第2部
春よ恋 編
2-01 カトリーヌの白薔薇
実は、人口減少以外にも、この社会が抱えている問題がひとつある。
俺たち男に対して寛容で、とても優しいこの世界。それは同時に、社会システムが極端に女性向きに整えられた、女性が支配する女性中心の世界であるともいえる。
以前「爺捨て山問題」は解決したから安心だって言った。でも「男なんていらない」という考えの人たちは、実は今も一定数存在する。
そういった女性至上主義的な考え方を全面的に肯定する家庭で育った少女たちが目指す憧れの学校がある。……それが「聖カトリーヌ学院」だ。
この社会を牽引するエリート女子を何世代にも渡って大勢輩出してきた、幼稚園から大学まで続く女子校最高峰と呼ばれる超難関校。
俺たちが通う栄華秀英学園が、庶民が上の階層にのし上がるためのソルジャー育成学校だとすれば、聖カトリーヌ学院は、生まれながらのエリートをエリートたるべく教育するための選抜校になる。
そんなハイソな女子校なんて、俺には一生関係ないって思ってた。
……ところが、なんの悪戯か、それが大ありになっていた。
◇
冬の穏やかな日差しが差し込む、白を基調とした清潔感のあるカフェテラス。
そこでは、下は中学一年生から上は高校生まで。十代の可愛らしい女子生徒たちが集い、小鳥の
「お姉様だわ」
「今日もなんて麗しいのかしら」
「素敵すぎていつまでも拝見していたい」
「あの憂いのある表情。ああっもう! 何を悩まれているのか、わたくし心配でいてもたってもいられません」
「きっと、わたくしたちでは想像もつかない、高尚な事柄についてに違いありませんわ。だってお姉様ですもの」
「気になります。わたくしにできることなら、なんでもして差し上げたいのに」
ピンク色のリボンやハートが飛び交いそうな、こうした
「はぁ」
「花蓮、またため息なんてついてどうしたの? 下級生がやけに固まって騒いでるなと思ったら、やっぱりあなたが原因なのね」
「私、何もしてないよ」
「それは知ってる。でも周りはそう思わないってことを、いいかげん自覚するべきね」
「なんの自覚?」
「なんのって……この間、説明したでしょ。白薔薇祭までもう一カ月ちょっとしかないの。そこで行われる総選挙で『カトリーヌの白薔薇』が選出されるわ」
「それは当然知ってるよ。今まさに準備をしているところだから」
「ううん。分かってない。花蓮、あなたは『カトリーヌの白薔薇』の最有力候補なの。今一番、注目を浴びている人物なんだから、言動には気をつけて」
「そう言われても。今は白薔薇祭の準備でいっぱいいっぱいだから無理」
「もう! 相変わらず自分のことには無頓着なんだから」
〈カトリーヌの白薔薇〉
それは、聖カトリーヌ学院の新高校三年生から唯一人選ばれる、全校生徒の顔ともいうべき特別な存在。
その選出方法は、白薔薇総選挙ーー全校生徒及び教職員の投票による。
模範生であることはもちろん、人望、美貌をともに備え、学業、スポーツに優れ、生徒から絶大な支持を得たものが選ばれるのが常の、非常に名誉ある称号だった。投票日は、例年と同じく学年末の三月上旬に予定されている。
高坂花蓮は、黙って立っている、あるいは座っているだけでも、多くの女子生徒を虜にする不思議なカリスマ性を有する「イケてる美少女」だった。
そうイケてる。
身長178cm。モデルのようなスラリとした体型に、緩やかなショートカットが似合う小さな頭。そのスタイルの良さを際立たせるような、この学院では珍しいどこか粗野な仕草。歩幅が広く、歩く姿は実に颯爽としていて、すれ違う下級生を例外なくときめかせる。
筋金入りのお嬢様である、幼稚園、小学校からの内部進学生が多いこの学院では、十分に擬似恋愛対象になりえる存在だった。
実際にモテモテである。
そして、将来を約束された生まれながらのエリートばかりのこの学院の中で、高坂花蓮は、また違った意味で浮いた特別な存在でもあった。
「庶民出の特待生」「成り上がり」
学院に入学したての頃は、そう陰口を叩かれることも珍しくなかった。
しかし次第に、その気取らない言動と、気さくな人柄、優雅とは決して言えないが、メリハリのある豪快な挙動に、箱入り育ちの女子生徒たちは、自分たちとは違う「何か」を感じ取ったのだろう。
「あれが花蓮さま。きゃっ♡こっちをご覧になったわ」
「花蓮さま、背がお高いのね。なんて凛々しいのかしら」
「花蓮さま、素敵」
「花蓮さま」
「花蓮さま」
あっという間に学院中に「花蓮さまブーム」が巻き起こった。
そう、予想されていた生徒会役員選挙結果を覆すほどに熱烈な推し合戦が、自然発生的に展開されたのである。
「だいたい準備が大変過ぎる。なんで生徒会ってこんなに忙しいんだよ」
「花蓮、さっきから言葉使いが素になってるわよ」
「仕事が山積みで、そこまで気を使う余裕なんてとっくにない。精神的にバテバテだ」
「まあ。確かにこの時期は忙しいわね。三月の白薔薇祭の準備が一番の大仕事だけど、バレンタインデー対策に卒業謝恩会、あとは交流会もあるし」
「……交流会って。ねえ、本当にここに男が来るの?」
女子校である聖カトリーヌ学院に在学していると、高校を卒業するまでは、日ごろ同年齢の男性と接触するどころか、見る機会さえほとんどない。
それは、男性への偏見や拒否感を増長する可能性があり、情操教育上よろしくない。という教育庁からの指導と建前を元に行われるのが、生徒会主催の「他校交流会」だった。
俺的には、高二の終わりでチョロっと男に会っても、何が変わるのかっていう気がするけどな。
「ここにじゃないわ。男を校内に入れるわけにはいかないもの。学院外にあるコンベンションホールよ」
「コンベンションホールか、移動がちょっと面倒くさいな」
「安心して。交流会に関しては、生徒会が主催ではあるけれど、学院側もかなり協力してくれるから。だから、生徒会の仕事はそれほど多くはないの。司会進行がメインね。だから、花蓮は当日の挨拶をしたらそれでいいわ。あとは私たちがやっておくから」
「いいの? それだとだいぶ助かる」
「気にしないで。あなたのおかげで私たちも助かってる面もあるから。交流会前後は、例年生徒たちの落ち着きがなくなるけど、今年は花蓮のカリスマがあるから、それもかなり抑えられるはず」
「なにそれ。みんな男が気になるからソワソワするんでしょ?」
「見慣れない珍獣が来るから、そうなるだけよ。男なんて、所詮『劣等生物』なんだから。私たちには必要ないわ」
「相変わらず男に手厳しいね。ところで、どこから男子生徒がくるの?」
「それが、例年なら『安土桃山学院』なんだけど、今年はなぜか変更になったの。『栄華秀英学園』というところだそうよ」
「どこそれ?」
安土桃山学院は、この世界では珍しい男子校であった。しかし、交流会に対してはあまり積極的でなかったため、例年、体裁を整えるためだけに、数人が来校する程度にとどまっていた。
男子生徒の確保については各校が結んだ協定があり、交流会を行えるほど男子生徒を抱えている学校はそう多くない。花蓮が気になったのはその点であった。
「あら。外部からきた花蓮が知らないなんて意外。なんでも、お金で男子生徒を集めているという噂のある私立共学校だって聞いたわ」
「男子生徒を集めてる? じゃあ大勢来るの?」
「そう。十人以上もの男子生徒が来るんですって! 忌々しいことに」
「なんだ。集めてもそんなものなのか。やっぱり、本当にこの世界って男が少ないんだな」
「花蓮、なに今さら寝言みたいなことを言ってるの? あなたには絶対に『白薔薇』になってもらうから。もっと、しゃっきりしてね」
「はぁ。白薔薇ねぇ。別にならなくてもいいんだけどなぁ」
「大学進学に、とても有利!」
「……分かった。そういうことなら頑張るよ」
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