第5話 電車のホームで目立つ俺
「結衣、学校ってどこにあるの?」
「お兄ちゃんたら。学校案内を読んだでしょう? あれにアクセスが……もう、そんな情けない顔をしないの。えっと、どうしようか。迷子になったら困るし。なら、明日は私と一緒に行く?」
「うん。お願い」
なにしろこの世界に来てから、まだたった一日しか経っていない。つまり完璧にお上りさん状態なわけだ。
地理に今ひとつ自信がないのもある。でもそれ以上に、いきなり一人で家の外に出るのが怖かった。俺が通う高校は、結衣の中学の隣の敷地にあると聞いたので、今朝は結衣にくっついて行って街の様子を見てみるつもり。
結衣が昨日より早く起こしてくれたから、余裕でシャワーを浴びて朝食を済ませる。
制服に着替えて家を出た。
この制服が、品が良くてかなりお洒落。ストーンベージュカラーのブレザーに、チェック柄の青みがかったグレーのズボン。ネクタイの色は、中学生は赤で高校生は青。
既に衣替えは終わっているから上着はなしで、半袖シャツの上に淡いグレーのベストを着ている。それでも、真新しい制服に袖を通すのって、気恥ずかしい気がする反面、いい気分でもあった。
「忘れ物はない?」
「たぶん?」
持ち物は、電子版教科書が入ったタブレットと、ノート&筆記用具。スマホと財布。それと交通系ICカード。
この全部が部屋に揃っていた。っていうか、いつの間にか増えていた。必要になると増えていくお取り寄せシステムは、便利だけど謎。
あとはポケットにハンカチをスタンバイ。これもいったい誰が掛けてくれるのか、アイロンがピシッと効いて角が出ている。
昨日から続く不思議現象の連続で、もういちいち気にしてなんかいられなくなってきたな。
こんな感じで大丈夫だよね? では、出発です。
◇
家から駅までは徒歩十分くらい。通勤用に開発された新興住宅街なので、きっちりと区画分けされた整然とした街並みが広がっている。
道幅も広い。車道の両脇に、タイル張りのゆったりとした歩道が敷かれていて、歩道と車道との間には、綺麗に刈り込まれた植え込みと、青々とした街路樹が立ち並んでいる。
清々しい朝の風景。
通りがかりの公園で咲いていた、鮮やかな青紫色の紫陽花の花に、つい目が引き寄せられた。
「お兄ちゃん、道をちゃんと覚えてね。帰りは一人なんだよ」
うん、頑張る。
今の家は、うっかり勘違いしてしまうほど、以前住んでいた家と間取りや外観がよく似ている。でも、建っている区画は違う気がした。たぶん同じ街だと思うんだけど。
以前の家を探してみようかーーなんてことも考えてみたが、肝心なところで記憶がぼやけてしまってダメだった。以前の自分に関することは、まだらに記憶が残ったり消えたりしているみたいだ。
それに最寄り駅の名前が微妙に違っているから、他にも変わっているところがあるかもしれない。油断して迷わないようにしないと。
駅に着くと、目にした光景にさすがに違和感を覚えた。周りにいるのは女性ばかり。男性もいなくはないが、探さないと見つからないレベル。本当に男が少ないんだな。
「お兄ちゃん、車両はどうする? 男性専用車両に行く?」
男性専用車両! そんなのがあるのか。誰得? それとも、そんなに需要があるの?
「いや。結衣と同じ車両でいいよ。はぐれると困るし」
本当それ。
路線図を見ると、主要駅名は記憶と概ね同じだったから、はぐれても自力で辿りつけそうではある。でもやはり不安もあったから、ここはおとなしく引率してもらうことにする。
「この辺りは空いてるけど、学校の最寄り駅に近づくにつれて混んでくるから、気をつけてね」
「分かった」
何に気をつければいいのか分からないまま返事をする。男が気をつけてって言われる世界なんて、なんか不思議。
ホームで結衣と並んで電車を待っていると。
「やっぱり、お兄ちゃん目立つね」
「そうか? まあ、これだけ男が少ないと、どうしても人目を引いちゃうかもな」
「そういう意味だけじゃないんだけど……」
言われてみると、周囲の視線が俺に集中している気がする。それって、一般車両の列に並んでいるせい?
「電車が来るぞ」
電車の中は比較的空いていたが、さすがに座れるほどではなかった。車両に乗り込んだ途端に、やはり女性の視線が一斉に突き刺さる。
いやこれは。……めっちゃ見られてる。うわっ、ほぼ全員だ。これって、なんで男がここにいる的な? やばっ。次からは男性専用車両にした方がいいかもしれない。
人の出入りの激しい場所はちょっと避けたいってことで、結衣のオススメの車両連結部近くに移動した。ここなら他の乗客とあまり接触しないで済みそうだ。
俺が結衣に守られるように、奥の連結部側に位置取った。でも、俺と小柄な結衣が並ぶと、身長差がかなりある。
一般車両なので、電車の中は当然女性だらけ。常にチラチラ見られているのが、気にならないというわけではないけど、案外平気になってきた。四字熟語のスキルのひとつ【青雲秋月】が案外効いているのかもしれない。
暇なので、情報収集も兼ねて吊り広告を順次眺めてみる。
エステや飲料、旅行会社に英会話スクールと様々だったが、その中でも気になったのは、女性雑誌の見出し広告だった。
「男の視線はあなたに釘付け! 魅惑のメイクレッスン夏号」
「夏モテ女を目指せ! 異性をドキッと悩殺! チラ見せ脚見せファッション」
「今夜こそ決める! 大人気! 売れ筋勝負下着特集号」
「大戦略♡夏のデートはこれで決まり! 次に繋げる必殺テクニック集」
かなり積極的というか、女性側の攻めの姿勢を感じさせる言葉がずらっと並んでいる。……女性雑誌ってこんなだった? もっとこう、自分自身のために綺麗になる、新しい私を発見! みたいな感じじゃなかったかな?
「お兄ちゃん、何見てるの?」
「広告。あそこにある雑誌の」
「あれ、女性誌のだよ。あんなのが気になるの?」
「女の人って、普段何を考えてるのか知りたくて」
「ふぅん。お兄ちゃんも、女性が考えていることに興味があったりするんだ?」
「んー。っていうか、俺って女性心理に疎いから、変なことをやらかさないように、少し知識を仕入れておこうと思ったんだ」
以前の俺は、たぶんだけど女性にあまりご縁がなかったみたいだし。……言っていてちょっと悲しくなった。
「そっか。女性心理に疎いっていう自覚はあるんだ」
「うん。正直、全然分からない。どこまでならやってもOKで、どこからがダメだとか、見当もつかない」
生まれてからこの方、ずっと分からないまま。
「それ、認識が緩すぎ。どこまでなら安全で、どこからが危ない。そういう感覚でいないと、マズイと思うよ」
「えっ! そういうもの?」
危ない? 何が危ないの? 凄く気になる。
「うん、そういうもの。なんか心配になってきた。結衣があちこちついて行けたらいいのに」
「妹が保護者じゃ、さすがに変だろ。立場が逆じゃん」
結衣は頼りにしてるけど、年下の女の子に保護してもらうのはないな。
「逆? それって、結衣のことを護ってくれる気があるって意味?」
「そりゃそうだよ。家族なんだから」
この世界で初めてできた妹は、もうすっかり家族という認識になっていた。ずっと兄妹でいたような錯覚が生じている。これもシステムの影響なのかな?
「そうか。そうだよね。でもそう思ってもらえるのって嬉しい」
そんな会話をしている内に、気がつけば目的の駅に着いていた。
学生服姿の中高生が、車両からホームへドッと流れ出す。俺たちもその流れに乗って無事に降りることができた。この駅から学校までは、徒歩十分弱で着くらしい。
改札を出ると、待ち合わせなのか改札前にたむろっている女生徒たちが、一斉にこちらを見る。うわっ、なに? 俺を見てそんな驚いた顔をされると、どこか変なのか気になってしまう。
はっ! チャックか? 俺やっちゃった? …… いや、セーフだ。よかった大丈夫だった。あんまり見るから、思わず焦っちゃったよ。
「武田さん、おはよう」
俺より先に改札を出た結衣に、親しげな声がかかる。赤いネクタイを締めた女生徒だ。
「おはよう。えーっと。田原さん? だっけ」
「当たり。もう名前を覚えてくれたんだ」
「えへっ。だって昨日いっぱいお喋りしたもの」
クラスメイトかな? 結衣と同じくらい小柄な少女で、ニコニコしながら結衣に話しかけている。
「結衣。友達?」
「うん、そう。同じクラスの田原さん。昨日、学校のことをいろいろ教えてもらったんだ」
「そうか。それはよかったね」
「た、武田さん! こちらの方は、お知り合いなの?」
「兄です」
田原さんの言葉を受けて、結衣がチラッと俺を見上げながら紹介する。じゃあ俺も、ここで対外兄デビューといくか。兄らしいセリフのひとつでも言ってみようっと。
「初めまして。結衣の兄の結星です。結衣に親切にしてくれて、ありがとう」
結衣の友達になるかもしれないから、感じよく笑顔で。
「い、いえ。当然のことをしたまでで、お礼なんて……やだ、どうしよう」
あらら? 赤くなってモジモジしちゃった。いったいどうしたの?
「くっ、なんて激甘。朝っぱらから破壊力抜群の笑顔とか。ヤバイです激ヤバです」
ボソっとなんか聞こえたような? ……まあ、わざわざ聞き返すほどでもないか。それより、周囲の視線がどんどん俺たちに集まってきているから、そろそろ移動した方が良さそうだ。
「じゃあ、学校に行こうか。結衣、道案内をよろしく」
「はーい。田原さんも一緒に行こう」
「喜んで!」
妙にテンションの高い田原さんと、通学路の道順を丁寧に説明してくれる結衣と一緒に、三人仲良く学校に向かう。
よし! 滑り出しは順調だ
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