だから、そんな俺の生き方が目立つことはない……はず。


 でもそのためには、将来稼げるように今から頑張らないと。


 ……って、生まれ変わっても社畜根性が抜けないな、俺は。あーあ。神様が本当にいるなら、どうにかしてくれよ。

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