第19話 家族でドライブ
普段忙しい母さんが夏休みで一週間、家にいることになった。
「せっかくの夏休みだし、どこかに出かけようか?」
朝食のときにいきなり、母さんがそう言いだした。
「どこに?」
今日の今日じゃ、さすがに泊まりの旅行は無理だし、この年で家族で遊園地っていうのもないな。
「久しぶりにドライブとか?」
「ドライブか。いいかもね。お兄ちゃんはどう?」
「俺はいいけど、誰が運転するの?」
当然、俺と結衣は免許を持っていない。
「それはもちろん、私よ」
そうなんだろうな。とは薄々思っていたけど、運転するのは母さん。でも。
「ここ最近、車を運転しているのを見たことがないんだけど」
日曜ドライバー? それはちょっと不安。
「大丈夫、大丈夫。近場だし、安全運転で行くから」
◇
ということで、もう出発。
目的地は
高速道路から一般道に降りてしばらくすると、頭上に吊り下げ式のモノレールが走っている道に出た。
「今時珍しいね。こういうタイプのモノレールって」
モノレールの下を順調に車が進んでいく。懸念していた運転技術は、どうやら大丈夫のようだ。
「着いたわよ」
最初の目的地は、知る人ぞ知るチーズケーキのお店だ。
小さいけど、一見すると美術館のような落ち着いた佇まいのその店は、傾斜地に建っていてた。地上はテイクアウト用の販売スペースで、半地下の地階がカフェスペースになっているんだって。
カフェスペースの窓は、大きなガラス張りになっていて、いかにも夏らしい濃い緑が溢れる景色を見ながら、ゆっくりとお茶をすることができる。
三人で、かなりお高めのケーキセットを頼む。自分では払うのを躊躇うような金額だけど、今日は頼もしい母親と一緒。遠慮なくご馳走になるつもり。
出てきたのは、ベイクドタイプのチーズケーキだった。丈の高いケーキで、上から順にサワークリーム、クリームチーズ、ビスケットと、三層構造になっている。
トウッ! まずは先っぽに縦にチョップを入れて、口に運ぶ。上から下までの総合力は、どんなものかな?
うまっ! なにこれ!
「こんなの初めて食べた」
「凄く美味しいでしょ?」
真ん中のクリームチーズの部分が、物凄く濃厚なんだ。なのに舌触りは驚くほどなめらか。
「すっごく美味しい。どうやってこの店を見つけたの?」
「会社でね、仕事上のお付き合いのある方が、以前、このチーズケーキをホールで持ってきて下さったことがあるの」
上層のサワークリームが爽やかなアクセントに。そして土台のビスケットは、香ばしさを提供しながら、ホロホロしっとり。
「これ、ホールで買うといくらくらいするの?」
「通常のデコレーションケーキの4-5倍くらい?」
うわぁ。つまり5桁以上するわけか。
「美味しいわけだね」
高いけど、食べて納得。味も香りも凄く濃いのに、後味は軽い。パクパクいけちゃうな、これ。
「素材からして違うから、自分じゃ作れないの」
そうだ……ゆっくり味合わなきゃ。……モグモグ。
「結星、口元にクリームついてる」
む?
「本当だ。取ってあげるね」
結衣が横から手を伸ばして、紙ナプキンで拭き拭きしてくれた。ちょっと恥ずい。
「結星は美味しいものを食べると、急に無言になるわよね」
「お兄ちゃん、分かりやすい」
*
お店を出た後は、再びドライブに戻る。もうかなり海が近い。
歌で有名な八里ガ浜、稲町ヶ崎を通り過ぎて、阿ノ島に到着。海岸はさすがに芋洗い状態になっていたけど、島の中はそれよりはマシで、そこそこな混雑といったところ。
冷房がきいたレストランの二階席で、目の前に広がる太平洋を眺めながら、イカ焼きを食す。なんか、いい気分。この香ばしい醤油の味がたまらない。焼き蛤にサザエのつぼ焼き。そして蟹の味噌汁。
海の幸がてんこ盛りだ。わーい。
「お兄ちゃん、いくらなんでも食べ過ぎじゃあ」
「美味しいのは分かるけど、食べ過ぎると夕飯が入らなくなるわよ」
夕飯?
「夕飯って何?」
「メインは肉よ。それも極上の」
極上の肉か……それはしっかり食べたいな。でも、海の幸の焼き物も食べたい。
うーん。
「お兄ちゃんが真剣に悩んでる」
「結星は食いしん坊だから。まあ、まだ時間はあるから、ほどほどなら……大丈夫かな?」
ほどほど。どこまでならいけるかな? 胃袋と相談して食うか。
その後、島内観光と近くにある水族館に行って、いよいよ夕食の時刻が近づいてきた。
場所は、またもや室町山。
閑静な住宅街にある、避暑地の別荘みたいな佇まい。大きな門をくぐり、玄関までの道のりを歩いて行くと、お屋敷というのが似つかわしい立派な建物が見えてきた。
案内された室内は、中庭の芝生を眺めながら食事できる、古風なリビング風の広間で、艶のある四角い大きな木のテーブルが、ゆったりと配置されている。
予約の際にコース料理を頼んであって、まず新鮮なお刺身がのった魚介を中心としたオードブルが出てきた。お刺身うまっ!
そして次に出てきたのは贅沢に伊勢海老を使ったブイヤベースだ。
黒い小ぶりな鉄鍋にドンと伊勢海老が入っていて、中には濃厚なアメリケーヌソースが満ち満ちている。このソースがやたら美味しいんだ。海老の凝縮した旨味っていうのかな。残すなんてもったいない。パンで
そしてメインのローストビーフがやってきた。
テーブル脇に肉の大きな塊が運ばれてきて、目の前でシェフがカットしてくれる。
焼き加減はレアだ。しっとりと肉汁が滴るピンク色。さしの入った大きな断面のローストビーフが、これまた大きなお皿にそっと広げられていく。
ソースは、グレービーソースかポン酢。俺はグレービーソースにした。ホースラディッシュ添え。
ひと口サイズに切って口へ運べば、極上の和牛の脂が血管内にまで染み渡る。うはっ、脳まで蕩けそうだ。旨い。ただもうそれだけ。
「お兄ちゃん、ポン酢も味見してみる?」
「いいの?」
「うん。結衣、ちょっとお腹いっぱいになってきちゃった」
「私のもちょっとお裾分け」
わーい。肉だ肉だ。肉三昧。
料理を堪能した後は、デザートワゴンが登場。何種類ものカラフルなケーキが載っている。
いくつか選んでいいと言われたので、もうお腹いっぱいとか言っていた女性二人も、小さく切り分けてもらって三種類ずつケーキを食べていた。
俺はショートケーキを一つ小さく切ってもらった。
うん。満足。
食後のコーヒーまで美味しい。
ここで満腹です。
「今日は贅沢に美味しい一日だった。ご馳走様でした!」
「お母さん、ありがとう!」
こうして、家族揃っての美味しい一日が終わった。
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