第21話 帰還


 我々とジャンプコミックを乗せたトラックは辛うじて敵襲より早く大裁断所を後にした。

 道中、ボロボロ状態で撤退するはぐれジャンプ難民軍の姿を発見。

「おーいオタク軍団!」

「魔法遣いさん!」

 彼らはこちらに笑顔で手を振ってくれる。その中にはリーダーの錯乱ボーイの姿もあった。髪の毛が爆発して大変なことになっているがとにかく元気そうである。

「――さてと」

 運転席のハチさんが呟く。

「三人を元の時代に戻さないとな。レンさあ、時間の設定やってくんないか? わっかんなくてさ」

 後部座席の『現代人』三人は驚きを顔に浮かべた。

「も、もう帰っちゃっていいのか?」

「ああ。とりあえずじいちゃんのコミックは奪還したし。それに――」

 助手席に座る可愛い女の子の肩を叩いた。

「これからはこいつがいる。なあレン」

 レンは少々戸惑った顔をしながらもコクリと頷く。

「そっか。まあレンさんがいるんじゃあ俺たちなんかいらんわなあ」

「ククク。まあそういうことさ。――なあみんな」

 ハチさんの真剣な表情がバックミラー越しに見えた。

「すまなかったな。本当に。こんなことに巻きこんでさ。まさかここまでキケンな目に合わせちまうとは」

 それに対して俺は。全力の笑顔で親指を立てた。

「全然いいぜーーーー!」

 みな一斉にぶぶっと噴き出す。

「ハーハハハ! おまえ明るいなァ!」

「ああ。数少ない取り柄だ。それにさ」

 俺はちょっと間を置いてから自分の考えを話した。

「たぶん純と涼も同じだと思うんだけどさ。俺な。ちょっと折れかかってたんだ」

「なにが? アバラか?」

「意志。ジャンプ作家になろうっていう意志だよ。ハチさんも俺の漫画読んだから分かると思うんだけどさ。俺みたいなもんはもうデビューしててもおかしくない歳なのにてんでダメでさ。全然プロのレベルじゃないんだ。いくらやっても上手くならなくて、ああもう無理なのかなって」

「おまえでもそんな風に思うんだな」

「ああ。でもさ。ハチさんにここに連れて来てもらってさ。ジャンプブレインで闘って。思ったんだよ。俺、やっぱりジャンプが好きだなって。それをものすげー勢いで再確認できた」

 ハチさんはニヤりと笑った。

「おめーのジャンプ愛はホンモノだよ。ジャンプブレインがあんだけ躍動するサマを見れば誰の目にも明らかだ」

「だろう! だから! ぜってえに諦めねえ! あらためてそう決心することができた。もしハチさんに会わなければ、ぜってえ諦める! ってなってたかもしれねえ」

「大知……」

「だから。ありがとな。本当に」

 そういうとハチさんは照れくさそうに鼻息をついた。

「ばーか。私はなんにもしてねえさ。それはおまえの強さだよ」

「いーやそんなことはないね! アンタのおかげだし!」

「うるせえバカ! 人をたぶらかすなボケ!」

 謎の言い合いをする俺たちを見て、純と涼は汚ったないデュフフみたいな声で笑った。

「涼! 純! げらげら笑ってっけど! おめーらのキモチも聞かせろよ!」

 すると涼は胸にドンと拳を当てて答えた。

「私は! テニスの王子様みたいにかっこよくて、しかもいちご100%みたいに可愛い漫画を描くぞ!」

「おお! いいじゃねえか! 純は!?」

「僕は! ジャンプのど真ん中! 超王道バトルマンガを描くぞ!」

「素晴らしい! そしてこの俺は全ての人間の記憶に永遠に残るような伝説の短編レジェンド作品を描くぞ!」

「ええ……それは……どうなの?」

「大知。長期連載しようよ」

 そんなことを言って笑いよる。

「てめえらなにも分かっちゃいねえ! いいか! K.O.マサトメという漫画では――」

 そうこうしているウチに。

「ハチミ。じゅんびできた」

 どうやらタイムワープの用意が整ったらしい。

「では出ぱーーつ! レッツトランクス!」

「ええええーーー? アレ嫌なんだよなあ。キモチ悪くなるから」

「ねー。ゲロ吐いちゃうよねぇ」

「おっ。涼ちゃんもゲロイン(※37)になるの? さすがジャンプっ娘だねえ」

「最期までうるせえなあ! とにかく行くぞ!」

 ハチさんはアクセルを思い切り踏み込んだ。


 ――地獄のような乗り心地を経て、我々は自分たちの時代に帰ってきた。

 ドアを開くとそこは学校のグラウンド。空には月。現在時刻は夜中の二時だそうだ。

「じゃあ。またな」

 ハチさんとレンさんもトラックを降りて見送りの体勢。

「おう。そのうち会いに来てくれよな。こっちからは行けねえから」

 俺はハチさんとがっちり握手をかわした。

「涼ちゃんもまたな」

 そういって握手の手を差し伸べる。すると涼は。

「ねえハチさん」

「なんだ?」

「このままこの時代にいればいいのに」

「ええ!?」

「だってさ、むこうに戻ったらワンピースのルフィみたいにとんでもないおたずねものなんでしょ? ハチさんになにかあったら。私……」

「涼ちゃん」

「そうだよ! そうしなよ! この時代のジャンプは面白いよー!」

 そんな涼の頭をハチさんは愛おしげに撫でた。

「ありがとう。たしかにこの時代のジャンプはおもしれえ。でもな。やっぱり私にとって最高のジャンプは私の時代のジャンプなんだよ」

「ハチさん……」

「それによ。私が頑張らねえとさ。私たちのガキの世代にジャンプを読ませてやれねえだろ? それって寂しくね?」

 涼はそれを聞いて俯く。

「まあ私にゃあガキを作る予定なんぞいっさいねえけどな!」

 ひとしきり笑ったのち、涼のふっくらした体をそっと抱きしめた。

「そんなわけだから。一旦帰るさあ。純くんも元気でな」

「ええ」

 二人は笑顔で握手を交す。そこへ。

「ジュンくん……ジュンくん……」

 レンが純に向かってちょこちょこと異常に可愛らしい仕草で駆け寄る。

「ありがとう。ちょっとだけだったけどいっしょで楽しかった」

「僕もです。途中で裏切っちゃってごめんなさい。でも僕レンさん好きです。闘ってたときもずっと好きでした」

 レンは純の胸に顔を埋めた。


 ――そんな風にしばらくうだうだしていたが。


「そんじゃまったなーーーー!」

 ハチさんの明るい声と共にタイムマシンは出発。

 トラックはグラウンドを横断するように少しだけ走行すると、やがて次元の裂け目に飲み込まれるように消えていった。

 ――残された俺たちは。

 しばらくなにもない空間を呆然と見つめていた。

「い、一応確認しておきたいんだけどさ」

 口を開いたのは純。

「なんだ?」

「夢オチじゃあないよね?」

「たぶん……」

「そっかあ。ならよかった。……これからどうする?」

「帰って寝……る?」

 涼が首をかしげながら提案。だが。

「眠れそうもねえな……」

 俺の意見に二人とも大きく頷く。

「とりあえず。部室でも行くか?」


 部室には以前と全く変わらない光景が広がっていた。

 狭い畳の部屋に立派な本棚と大量のジャンプ。

 ちゃぶ台の上には自分たちの原稿が置きっぱなしになっている。

「ねえそういえばさ」

 涼が後ろ手でドアを閉めながら呟く。

「レンさんとの闘いの最後って。なんでああいうカンジになったんやろ?」

「ああいうカンジって?」

「ホラ。その原稿」

 とちゃぶ台を指さす。

「この原稿に出てくる必殺技で倒したじゃない?」

 涼はいちご100%の抱き枕に腰を降ろすと、それぞれの原稿の必殺技を繰り出すシーンを集めてちゃぶ台の真ん中に並べた。

「なーーんでアレがその……発動したのかなーと思って」

「言われてみれば。ってゆうかそれは俺も最初「発動しなくね?」って疑問には思ったが忘れてたな」

 三人は全く同時に腕を組んで首をかしげた。

「まあ。ジャンプブレインの構造自体がイミフメイだからなぁ。あんまり考えてもしょうがないんじゃねえか?」

「そうだねー。今度会ったときにハチさんかレンさんに聞けばいいかー」

「ああ。大体ジャンプの漫画を思い浮かべるとそのシーンが再現されるなんて到底理解の範疇を……。ん? ジャンプ? ジャンプ!?」

「どうしたの大知?」

「わかった!」

「えっ!?」

「ジャンプブレインで俺たちの漫画の技が発動された理由!」

「……それは?」

 俺は三人の原稿を手に取って立ち上がった。

「それは! この漫画が将来ジャンプに載るからだ!」

 純と涼は驚きの声を上げる。やがてその顔には喜びが浮かんだ。

「それだよ! それしかないよ大ちゃん!」

「やったーーーー!」

 俺たちは抱き合って喜びを分かち合った。

 ――だが。

「あっ。でもさー」涼が疑問を呈する。「なんでそのことをハチさんはずっと黙ってたんだろう?」

「……確かに。ん。待てよ? そういえばこんなことがあった」

「どんなこと?」

「『バオバブ苑』で見回りをするとき、ハチさんを部屋に呼びに行ったんだけどさ。あの人自分の下着姿を隠すよりも、部屋に置いてた『漫画』を慌てて隠したんだ」

「え……下着……? 大ちゃん見たの? そういう関係だったわけじゃないよね?」

「今思えば。アレは俺たちの漫画だったのかもしれねえな」

「そうまでして隠す理由は……?」

 俺たちはしばし考え、そして同じ結論に至った。

「たぶん。未来を変えないため」

「そう……だね……」

「僕たちが慢心しちゃってダメになってしまわないように……かな?」

 ――俺たちは熱い視線を突き合わせ、それから手を重ねた。

「よし! 俺たちは!」

「素晴らしい未来が色あせてしまわぬように!」

「ハチさんをガッカリさせないために!」

「「「死ぬほど漫画を描くことを誓います!」」」

 重ねた手を同時に天に掲げた。

「よっしゃあ! そうと決まれば! このクソ原稿をブチ直すぞ! 人間がまともに読める原稿になるまで寝るんじゃねええええええええ!」

「「おおーーーう!」」


 そのころ。

 ハチは時空旅行をしながらこんなことを話していた。

「あっ。しまった。あいつらにサイン貰うのを忘れてた」

 それを聞いてレンはクスっと笑う。

「そんなことしたらバレちゃうよ?」

「そっかー。そういやそうだな」

「てゆうか。もうバレてるかもね」

「やっぱりマズかったかなあアレは」

「ごめん。私のせい。でもだいじょぶだよ」

「だな。あいつらなら」

「うん」

「まあ頑張ってくれや。『COOLGIRL』こと早乙女涼ちゃん。『ピュアハート』こと松笠純くん。そして『ソードマスター』こと御剣大知」

 トラックはまもなく時空の扉の終点に到着する。

「ハチ。よくかんがえたら。あの三人のサインならあるんじゃない? おじいちゃんのコレクションの中に」

「バカ野郎。宛名を書いて欲しいんだよ。『ハチさんへ』ってな」

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