第27話 おめでたい
冬休みが明けて、三学期が始まった
「武田、久しぶり。あと、あけましておめでとう」
「おう! 斎藤、超久しぶり。あけましておめでとう」
「冬休みはどこか行った?」
「いや。ほぼ家でゴロゴロしてたかな。あとはゲームしたり。斎藤は? 全然ログインしてなかったけど、冬休みは何してたの?」
「俺? 俺は奥さんが臨月だから、しょっ中会いに行ってた」
「臨月!? じゃあ……」
「うん。もうすぐ父親になる」
「うわっ! おめでとう」
俺と同じ年齢で父親に!
それには凄く驚いたけど、いつも卒なく何でもスマートにやり過ごす斎藤が、照れ臭そうに、でも凄く嬉しそうに笑う姿は、なんだかとても新鮮だった。
「おはよう。あけおめ。どしたの? この祝福ムード」
「斎藤のところ、子供が生まれるんだって」
「おおっ、それはめでたい。父親一番乗りだな」
「まあね。子供は欲しかったから、凄く喜んでる」
「斎藤って実は子供好きなの? なんか意外」
「意外かなあ? 自分ではそうは思わないけど」
「いつ産まれるの?」
「予定日は今月末くらい」
「そっか。じゃあ、お宮参りは三月に入ってからかな。その時は是非うちの神社をご利用下さい」
「はは。営業してら。そういう結城は冬休みは?」
「もちろん家の手伝い。かき入れ時だからね。やることいっぱいあるのよ」
「初詣のとき、結城の家の神社、めちゃ混んでたもんね。確かにあれは大変だと思った」
「あのあと大変だったんだよ。姉さんたちが、キャーキャー言っちゃって。今度うちに連れて来て〜とかそんな感じで」
斎藤家のおめでたい話を聞いて、休みボケが一気に吹き飛んだ。やっぱり明るい話題っていいよね。するとそこへ。
「みんなおはよう。あけましておめでとう」
「久しぶり、北条。……何か妙に日に焼けてない?」
いつもはふわんとした印象の北条が、日に焼けて、ちょっとシュッとして精悍な感じになっていた。
「冬休みの間、ずっとスキー場にいたから。スノボ三昧だった」
「だからか。スノボいいね、楽しそう」
「楽しいよ。春休みも行くけど一緒に行く?」
「春休み? 行けそうなら行きたいけど、俺、実はスノボはやったことない」
「初心者講習があるから大丈夫だよ。武田ならすぐに上手くなると思うよ」
「そうかな? だったらやってみたい」
久しぶりに会ったから、会話も余計に弾む。
しばらくして、冬休みは家の道場でひたすら竹刀を振っていたという上杉も加わり、近況報告会になっていた。
三学期は、高三は大学受験のために自由登校になっている。だから学校全体が、なんとなくいつもより閑散としていた。
もう数カ月で俺たちも高三か。なんかこの半年間は、あっという間だったな。
◇
「おはよう」
「武田くん、おはよう」
あれ?
その日、いつものように登校すると、たいてい俺より早く来ている斎藤が、今日はまだ姿を見せていなかった。
「斎藤って今日休み? 誰か理由を知ってる?」
遅れて教室に現れた他の三人に聞くと、
「ああ、斎藤は奥さんの付き添いじゃない? そろそろ出産予定日のはず」
付き添い?
その意味がいまいちよく分からなくて、俺が不思議そうな顔をしていると、
「計画出産日の前後二週間は、学校を休んでも出席として扱われるから、その期間は目一杯休む場合が多いんだよ」
「そうなんだ? じゃあ、これからトータル一カ月くらいは学校に来ないってこと?」
「たぶんそう。長期欠席になるから、HRで担任から告知があると思うよ」
なるほど。
この世界の結婚システムについては、とても気になったから詳しく調べたけど、その先にある出産や育児に関することまでは、とりあえず今は必要ないと思って手をつけなかった。
他にも俺の知らない社会ルールが沢山ありそう。まだまだ分からないことが多過ぎる。
*
家に帰って、早速リサーチをする。
友達が父親になるわけだから、出産祝いとかそういうのはどうするんだろう? って、疑問に思ったからだ。詳しいことは人に聞くにしても、予備知識があるのとないのじゃ全然違うしね。
そして分かったことが、これ。
この人口の激減した世界では、出産はことのほか大事なイベントとして扱われる。
以前の世界では、法的に制度が整備されても「マタニティハラスメント」や「パタニティハラスメント」などの差別が存在し、実際の現場ではなかなか払拭することができなかった。でもそんな状況は、この世界ではありえない。
両親が協力して育児休業を取得できるように、国も職場も積極的に支援してくれる。
これは女性が社会の中心になってから、ワークシェアリングを始めとする働き方改革が強力に推進された結果であり、繰り返された試行錯誤が生み出した、この社会を維持するために必然のシステムでもあった。
「育児・介護休業法」は、現在の形に落ち着くまで、何度も改定を重ねて現在に至る。
妊娠中に体調が悪かったり、産後に産婦の体力が回復していないときには、家事をしてくれる生活ヘルパーや育児ヘルパーを派遣してもらうことも気軽にできる。
社会に復帰してからも、子供が公的な保育施設に入れないなんてことはない。延長保育や病児保育なんて当たり前。
子供は社会の宝。社会で育もうという意識が、ちゃんとこの世界では根付いている。
それだけでなく、子供と親のーー特に母親との繋がりも、非常に重視されていた。
子供の学校の参観や保護者が参加する行事には、各学校協会で統一したルールが適用されている。
役員を無理矢理頼まれることもない。学校行事にやむをえず不参加の場合でも、誰からも非難されることはない。連絡メールや配信される静止画や動画で、行事の内容をどこからでも容易に確認できる。
そうか、外国にいた母さんが、俺たちの学校のことをよく知っていたのは、こういうシステムがあるからなんだ。
人口の減少をただ嘆くだけでなく、社会が一丸となって、解決しようと本気になった世界。
人口が激減したのが最初のきっかけとはいえ、俺の知っている世界よりも、社会システムが遥かによく整っている。
こうやって分かってくると、男に甘く寛容なこの世界は、もしかすると、働く女性にとっても生きやすい世界なのかもしれない。
さて。育児関係の調べ物が終わったことだし、次は出産祝いについて調べるか。
なになに?
「学校の同級生がパパやママになった場合にぴったりの贈答品特集」
これだこれ。
おっと。「贈答品を
……ふうん。
・学生間の贈答は、あまり高額になり過ぎないように気をつけましょう。
これは、お祝い返しが相手の負担になるからだって。
・会計が面倒でなければ、個人ではなく数人、あるいはクラスでまとめて贈るのもよいでしょう。
まとめた方が、もらう側からすると楽なわけか。
・おもちゃの贈答品は、内容が被りやすいです。予め希望の品を聞いておきましょう。
なるほど。これは避けた方がよさそう。あるいは今から希望を聞くか。でも、もう出産休暇に入っているから、みんなにどうするか聞いてみた方がいいかもしれない。
・一歳児のベビー服。実際に着るのが購入時と同じ季節になるので、意外と重宝されます。但し、デザインには注意しましょう。
・ベビー用品のカタログ。共同で贈る際には、これも便利です。
結局、クラスのみんなで相談した結果、無難に「ベビー用品のカタログ」を贈ることに決まった。てっきり女子は、可愛いベビー服を選んだりしたいのかと思っていたので、これは意外だった。
選んだ理由を聞いてみると。
「お祝いの気持ちはこれでちゃんと表せると思うよ。だって、自分の子供のものは、やっぱり夫婦で選びたいだろうから」
……という意見が多数を占めた。
なるほど、贈る側より贈られる側の気持ちを優先しているのか……と、それを聞いて納得してしまった。
そして、カタログ以外に、凝った意匠の手作りのお祝いカードを用意して、それにみんなでメッセージを書き込んで贈るんだって。
心からのお祝い。みんなに祝福されて生まれてくる新しい命。きっと思いは伝わる。
◇
都内。緑に囲まれた閑静な産院のひと部屋。
室内には、出産を終えて先ほど分娩室から戻ってきた若い女性と、産まれたばかりの赤ん坊を抱きかかえた病院のスタッフ。そして、産婦の夫である少年がいた。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
白い産着とおくるみに包まれた、生まれたてのまだふにゃっとした赤ん坊が、病院スタッフから、その父親となる少年にそっと手渡される。親子の初対面だ。
「……可愛い。頑張ったな、
「守。泣いてるの? ふふっ。嬉しい。私とうとう、あなたの赤ちゃんを産んであげられたのね」
赤ん坊を壊れ物のように受け取った少年が、こみ上げる情動のまま、涙を滲ませ、声を震わせる。
「うん。夢芽、ありがとう」
「これで……念願が叶ったわ。私、今とても幸せよ」
産婦の願いは、愛する夫である守の子供を元気に産み、温かい家庭を作ってあげたい。ただそれだけだった。
「もっともっと幸せになれるよ、俺たち」
「そうね。二人で……いえ、もう三人ね。家族みんなで幸せになりましょう。この世界でなら、この願いはきっと叶うから」
「この男に甘い世界で俺は。」第1部 [了]
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