第25話 ぷわんぷわん
忙しかった二学期が終わり、冬休みに入った。
いつもは忙しい母さんも、この年末年始は長期休暇を取って家にいる。
「年末年始は食材は惜しまないわ。美味しいものを沢山食べましょう!」
なんか妙に気合いが入っていて、そう宣言された。日頃の仕事が忙しいから、美味しいものを食べてリフレッシュしたいのかも。
楽しみだな。その言葉通り、蟹、イクラに雲丹、ふぐ刺し・ちり鍋セットなんかは、既に通販で手配済みなんだって。みかんも箱で届くそうだ。
すき焼き・しゃぶしゃぶ・ローストビーフ用の肉は、年末にデパートに買い出しの予定。俺も荷物持ちとしてついて行こうかと思っている。
正月の準備の前には、A組のクラスメイト主催のクラス会もある。
鍋島さんのお母さんが、実は本を出版しているような料理研究家で、キッチンが凄く広くて、パーティルームもあるんだって。どうやらクラスの女子が腕を振るって、いろいろと料理を準備してくれるらしい。
そして今、俺はどこにいるかというと、ショッピングモールで結衣と買い物中だ。
クリスマス会に持っていく交換用のプレゼントと、日頃、働いて頑張ってくれている母さんへのプレゼントを買いに来ている。
何がいいかな? って考えても、自分じゃあ女性の欲しいものなんてよく分からないからね。結衣の意見を参考にすることにしたってわけ。
クリスマス会の方の予算は1500円以内。母さんの方は、結衣と合わせて一万円前後で探すつもり。
「お兄ちゃん、こんなのどう?」
結衣が見つけてくれたのは、お洒落なデザインのスケジュール帳のコーナー。時期的に特設売り場ができていて、かなりの種類が揃っている。
「スケジュール帳か。いいかもね。いろいろあるけど、どんな柄がいいのかな?」
「高校生だから、まだキャラ物もイケると思うけど、できればそれ以外の大人っぽい柄の方が人を選ばないかも。まず、お兄ちゃんのセンスで幾つか選んでみて」
そう言われたので、スケジュール帳コーナーを一巡りすることにした。大人っぽい柄? あまり飾りがないってことかな。でもシステム手帳じゃダメなんだよね。うーん。難しい。
とりあえず、これかな? っていうのを三冊選んだ。
ひとつ目のは、チョコレート色の地に、ピンクと白のストライプのリボン模様を十字に描いたもの。洒落たチョコレートケーキみたいなイメージ。
次のは、パステルグリーンの地に、カラフルな小鳥が赤い実を啄んでいる挿絵が入ったもの。これはポップなミントアイスみたいな感じだ。
最後のは、水色の地に銀の細かい星が箔押しされているもの。これはなんだろう? 少なくとも、食べ物のイメージじゃないかも。
「結衣、選んだからちょっと見てくれるか?」
同じく一周して戻ってきた結衣に声をかけた。
「お兄ちゃん、選ぶの早いね。私まだ迷ってるんだけど」
そう言いながらも、俺の差し出した手帳を見てくれた。
「どれもいいんじゃない? あとは色とか自分の好みで選べばいいと思うよ」
好みの色か。
チョコレート色が美味しそうだけど、そういうことじゃないよね。うーん。結局迷った末に、自分の名前にちなんだ星模様のスケジュール帳を買うことに決めた。
「スケジュール帳が1200円だから、ちょっと金額が足りないんだけど、どうすればいい?」
「予算は1500円だっけ? 差額が300円か。それだとペンは無理だから、シールをつけるといいと思うよ。シールコーナーはすぐそこだから」
隣のシールコーナーで、同じく星模様のキラキラシールを買って、スケジュール帳と一緒にプレゼント用に包んでもらった。
「お兄ちゃん、お待たせ。じゃあ、次はお母さんへのプレゼントだね。心当たりがあるからついてきて」
どうやら結衣は、それも既にリサーチ済みらしい。しっかりした妹がいると助かるね。
結衣に引っ張られてきたのは、ガラス製のショーケースが並んだジュエリーショップ。
「これとかどうかな?」
そう言って見せられたのは、カットクリスタルを埋め込んだリース型のブローチだった。石の色はクリアーで、台の色はシルバーゴールド。華やかながらも実用的なデザインで、母さんに似合うと思った。
「いいんじゃない? 凄く綺麗だし、これなら実際に使ってもらえそう」
「本当? あっちにも似たようなので、ちょっとデザインが違うのがあるから、どっちがいいか教えて」
もうひとつを見に行くと、そちらは台がゴールドで、石もやや大ぶりで目立つ感じだった。
「これも綺麗だけど、母さんはスーツを着ることが多いから、さっき見た方が服に合わせやすい気がする」
「実は私もそう思ってた。じゃあ、これで決まりでいい?」
値段もちょうど予算内に収まり、クリスマス用のラッピングをしてもらう。
「結衣のおかげで、どっちも早く決まったな。ありがとう」
「えへっ。どういたしまして」
「まだ時間が早いから、どこか寄り道でもしていく?」
「うん。実は行きたいお店があるんだ」
「何のお店?」
「着くまで内緒。食べ物屋さんとだけ教えておくね」
食べ物屋さん? なんだろう? でも小腹が減ってるから、何か食べるのならちょうどいいかも。
ショッピングモール内を結衣にくっついて移動する。そして着いたのが。
「焦がしプリンクレープ!?」
「そう。お兄ちゃん、プリン好きでしょ。一度ここに連れて来なきゃって思ってたんだ」
なんて兄思いの妹なんだ。焦がしプリンクレープ……そんな素敵な食べ物があったなんて。
黒い粒々のバニラビーンズを贅沢に使ったカスタードプリン。それを、同じく濃厚なカスタードクリームと一緒に、ややもっちり感のあるしっかりしたクレープ生地でクルクルと巻く。そして露出したプリンの天辺に、砂糖をかけてキャラメリゼ。
バーナーの炎で溶けた砂糖が、茶色い焦げ色に変わり、パリンパリンのカラメルとなってプリンをコーティングする。
では実食。パリンに続くぷわんぷわんがプニュンプニュンでもっちもち。
何を言ってるか分からないって? とにかく美味いって意味。何これ。俺のためにある食べ物じゃん! ダブルカスタード&キャラメリゼだって。
「お兄ちゃん、気に入ったみたいね。凄く美味しそうな顔してる」
「はふ。マジ美味いこれ。結衣、ありがとう」
そうやって、店の外の飲食スペースでモグモグしていると、なんだか人が沢山増えてきた。人だかりと言ってもいいくらい。
「見て。イケメンがクレープ食べてる」
「しかも、めちゃ美味しそう。顔が蕩けてる」
「私も一緒に蕩けたい」
「男性でもクレープ好きな人がいるんだ」
「きっと凄く美味しいんだよ。私も食べたくなっちゃった」
男だって甘党はいまーす。ここに。いや、上杉も北条もそうだ。……あの二人なら、絶対にこれ好きそうだな。後で教えてあげようっと。
大きく写真入りで掲げられた店のメニュー看板を見ると、苺と生クリームが層状にクルクル巻かれたクレープや、チョコムースを中に仕込んで生クリームでトッピングしたクレープなど、美味しそうなメニューが他にも沢山ある。
リピート確実だな、これは。ここのメニューを全部制覇したい。
……ああ美味かった。
店の前には、いつの間にかクレープを買い求める行列ができていた。分かる。俺も夕飯前でなければ、もう一個いきたいところだから。
「お兄ちゃん、そろそろ帰ろっか?」
「まだ時間はあるけどいいの?」
「うん。プレゼントも買ったしクレープも食べたから、もうここはいいかな」
「分かった。今日は母さんもいつもより早く帰ってくるって言ってたし、暗くなる前に帰ろう」
結衣と二人で選んだクリスマスプレゼント。母さん喜んでくれるかな? クラスメイトとのクリスマス会が23日、家族で囲むクリスマスが25日。
家に帰れば、オーナメントで賑やかに彩られた小さなクリスマスツリーが出窓を飾っている。
いいな、こういうのって。
なんだかホワンと胸が温かくなって、俺はやけに楽しげな結衣と共に家路に就いた。
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