第6話 転入生
結衣たちとは中等部の前で別れた。笑顔でブンブン手を振る二人に後ろ髪を引かれながら、高等部へ一人で向かう。
……ちょっと緊張してきたかも。
転入生ってどんな感じかな? クラスメイトと上手くいくか心配。もしハブられたりしたらいやだな。
そんなことを考えながら、昇降口に向かう生徒の群れから離れ、昨日話した担任の指示通り、正面玄関から入ってすぐの職員室を訪ねた。
「失礼します」
声をかけながら入室すると、教師たちが一斉にこちらを振り返る。やだな。ますます緊張しちゃうじゃん。
「えーっと、君は?」
「転入生の武田です。担任の佐藤先生に、こちらに来るように言われていて……」
「ああ、あなたが」
はい、俺が。……って、初日にサボっちゃったから、職員室で有名になっちゃったんだろうか?
「佐藤先生は、今ちょっと席を外してるけど、すぐに戻ってくると思うわ。このままここで待っていてくれる? でもよかった。今日は来てくれて。体調はどう? 昨日、初日でお休みしたから、みんなで心配してたのよ」
それは、スミマセンでした。これじゃあ、今更ズル休みでしたなんて言えない。
「体調はもう大丈夫です。ご心配をおかけしてすみませんでした」
「気にしないで。元気に来てくれたら、それでいいのよ。あっ! 佐藤先生だわ」
奥のドアから出て来たショートカットの女性が佐藤先生らしい。
「武田くん。私が電話でお話した担任の佐藤です。よかった。顔色は良さそうね」
「はい。今日はすっかり元気になりました。昨日はお電話をありがとうございました」
「無理はしなくていいから、もし具合が悪くなりそうだったらすぐに教えてね。昨日もお知らせしたけど、うちのクラスは、あなた以外に男子生徒が四人もいるから安心して」
「はい」
「HRでクラスに紹介するので、悪いけどもうちょっと待っててもらえるかしら? そこの椅子に座っていてくれる?」
昨日も思ったけど、ハキハキした先生だな。よさげな感じ。でも、他にも男子がいるから安心してだって。俺って、女性恐怖症の疑いでもかけられているのかな?
「おっ! 君が転入生か」
声がした方を向くと、そこに落ち着いた雰囲気の男性が一人いた。おおっ! 男性教師もいるのか。
「私は二年生の学年担任の水島だ。授業では国語を教えている。待ってたよ。来てくれてよかった。学校は君を大いに歓迎する。何か困ったことがあれば相談に乗るから、ちょっとしたことでも遠慮なく来て欲しい」
水島先生からは、いかにもベテラン教師といった風の、毅然とした、それでいて相手に安心感を与えるような印象を受けた。
「武田結星です。よろしくお願いします」
「武田くん、しばらくは周りが騒がしくなるかもしれないが、我々も君の負担が増えないように気をつけるので、なるべく学校に来てくれると嬉しい」
「騒がしく……ですか?」
「ああ。うちの生徒は、割とおとなしい方なんだが、やはり男子生徒は数が少ないからね。君と話したがる子は多いだろう」
そういう意味か。
「どちらかというと、時期外れの転入生なので、相手にされるかどうかを心配していますけど」
「それはない。君の場合、黙っていても周りに人が寄ってくると思うよ」
◇
HRが始まる時刻が近くなり、佐藤先生と一緒に教室へ向かった。
ペタペタ。パタパタ。
受付で借りたスリッパの音が、案外廊下で大きく響く。
「じゃあ、一緒に入って来てね」
二年A組。ここが俺のクラスらしい。
先生に続いて教室に入る。ドアを閉めて振り返ると、ほとんどの生徒が既に着席しているのが見えた。
うわっ! みんなが一斉にこっちを見たよ。
それも女子、女子、女子。パッと目にした範囲は全員女子。これは心拍数が上がりそうだ。
「起立! 礼」
「おはようございます」
「おはようございます。HRの前に、今日からクラスの一員になる武田くんを紹介します」
先生に視線で促されて、自己紹介をする。
「武田結星です。これからよろしくお願いします」
「じゃあ、武田くんの席は、窓際の一番後ろ。あそこの空いている席だから、早速着席してくれる?」
緊張して名前しか言えなかった。
テレビドラマだと、こういうときは、黒板に自分の名前を書いて自己紹介してたりするけど、そんなの到底無理。先生がテンポよく進行してくれたから助かったよ。
一番後ろの窓際か。
整然と並べられた机の間の通路を通って、クラスメイトたちの視線を浴びながら、一番後ろの空いている席に向かう。
「ヤバーい」
「マジか」
「センターきたーーーっ!」
「えっ? えっ? えーーっ!」
「イケメンーー超イケメン」
「やった! 大当たり」
……なんか、急にザワザワし始めた。
やっぱり男が少ないし、転入生ってこともあって注目はされるんだな。それにしても、本当に見渡す限り女子ばかりだ。なんか不思議な感じ。
このクラスには、あと四人男子がいるはずだけど……いた。なんだ。男子はみんな、後ろの席に固まっているのか。
……というわけで、右隣の席は男子だった。左は窓。
「よう。俺は斎藤。これからよろしくな」
人懐こい顔でニコッと笑う、この爽やかなイケメンが斎藤。よし! 覚えたぞ。
◇
休み時間になって、残りの男子の名前も分かった。
男子の席は、最後列に横一列に並んでいて、窓際から順に、
武田 結星←窓際
斎藤 守
上杉 賢人
北条 隆之
結城 廉
ふーん。
こうやって名前を並べると、なんか見たことがある苗字ばかり。なんでだろうね。何か理由がありそうだけど、考えてもきっとすぐには答えが出ない。なんたってここは、俺にとっては不思議が溢れた世界で、今は覚えやすくて助かるくらいに思っておこう。
女子のクラスメイトも、入れ替わり立ち替わり挨拶に来てくれた。でも20人もいると、正直誰が誰だか見分けがつかなかった。人の顔や名前を覚えるのが得意じゃないのかも。
でも、みんなフレンドリーな感じで接してくれる人ばかりで、凄くホッとした。良い雰囲気のクラスでよかった。
このクラスは、全部で25人。縦横5×5に机が並べてある。ひとクラス25人って、ちょっと少ない気がする。
ああでも。この世界は人口が相当に減っちゃっているから、これでも標準かそれより多いくらいなのかもしれない。気になるのは、人口の男女比率が1:8なのに、このクラスの男女比率は1:4。明らかに男子の割合が多いこと。
俺くらいの世代の男女比率が回復してきてる? だったら、この世界の未来は明るい方向へ向かっている。
……と、この時はそう思った。でも実は全く違ったんだ。
◇
「佐藤先生、転入生の様子はどうだった? クラスに馴染めそう?」
「はい。彼の様子を注意して見ていましたが、少し緊張していたようですけど、周囲とのコミュニケーションはスムーズだったと思います」
職員室に隣接する小会議室では、2年生のクラス担任たちと学年主任が顔を突き合わせて、臨時学年ミーティングを行っていた。
「それはよかったわ。このまま馴染んでくれるといいわね。これで浮つき気味だった女子生徒たちも、落ち着いてくれるのではないかしら」
「いやいや。違う意味で浮つきそうだ。驚いたよ。転入生君、背が高くてスラッとして、もの凄くカッコいい子じゃないか」
「確かに。とても華がある子だったから、A組にぴったりでしたね。あれなら、このまま男子生徒の配置を調整しなくてもよさそうじゃないですか?」
「偶然とはいえ、本当に助かるよ。男子生徒の配置換えは、女子生徒の騒ぎの元になるし、頭の痛い問題だから」
つい先日まで、男子生徒のクラス配置について頭を悩ませていた面々は、問題が解決しそうな現在の状況に、一様にホッと胸を撫で下ろしていた。
「彼は、保護者の仕事の都合で時期外れの転入ということでしたよね?」
「はい、そうです。中学三年生の妹が一人いますが、中等部に同時に転入になっています」
「ふむ。妹がいるなら、すぐに辞めてしまうようなことはないか。保護者の仕事の都合次第だが」
「そうですね。このまま卒業まで通って欲しいです」
「男子生徒の確保は厳しいからな。協定ができて、引き抜きが難しくなってからは特に」
「金銭で勧誘するのは不謹慎かもしれませんが、私立校ですから、もう少し融通がきくといいのに、とは思います」
「なににせよ、よかった。転入生万々歳だ。これで学年運営もしやすくなるだろう」
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