第22話 エピローグ

 それから十日後の日曜日。

 我々漫画研究会は――

「おー。悟空の等身大POPだー」

「テニスの王子様もあるー」

「ウソだろ!? 男坂もあるじゃねえか!」

 東京は九段下にある集英社のビルを訪れていた。

「……おっと。そんなことより! 行くぞ! 今こそ! 我々の人生最大の勝負の時!」

「おう!」

 我々は初めての『持ち込み』を敢行。

 漫画家としての一歩を踏み出す。――はずだったのだが。


「絵がヘタクソだねえ」

「うごおおおお!」

 トップバッター。撃沈。

「絵はうまいけど。読む気もしないねえ」

「ひいいいいいい!」

 セカンドバッターもばっさり。

「持ち込むところが違うよ? 社内便で送ってあげようか?」

「とほほほほほ……」

 三人とも箸にも棒にもかからず。

 二十分かそこらで持ち込みは終了。トボトボと廊下を歩いた。

「結局。見せ合いで言ってたことを言われただけだったねぇ」

「まあ……そう簡単には直らんわなあ。欠点ってヤツは」

 純と涼は深い溜息をついた。

「バカたれ! そんなにへこんでどうする! この悔しさをバネに次はもっと高く跳べばいいんだ! ジャンプだけに!」

 俺はなかなかうまいことを言った。

「それに! 持ち込みに来る度胸と自信がついただけでも! ジャンプといわずともホップステップぐらいの跳躍はできただろ!」

 すると純と涼は、

「そう……だね……!」

「うん! 前向きに行こう!」

 笑顔でそう答えた。

「よし! そうと決まれば! いますぐに部室へ直行! プロットから練り直すぞ!」

 俺がそんな熱血なことを言っているにも関わらず。

「あっそうだー。ねえねえ。この前で写真撮ろうよー」

 マイペースな涼ちゃんは入口に並べられた等身大POPを指さした。

「みやすのんきめ……。わかったよ。撮ってやるよ」

「えー? せっかくだから三人で撮りたい」

「三人でかー? そうなると……」

 俺たちは打ち合わせルームに戻った。

 そして。


「じゃあお願いしまーす」

「さ、最近の若いヤツはよお」

 俺たちの原稿を見てくれた編集さんは、呆れながらもシャッターを押してくれた。

「「「ありがとうございまーす!」」」

「明るいかよ!」

 編集さんはスマホを放り投げるようにして返却する。

「おまえら……漫画はくそだけど度胸と憎めなさだけは半端じゃねえな……。よし! 気にいった」

 編集さんはそういうとポケットから名刺ケースを取り出した。

「また描いたら持ってこい。見てやるからよ」

 名刺にはこう書かれていた。


『集英社 丸藤文蔵』


「うーん。すごい偶然だな」

 九段下の駅に向かって歩きながらみんなで名刺を凝視する。

「丸藤なんてそうそうある苗字じゃないもんねえ」

「いや――待てよ」

 ハチさんが言っていたことを思い出す。

「確かじいちゃんのじいちゃんがジャンプの編集だって言ってなかったか!?」

「――言ってた! ということはあの人って!」

「えー? でも待ってよー」

 純が指を折りながら考える。

「ハチさんのおじいちゃんが二一九八年の時点で生きてたら百歳だったと仮定して、二〇九八年産まれ。あの編集さんが仮に三十歳だったとしても一九八八年産まれ。孫とおじいちゃんで一一〇歳も歳が離れてるってことある? しかもそんなに影響を受けるほどの時間を一緒に過ごしたっていうのも……」

 ううむ。あのジャンプ仙人の母親とそのまた母親が二人とも超高齢出産で、なおかつあの編集さんが一二〇歳ぐらいまで生きるとしたらありえない話ではないが……。

「やっぱりただの苗字被りかな」

「だね」

「まあなんにせよ――」

 俺は大きく伸びをしながら空を仰いだ。

「会いてえな。ハチさんに」

 あの爽やかでカッコよくて、なんかホッとする笑顔を思い出す。

「うん。ハチさん大好き。せめて電話ができればいいのになー」

「僕は。レンさんにも会いたいな」

 純が少しだけ頬を染めながらポツリと呟く。

「ほほーう」

「とっつかまってたときにね。すごく良くしてくれたんだ。一緒にジャンプ原作のゲームしながらケーキ食べたりしてね。楽しかったな」

「ほえーーー! なにそれ! 恋愛フラグじゃん!」

 涼は純の背中をぶっ叩く。

「いった!」

「あっゴメン……。テンション上がり過ぎちゃった」

「もー。涼ちゃんは人の心配よりも自分の心配をしないと」

「「あっ」」

 俺と涼は同時に目を伏せた。

「一ミリも進展してないんじゃない? 僕のアレはなんだったの?」

 ジト目でこちらを見る。

「えーとだな……。あっ! 信号が青に変わった! 渡らないと!」

「ホンマや! 渡れ渡れーーーーー!」

 俺たちはものすごい勢いで横断歩道に踏みだした。

 その瞬間。

「――えっ!?」

「わああああああああああ!!」

 青信号にも関わらず凄まじい勢いでトラックが横断歩道に突っ込んでくる。

 ――なにもない空間から現れたようにすら見えた。

「危ねえな! どこに目ぇつけてんだコラ!」

 なんとかそいつを躱してクレームを叫ぶと運転席の窓が開く。

「ここにだよ」

 サングラスをして帽子を被った女が自分の目を指さしながら俺を見下ろした。

「せめてグラサン取れやババア!」

 そういうとそいつは大人しくサングラスを取る。すると。

「――――――――!?!?!?」

「あなたは!!」

「ハチさん!!! 生きとったんかいワレ!」

 なんだかキモチ歳を取ったような気がしなくもないが、その精悍な顔つきと不敵な表情は間違いなくハチさんのものであった。

「再会はやーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 涼が叫ぶ。大変ごもっともだ。

 助手席からは全く見た目の変わらないレンさんが小さく手を振っていた。

「ああそっか。おまえらからしたらまだ一週間かなんかしか経ってねえのか。スマンスマン一年ぐらい置いたほうがよかったか?」

 ハチさんは全く悪びれることなく、ガハハハ! と笑いながらそのように述べた。

「まあ。一週間『前』に来られるよりはいいけどよ。それで? 遊びにきたの?」

「いやそれがさ」

 ハチさんは今週のジャンプの新連載について語るかのような軽い口調でこういった。

「もうあれから三年くらいヤツらと闘ってるんだけどさ。いよいよ佳境って感じなんだ。だから。おまえらの応援が欲しくてさ」

「えええーーーーーーーっ!?」

「またですかーーーーーーーー!!」

 あのジャンプブレインでの闘いという試練を乗り越えて、ようやくジャンプデビューに向けて大きな一歩を踏み出した矢先に!!

 俺たちがイヤそうな顔をしていると。

「だめ……なの……?」

 レンさんが目をうるうるさせながら言った。

 おんとし二十八歳とは思えない驚異的な可愛らしさである。

「行きます」純はそのように即答した。

「ジュンくん。ありがとう。すき。ちょっとかっこよくなった?」

「はは。一週間しか経ってないですよ。レンさんも相変わらず可愛い」

 なんかいちゃいちゃしてらっしゃる……。

「おまえらはどうする?」

 ハチさんがグラサンをかけ直しながら言った。

 ――俺は。

「わかったよ! 行けばいいんだろ!」

「二人が行くなら行くー」

「じゃあ乗りこめーーーー!」

 ――どうやら。俺のジャンプ作家になるための試練はまだまだ続くらしい。

 俺は今のキモチをこんな風に表現したい。


 オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな

 このはてしなく遠い

 ジャンプ坂をよ…


 未完


 いや――完。

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