綺羅星と星屑

くまっこ

第1話

 きらきらと輝く星たちが、さらさらと降りそそぐ宵闇の日。

 年に一度、星神様ほしかみさまがこの地に降り立つと言い伝えられる尊い星の日に、ふたりは生を受けました。

 丘の上、この町で、いちばん星に近いお屋敷で生まれたその子は、綺羅星きらぼしと名付けられました。

 丘の下、この町で、いちばん星に遠いうまやで生まれたその子は、星屑ほしくずと名付けられました。

 星神様に祝福され生まれてきたふたりは、星のご加護をその身に受けて、すくすくとまっすぐに育ちました。

 綺羅星は、この町を統治する家の末娘として、麗しく、心豊かに。

 星屑は、この町を巡る馬遣いの跡取りとして、逞しく、朗らかに。


 霖雨りんうの季節が明け、空が眩しく光を弾くある日のこと。綺羅星はお屋敷から、初めての公務を仰せつかりました。それは隣町のお屋敷―領主様へ親書を届けるという、大切なお役目でした。

 お屋敷に生まれた者は、生涯その身を町に捧げることが定められています。綺羅星も幼少のみぎりより厳なる教育を受けていたので、心身健やかにお役目を授かる年齢に達したことは、たいへん喜ばしいことでした。

 彼女を知る誰もが聡明で清廉と謳い、その期待を一身に受ける綺羅星でしたが、これからお役目を果たしてゆくことにただ一つ、憂いの気持ちがありました。それは、綺羅星の瞳に、光を読む力が備わっていなかったことです。

 綺羅星は自らの目で物を見ることができなくとも、それは生まれついたときからのことで、お屋敷のなかでは不自由を感じることがありませんでした。

 けれど、公務で遠出をするときには馬に乗ることが風儀とされています。お屋敷の者は公務のため馬術を習得しなければならず、綺羅星も馬を操るすべを心得ていましたが、知らぬ道をひとりで進み行くことには、どうしても不安をいだかずにはいられませんでした。


 初めての出立しゅったつを数日後に控えたある夜、綺羅星は兄上様の部屋を訪ね、自らの憂心を吐露とろしました。

「このような心持ちの私を、町の者も星神様もお許しになるはずがございません。こんな未熟者が、大事なご公務を果たすことができましょうか」

 暗い顔で俯く妹を前にしたはずの兄上様はしかし、高らかに笑い声をあげました。

「兄も、初めて公務についたときには足が震えたぞ。長子の癖に不甲斐なしと、父によく怒鳴られたものよ」

「兄上様が? まさか、信じられません。こんなにご立派ですのに」

「立派か……ありがとう。兄妹で随一、努力家で優秀な妹に面と向かって言われると、こそばゆいな」

 年の離れた可愛い妹に躊躇なく褒め言葉を告げられた兄上様は破顔し、その柔らかい風にあてられ、綺羅星の張りつめた糸もほぐれるようでした。

「しかし綺羅星の不安ももっともなことだ。お前の馬術は誰よりも巧みゆえ、気付かずすまなかった。憂慮を除くよう、俺が取りはからおう。このことは、兄に任せてくれるな?」

 快活であたたかい兄上様の言葉を受けた綺羅星は、心のつかえが取れたのか、久しぶりにゆったりとベッドに沈むことができました。

 そしてその夜、綺羅星は夢を見ました。

 小さな石が空から落ちて、そのまま綺羅星の頭上で暖かい光となり、辺りを照らしている――そんな、今までに見たことのない不思議な夢でした。


 親書を携えた綺羅星が隣町へと出立するその日。騎乗した綺羅星の前に、一人の馬遣いが現れました。兄上様が約束通り、綺羅星のために呼び寄せてくれていたのです。

 馬遣いは自らを「星屑」と名乗り、馬に跨がったままうやうやしく挨拶の口上を述べました。

「――僕が、綺羅星様の行方を照らす星となりましょう」

 綺羅星はその馬遣いの顔を伺い見ることはできませんでしたが、纏う空気と声は清々しく、随分と若い者のようでした。

「星屑……あなたも星を名に抱く者なのですね。私のことは綺羅星と呼んでください。旅を共にする者同士、遠慮はいりません」


 このようにして、同じ星のもとに祝福を受けた、身分の違うふたりは出会いました。それは、ふたりが生まれた日から、星のめぐりを十六つほど数えたころのことでありました。

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