第11話 スロー再生しますか?

 今日は体育の授業がある。


「武田、行こうぜ!」


 教室で着替えるのかなって思っていたら、ちゃんとあるんだって、男子更衣室が。


 男子更衣室なんて、汗ムンムンで臭そうなイメージしかなかったけど、実際に行ってみたら全然違くて、綺麗なロッカーが並ぶ快適なスペースだった。


 トイレに洗面所にシャワー室も完備。ちょっと休憩できるようなテーブルに椅子。飲料サーバーまで設置されている。


「これ自由に飲んでいいの?」


「無料。好きなだけ飲んでいい」


 私立凄いって思っていたら、どうやら男子更衣室限定の仕様らしい。体調がよくない場合は、ここで休憩していても出席扱いになるそうだ。


 着替え終わった。


 この学校、ジャージまで洒落てる。ベースは紺色で、青と白のラインが飾りとして入っている。インナーは白地と紺地の2種類あって、普段は好きな方を着ていいらしい。胸元はV字カット。共に青と白の2色のラインが入った紺襟がついている。下はジャージと同じデザインのハーフパンツ。


 体育館シューズは白地に青と紺のライン。屋外用のシューズは紺地に白と青のラインだ。部屋のクローゼットにいつの間にかあったけど、サイズはなぜかぴったり。このフィット感に逆に違和感を覚えるくらい。


 以前の俺はたぶんインドア派。


 今の俺も気分的にはインドア派だけど、この身体、やけに贅肉がなくてしっかりしている。力こぶとか出ちゃうし、なんと腹筋も割れている。鍛えてないのに。


 ムッキムキってわけじゃないけど、ちょっと脱いで見せても様になるくらいには筋肉質だ。そのせいか、身長は以前とほぼ変わってない気がするのに、身体を動かしていると、妙な感覚のズレがある。想定以上に動けそうな感じっていうの?


 この感覚が馴染むのに、どれくらい時間がかかるんだろう?


 *


 体育の授業は男女別で、今日は女子は第1体育館でバレーボール。男子は第2体育館でマット運動だって。


「武田、身体すっごい柔らかいじゃん」


 授業が始まって、まずは柔軟運動。前屈すると手が床にべちょってついた。筋肉や腱が気持ちよく伸びる。我ながら凄い。信じられないくらい柔らかい。伸ばすと血行が良くなった感じがして気持ちいい。これならヨガとかできるかも。


「うん。そうみたい」


「なに他人事みたいに。見た感じ、運動得意そうに見えるけど、本当に何もやってないの?」


「本当にやってない。ルールとかもよく分かってない」


「なんかもったいないね」


「そういう斎藤も、スポーツが得意そうに見えるよ」


「俺? 苦手ってわけじゃないけど、進んでやる感じでもないかな。男子スポーツは競技人口が少ないから、盛り上がらないっていうのもある」


「確かに。チームスポーツは厳しいよな、この人数じゃ」


「全員集めても1学年15人しかいないしね。それに全員が運動が好きとは限らないし」


「どっちかっていうと、インドア派が多いよ。男子は小さい頃から、外は危ないって室内で遊ぶことが多いから」


 なるほど。痴漢の代わりに痴女がいる世界なんだもんな。幼い男児は、あまり外へ出してもらえないのか。




「はい! 集合。今日は、マット運動をします。頭はね起き、倒立回転飛び。このふたつに挑戦してもらいます」


 頭はね起きは、通称ヘッドスプリング。


  両膝を曲げて前屈。両手を床につく。続いて前頭部を床につけて、頭で支持しながら両足を大きく跳ねげ、空中ブリッジの姿勢から着地して上体を起こす。要は、三点倒立の状態から勢いよく起きる感じ。


 先生が見本を見せてくれたけど、すごく簡単そうにクルって回っちゃう。


 その動きが速くて、クルッてところがよく分からない。スロー再生とかあればいいのに。


 《スロー再生しますか?》


 ……しなくていいです。


 日記帳……家に置いてきたのに。なんでこんなところまで。出張できるの?



 人数が少ないこともあり、教師が補助について、一人ずつ順番に教えてくれる。この環境は贅沢だね。


 俺の番がきた。


 えーっと、手をついて頭……両脚を跳ね上げ……着地、身体を起こす。


 ……先生の補助があったけど、一発で出来ちゃった。


「武田くん、やったことあるの? これなら、補助なしでもできるんじゃないかしら」


 じゃあ、補助なしで。


 手をついて頭……クルっとな。ストンと着地。


 できるじゃん、俺。


「合格。じゃあ武田くんは、しばらくあちらのマットで自主練してね」


 はーい。


 この身体、かなり身軽かも。クルッと回って起き上がる。またクルッと回って起き上がる。楽々できる。さすが腹筋が割れているだけのことはある。なんて、自分の身体に妙に感心してしまった。


「次は、前方倒立回転飛びです。先ほどと同じように最初は補助しますので、怖がらずに飛び込んできて下さい」



 もうひとつの前方倒立回転飛びは、通称ハンドスプリング。


  両手を挙上して助走、片足を踏み切り床に向かって前倒し、両手を床につくと同時に残った足を素早く真上に振り上げる。踏み切り足も床から離し、真上に跳びながら前転。両脚を揃え、空中ブリッジの姿勢から着地して起き上がる。


 なんか難しそう。これ、勢いと腹筋・背筋がないと起き上がれないよね。


「じゃあ、最初は武田くんからいってみようか」


 トップバッターは俺らしい。


 どうやら、起き上がるところを補助してくれるみたいだ。


 手を上に。走って踏み切り両手をついて、脚を振り上げクルッとな。


 おー。できた。


「うん。補助は必要ないね。とても綺麗にできているから、合格。またあっちで自主練しててくれる?」


 はーい。


 ハンドスプリングは、ちょっとアクロバティックでカッコいい。踏み切って高く跳ぶ。そして着地。こうも上手くできると楽しいな。


 そうして、体育の時間はあっという間に終わった。


 ちなみに他の男子は、結城は直ぐにコツを掴んで俺と一緒に自主練。上杉もしばらく補助を受けたらできるようになったので合流。


 北条はイメージ通り苦戦していて、意外だったのは、スポーツ万能そうな斎藤が、出来るようになるまでかなり時間がかかっていたことだ。


 あとで聞いたら、斎藤は球技は得意なんだけど、マット運動は苦手なんだって。それでも最終的には時間内にできていたわけだから、苦手ってほどでもないんだろうな。


 *


「武田は、バトフラで軽戦士とかどう? あれだけ身軽なら、適性はバッチリだと思うよ」


 って、結城に言われた。


 バトフラ……戦国絵巻華風伝バトルフラワーゲイルでは、他の5人はもう役割を決めているんだって。


 結城:盗賊・斥候系

 斎藤:僧侶・ヒーラー系

 北条:盾・防御系

 上杉:剣士・前衛系

 今川:魔術系


 これに俺が軽戦士かなんかの前衛職で加われば、かなりバランスの取れたパーティになりそう。


 VRゲームでは、リアルスキルはないよりはあった方がいい。特にこれがやりたいっていう職業もないので、結城のお勧めの軽戦士でいいかな。


 軽戦士は、名前から分かるようにAGI(Agility:敏捷さ)補正の強い戦士職だ。武器は剣か槍を使うことが多いみたい。


 ゲームが始まるのは、まだだいぶ先だけど、こうしてゲームについていろいろ話すのは、なんか楽しいな。

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