第26話 初詣 初夢

  元旦。新しい年が明けた。


「あけましておめでとう、結星」


「あけましておめでとう。お兄ちゃん、寝坊し過ぎ」


「おめでとう。今年もよろしく」


 ちょっと(だいぶ)寝坊をしてしまった。新年の挨拶を交わした後に、遅めの朝食として三人でおせち料理とお雑煮を食べた。これから、家族揃って初詣に出かけることになっている。


 行き先は結城の家の神社だ。


「凄い人だね。出店もたくさん」


 広い参道には人が溢れていた。参道の両脇には、いろいろな食べ物の屋台がたくさん並んでいて、あちこちからいい匂いが漂ってくる。


「行列がなかなか進まないし、買い食いでもしようか?」


「あら? もうお腹が空いたの? お餅をあんなに食べたのに」


「私、さすがにまだお腹空いてないよ。お兄ちゃんは何が食べたいの?」


「あそこの人形焼」


 さっきから気になってしょうがなかった。少し先に見えてきた人形焼の屋台。それが俺のターゲットだ。


「人形焼って好きだっけ?」


「お正月だからかな? なんか急に餡子あんこが食べたくなったんだ」


 列が進んで屋台が目の前にきた時に、無事人形焼を購入。紙袋の中に、いろんな形の人形焼が詰め合わせになっている。


 早速、鳩の形の人形焼をポイッと口に放り込む。ひとくちサイズでちょうどいい。そして視界に、神社の背景から浮きまくる妙な物体が映った。


「あれ? なんか、変な着ぐるみがいる」


「えっ! どこ? 結衣には見えないよ」


 俺の背でやっとだから、小柄な結衣には当然見えない。


「黄色い着ぐるみがいるわね。もうちょっと近づけば、何か分かるんじゃないかしら?」


 母さんも割りと背が高いから、チラッと見えたみたいだ。


 行列が進むと、茶色い屋根の黄色い屋台と、それと同じ配色の猫の着ぐるみが見えてきた。


 茶色いベレー帽を被った、コロコロした猫で、下半身がやけに太い。


「あっ! プリにゃん!」


「知ってるの、結衣?」


「うん。プリン星から来たプリにゃんは、プリン好きの間で最近話題になってるゆるキャラだよ」


 なに? プリン好きの間で話題? 俺そんなの知らない……なんか悔しい。


「そう。初めて聞いたわ。あの屋台で何を売っているのかしら?」


 それは俺も気になる。


 行列がその屋台の目の前に来たとき、やっとそれが分かった。


〈あったか甘ーい ホット・プリン・シェイク にゃ〉


「プリンシェイクか。飲んでみたいな」


「結衣も。お母さんも飲んでみようよ」


「温かい飲み物なら、お母さんも欲しいわ」


 行列が長引いて冷えてきていた身体を、温かいプリンシェイクがじんわりと温めてくれる。


 味は、もうまんま液体プリン。なかなか美味しい。底にドロリと固めたカラメルソースが入っているのもいい。


「美味かったな。これ、普段は売ってないの?」


「たぶん、イベント用の屋台じゃないかな? 似たようなものなら、結衣が作れるかも」


「本当? 今度作ってみてよ」


「うん、頑張る」


 結衣がすごく嬉しそうだ。



 長い行列が終わって、やっと順番が来てお参りを済ませた。


「ねえ、せっかくだから、おみくじを引いていかない?」


 おみくじか。お正月らしくていいかもね。


 おみくじを売っている社務所に行くと、そこには袴姿の結城がいた。


「あれ? 武田じゃん。来てくれたんだ」


「うん。結城はバイト?」


「そう。人手が足りなくて駆り出され中」


「廉、お友達なの?」


 声をかけてきたのは、巫女さん姿のすごく綺麗な女性だった。結城にちょっと似ているかもしれない。


「うん、ほら。武田。例のPVの」


「あの彼? 本当だ。でも、若くなってる」


「結城のお友達? 男子の?」


 なんかわらわらと、奥からも若い女性が続々と出てきて、合計四人になった。全員結城のお姉さんだそうです。揃いも揃って凄い美人。和風美人と可愛い系の両方いて、巫女姿がよく似合ってる。


 お姉さんたちに挨拶を済ませたら、なぜか恋愛成就のお守りをくれた。


 その後おみくじを引くと「大吉」


〈恋愛運急上昇。今年は、素敵な異性との出会いがあなたを待っています。〉


 恋愛運だって。


 既に周りに可愛い子はいっぱいいるけど、出会いがもっと増えるってこと?


 でも恋愛なんて、まだイメージが湧かないな。


 ……よく恋に落ちるなんていうけど、それって、いったいどんな感覚なんだろう?


「お兄ちゃん、おみくじどうだった?」


「大吉。恋愛運上昇だって」


「いいなぁ。私は小吉だった。今が頑張りどきですだって」


「私は中吉。仕事運上昇だったわ。嬉しいけど、もっと働けって言われてるみたい」


 その後は幾つか屋台を回って、買い物をしてから家に帰った。



 ◇


 それは、失ったはずの過去の夢?


 家族で動物園に行った時、買ってもらった二色のソフトクリーム。大事なクリームの部分が、もげるように地面に落ちてしまい、大泣きしてる。


 俺って、こんな小さい時から食いしん坊だったんだ。


 小学校の授業参観には、いつも忙しい母さんが見にきてくれた。お前の母親、若くて美人だなって言われて、照れ臭いけど嬉しかった記憶。


 中学の学生服を着ている。そうそう詰襟だったんだよ。この時期はすぐに成長するから、大きめに作りましょうって言われたのに、成長期が来るのが遅くて、しばらくガバガバのままだった。


 時計の針が巻かれるように早回しで時が進む。


 過去を辿るこの夢は、いったい俺に何を見せようとしてるんだろう?


 制服が変わった。高校に入ったのか。B級グルメ同好会に入って、同じ趣味の友達ができた。一緒に食べ歩いたり、学校で情報交換したり。そんなたわいない毎日が楽しかった。


 知らない駅だ。映し出される光景が変わり、どこか知らない町が映ってる。


 店?


 あれ? 結衣だ。黄色いワンピースを着ている。なんであんな格好をしてるんだ?


 結衣がいる店の中には、大きなガラスのショーケースが置かれていた。ショーケースの中は……プリン。ガラス瓶に入った小さなプリンがたくさん並んでいる。全部プリンだ。


 あれ? もしかしてここって? 俺が前世で通っていたっていうプリン専門店? そして、なぜか結衣がその店員。


 ……ああでも、これ夢だっけ。


 いろんな記憶の断片が混ざってるいのかも。黄色い制服の結衣が何か叫んでる。


 なに? 誰に向かって叫んでるんだろう?


 そこで目が覚めた。なんか……変な初夢だったな。

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