第17話 COOLなカミングアウト

 翌朝。目的地に向かうトラックの中。

「なあ。昨日の夜ものすげえうるさかったけど二人でなにしてたの?」

 俺の問いに隣に座る涼は唄うような声で答えた。

「さ~~てね♪」

 ハチさんとバックミラーごしに顔を見合わせてニヤニヤ笑っている。

 この二人ってこういうカンジだったっけ?

「そのスポーツバッグはなんだ?」

「な~~いしょ♪」

 なんだろうこのテンションは。絶妙にイヤな予感がする。

「まあ。元気になったみたいで良かったけどさ」

「えっ元気に?」

「ああ。昨日はおまえ目が死んでたぞ、銀魂の銀さんやギャク漫画日和のオープニングより目が死んでた」

 そんな風に言ってやると涼は二カッと歯を見せて俺の顔を覗き込む。

「私のことよく見てるんだね。ありがと!」

 あっけにとられていると、ハチさんがアクセルを踏み込みながら豪快に笑った。

「ハハハハハハ! 調子が出てきやがったな!」

「でしょ~?」

「なんなんだよお……」

 これから闘いが始まるってのに全くもってみやすのんきな奴らだ。


「さあて。もうすぐ秋葉原に着くぞー」

 奴らの根城は元々集英社が所有していたジャンプ及びジャンプコミックス専用の印刷所『秋葉原 海賊印刷所』があった場所にあるらしい。

「今は『大日本大裁断所』っていうんだってさ。……クソが!」

「もともとジャンプを印刷していた場所にジャンプの廃棄施設を置くとは……鬼畜の考えることとしか言いようがねえな」

「ひどい……」

 トラックは秋葉原のメインストリート電気街に到着した。が。

「おいおい。こりゃあどうなってやがんだ」

 多くの方がご存じのとおり、俺のようなキモオタで常にごった返しているのが秋葉原という都市である。だが。

「今日は土曜日だよなあ」

 そこには一人のオタクもいなかった。無論リア充もいない。

「奴ら。将来的にはジャンプ以外の漫画雑誌やアニメ、ゲームまで規制するつもりらしいからな。アニメショップやらなんやらは目ぇつけられないようにみんな営業自粛しているらしい」

 ハチさんの言うとおり飲食店などごく一部の店以外はみんなシャッターが下りていた。

「なんてこった……じゃあそのうち「バガボンド」や「喧嘩商売」「ななか6/17」「七つの大罪」に「はねバド!」「樹海少年ZOO1」も読めなくなっちまうってのか!?」

「……全部見事に元ジャンプ作家が他社で描いた漫画だねぇ」

 残念ながらジャンプを離れていってしまう漫画家さんもいるが、俺はそういった方々も応援しているし、必ずチェックしている。ヒット作を出してくれれば素直に嬉しい。

「まあともかく。一旦あのビルに入るか。あそこで様子を見よう」


「いらっしゃいませにゃ♪ ご主人さま♪」

 俺たちは『大日本大裁断所』から二ブロックほど離れたところにある雑居ビルの七階、メイド雀荘『ウソクイ』に潜入。その窓から双眼鏡で敵アジトの様子を覗いていた。

「ダメだありゃあ……あんまりに警備隊の人数が多すぎる……ポン!」

「とてもじゃねえが今は潜入はムリだな……。あっハチさん、それチー」

「銃とか持ってるかもしれないしねえ。えーっとカンしちゃおうかな」

 せっかくなので三人+ネコミミメイドさんで卓を囲む。

「とりあえず様子を見るしかねえか……リーチ!」

「そうだな。幸いここなら長居しても大丈夫だし。俺もリーチ」

「でもリミットがあるからそれまでにはどうにかしないと。あっリーチでーす」

「フニャー! お嬢様ご主人様らめっちゃ危険な匂いがするにゃ! かっこいいにゃ! しかし手加減はしない! 通らば追っかけリーチ! いっておくけど四人リーチは続行――」

「ロン! 一二〇〇〇点」

「ロン! 一六〇〇〇点」

「ロン! 二四〇〇〇点」

「ぎにゃああああ! やっぱタダモノじゃないにゃ!」

「なあ。メイドさん」

 俺は対面に座るメイドさんに尋ねた。

「なんにゃ~?」

「秋葉原ってさ。最近いつもこんな感じなの?」

 と窓の外を指さす。

「うーんそうにゃあ」メイドさんはほっぺたに指を当てて可愛らしく首をかしげながら言った。「例の少年ジャンプ廃刊やら回収やらがあってからすっごい人は減っちゃったけど、今日は特に極端だにゃ」

「そうなのか?」

「うん。ウチみたいな接客系とか飲食店、それにヨドバシとか電化製品の店は普通にやってるからにゃあ。自粛せずにエロ同人誌売ってる店もゼロではないし」

 では。今日のこの閑散にはなにか理由があるということか……?

「この間なんてウチの店貸し切ってる人もいたぐらいだしにゃ」

「えっ? 雀荘を貸し切り?」

「うん。集会みたいなことをやってたみたい。なんか「ケッキ! ケッキ!」とか「オサ! オサ!」とかいう声が聞こえてきてめっちゃ怖かったにゃ!」

「ほほーーーう……」

 ハチさんがそれを聞いてニヤりと意味ありげに笑った。

「どうした?」

「私の想像している通りなら。これは面白いことになるぞ」

「えっどういうこと?」

「くくく。それは実際になってみてのお楽しみだ」

「またそのパターンかよー」

「ハチさんホントそれ好きやなあ」

「焦ってもしょうがないさ。とりあえず今は機が熟すのを待とう」

 俺はやれやれと溜息をつく。

「まあいいや……とにかく……! おっぱじまったら私はやってやる! 今度こそやってやるかんね……! 私はダメダメなんかじゃない! ダメダメじゃ……!」

 涼はよくわからん気合の入り方をしているし、けだし謎だらけである。

「そんなことより! もう一勝負にゃ! 今のはマグレ! この古今東西ありとあらゆる麻雀漫画を読破したこの私が負けるわけがないにゃ!」

「へー。私も麻雀漫画で麻雀覚えたタイプですー」

「お嬢様は絶対『咲』で麻雀覚えたでしょー?」

「よくわかりますね!」

「私はやっぱり『アカギ』が一番にゃ!」

「大ちゃんは麻雀漫画だったらなにが一番好き?」

「麻雀漫画は一切読まん。なぜならジャンプにないから。強いていうならギャグマンガ日和とか恋するエジソンの麻雀回ぐらい」

「藤崎竜先生が二〇三〇年ぐらいに描いた封神演義の麻雀スピンオフめちゃくちゃ面白いぞ」

「なにそれ読みたい」


 ――麻雀を打ち初めてはや七時間が経過した。

「ふう。さすがにちょっと疲れたな」

「ああ。休もうぜ」

「さんせー」

「バ、バカな……この私がこんなボロ敗け……ごろにゃーー……」

 窓からはもう夕陽が差し込んでいた。

 俺は双眼鏡をのぞき大裁断所の方を見る。

「状況は変わらず……か」

 改めてとんでもない建物だ。あそこだけ世界観が違う。灰色のレンガが積み上げられた城壁。巨大な龍の意匠が施された門。その向こうには天をつくようにそびえ立つ塔。とんがった屋根がよく見える。

「まるでドラクエみてーだ」

「わっ。珍しい。大ちゃんがジャンプ以外の例えを」

「ドラクエは立派なジャンプだ。キャラデザは鳥山明先生だし、それにあの『ダイの大冒険』があるだろう」

 それはよいが相変わらず黒づくめの服を着た警備員共がうじゃうじゃしていて、とてもじゃないが突入はできそうもない。

「そんで。相変らずゴーストタウンみたいに静かだこと」

 電気街には相変わらず人っ子一人いな――

「あ。一人いたわ。なかなか強烈な見た目してやがんな」

 電気街のど真ん中を堂々たる足取りで歩くオタクが一人。金髪に染めたもじゃもじゃのアタマに体重一〇〇キロはあろうかという巨体、パンパンに伸びたアニメTシャツを着ていた。

「『はぐれジャンプ難民軍』って書いてある。そういうアニメがあるのか?」

 ハチさんが私にも見せろというので双眼鏡を渡した。

「あいつは! ジャンプ投稿戦士の錯乱ボーイじゃねえか!」

「――へえ! 投稿戦士か!」

 投稿戦士とは。少年ジャンプ巻末の読者投稿のコーナーにハガキを投稿する常連のことである。一年ごとにハガキが掲載された回数(ポイント)を競うレースが行われるため、優勝を目指して凄まじい数の投稿をするものも少なくない。時期によってコーナー名が違うがもっとも知られているのはあの『桃太郎電鉄』で有名なさくまあきらが担当していた『ジャンプ放送局』であろう。現在はコーナーが無くなってしまっているが、どうやら後に復活するらしい。

「しかしハチさん。よく顔を知っているな」

 投稿戦士の中には後に漫画家や放送作家として活躍する有名人も多く、『密・リターンズ!』や『ななか6/17』で知られる八神健先生などは『イケメン投稿戦士』として女性読者の間でアイドル的人気を誇っていたらしい。ホンマかいな。

「あいつは『投稿戦士兼YOUTUBER』だからな」

「私も知ってるにゃ! なんか一部分の記憶がぼんやりしてるけど」

 どうやらこのメイドさんも記憶を消されてしまったらしい……せつない。

「でだ。私のヨミでは彼がなんかやらかしてくれるんじゃねえかと思うんだがな。まあこいつで見張ってなよ二人でな」

 そういって双眼鏡を渡してくる。

 俺と涼は首をかしげながらも双眼鏡に片目ずつ目をつけた。

 ヤツはオタクらしからぬ堂々たる足取りとなにか強固な意志を持った目で電気街を闊歩し、アニメイトの辺りで立ち止まった。そしてなにやらオタク特有のでっかいリュックからカメラと三脚を取り出して、それを自分に向けて設置する。

「むう。ここで動画を撮るつもりなのか?」

「こんな誰もいないところで~?」

 ヤツは拡声器を口に当てて叫んだ。

『集まれええええええええええええええいいいいいいいいいいい!!!!!』

 凄まじい音量そしてバキバキに音割れした音声に全員が耳を塞いだ。

「うるせええええ! なんだあいつ!」

「ん? んんんんんんん!?!?」

 そして。その音波に合わせて。

 ……ゾロゾロ。という効果音を本当に耳に聞いたのはこのときが初めてだった。

 ヤツが立つ電気街の中央にむかってその周辺のビルから大量の人間、オタクたちが集まってきた。まるでアリの大群がショートケーキかなんかに集まるがごとし。その数……はもはや分からん。電気街は黒いアタマで埋め尽くされてしまった。

「なにが始まるってんだ……」

 錯乱ボーイは踏み台の上に立つと再び拡声器を手に取る。

『聞こえるかああああああ! 内閣総理大臣 漫牙吉良偉蔵!』

 あまりの音量に『ウソクイ』の窓ガラスまで震えた。

『貴様が発令した『少年ジャンプ完全消去令』! その横暴! その独裁! われわれは決して! 決して許さぬ!』

 ヤツの周辺のビルの窓ガラスはパリンパリンと割れてゆく。

『いまここに! 『はぐれジャンプ難民軍』の結成を宣言する! 貴様を決して許さぬものが一九八五人! いやこれで全てではないぞ! 全国二〇〇万人のジャンプ読者全員が貴様の相手をする! 全員牢屋にブチこむか!? それとも全員ブチ殺すか!? さあやってみろ!』

 ――俺はポツリと呟く。

「ハチさんよお」

「なんだ?」

「俺たちには仲間がいたんだなあ」

「おう。ジャンプを愛するものは全員仲間だ」

「うん。そして」

 涼が窓の外を指さす。

「私たちが動くのは今しかないね」

 錯乱ボーイとその仲間を取り囲むようにして、『大裁断所』の警備員たちが事態の収拾にあたっていた。――当然。

「今なら手薄だ! いくぞ!」

 俺はジャンプブレインをアタマに装着し、すぐさま飛び出さんとした。が。

「あ、大ちゃん」

 涼に首根っこを掴まれた。

「なんだよ! 早く行かねえと」

「私たち着替えるから。ちょっと待ってね」

 涼は笑顔でそんな風にホザいた。

「はあああ??」

「だって着替えた方がテンション上がるもんなあ」

「ハチさんまで!?」

「そんなわけだから。ちょっと目えつむっててくれ。私はいいけど涼ちゃんが恥ずかしがるからな」

 ――あっけに取られてポカンとしていると。

「よくわからないけど。私目隠ししといてあげるにゃ」

 メイドさんはあててんのよの体勢で俺の両目を隠す。

「サンキュー。じゃあ涼ちゃんこれに」

「おー! すごいクオリティー!」

 ……二人の衣擦れの音が大変に心臓に悪い。――数分後。

「よーし。終わったぞー」

 ハチさんの声でメイドさんが手を離す。すると目に入ってきたのは。

「に、似合うかな?」

 二人はお揃いの服を身に着けていた。

 着ていたのは『ジャージ』だった。青、黒、白を基調にしたビビットな柄。涼がいつも着ているものと方向性は近いが、それよりもさらになんというか漫画っぽいデザインである。

 アタマには白いキャップ。涼は普通に、ハチさんはツバを後ろ向きにして被っている。

「似合って可愛いと思うよ……涼は」

 ちなみに。ハチさんはホントマジでアホほど似合っていない。笑っちゃうくらい。

 ――それより気になるのは涼が手に持っているもの。

「テニスのボールと……ラケット……??」

 ラケットのあとにハテナをいっぱいつけるのは、そのラケットにはガットが縦に一本横に一本しか貼られていなかったからだ。

「これはな。武器だよ。さあ涼ちゃん見せてやれ。どうやって使うのかを」

「うん。見せるよ。私の力であのドラクエみたいな城を突破して見せる……! そして純くんを助けるんだ……!」

「ってゆうか……そのジャージってさあ……」

 涼は彼女らしからぬ険しい表情とギラつく瞳で窓際に立った。

 そして。左手に持ったボールをふわっと浮かせると――

「ツイストサーブ!!!!!!」

 ラケットを思いきり振りぬいた。

 ボールは窓ガラスをぶち抜いて『大裁断所』へと飛んでゆく。そして。

「いっけええええええええ!」

 レーザービームの如く照射されたボールはドラゴンをかたどった門に着弾した。

 その瞬間――

 爆発。

 数メートルもの火柱が上がった。

 門は跡形もなく消し飛ぶ。

「な、なん……だとおおおおォ!?」

「お城ごと全部ぶっ壊しちゃおうと思ったのに。まだまだだね」

「そしたら純くんも死んじゃうだろう。とにかく行くぞ!」

「うん!」

 二人はブチ割った窓から飛び降りた。

 残された俺はメイドさんと顔を見合わせる。

「ええと……いかなくていいのかにゃ?」

「あ、ああ。そうだな。俺も行くよ。無駄にガラス壊してごめんな」

 俺はバリバリに割れた窓を開いた。

 メイドさんが呟く。

「あのジャージとあの技。どっかで見たことがあるんだよにゃあ」

「それはきっと消されちまったジャンプの記憶だろうな」

「ああ。なるほど。多分好きだったんだろうにゃあ。なんかムズムズするもん」

「生きて帰ってこられたらさ。その漫画のタイトルを教えてやるよ」

「おお! ありがとにゃ! じゃあ頑張ってにゃー」

 俺は『LIVE LIKE ROCKET』を発動。大裁断所へと急行した。


 慌てて駆け付けたはいいが――

「破滅へのロンド! 踊ってもらおうか!」

「虎砲!」

「ブーメランスネイク!」

「レーザービーム!」

「超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐いいいいいいい!」

 涼とハチさんの凄まじい攻撃により、敵警備兵たちは次々と撃破されていく。美しい西洋庭園風の中庭もめちゃくちゃだ。

(ここは俺がしゃしゃり出る必要もあるまい)

 戦力として必要ないというのもあるが、なによりもあの二人のイキイキとした表情。

 ジャマするのは無粋というものだ。

「♪GOえっちぜんーおまえこそはせいがくのはじなんやで~」

「♪らららカナダレモンー」

 ……なんか歌ってるし。

「ハチさん。涼。それは一体なんだい」

「ミュージカルだよ! ミュージカル!」

「みゅ、みゅ?」

「おっとまだいやがった! 消失(バニッシュ)!」

「ビッグバン!」

「ザフェニックスオブエジプト!」

「ブラックホール!」

「切腹! 銃殺! 生き埋め! アイアンメイデン! 電気椅子! ギロチン!」

(もはやなにがなんだかわからんが。こんなにもエゲつない必殺技がいっぱい出てくるジャンプ漫画を俺はひとつしか知らない)

 俺たちは警備兵の軍団をモーゼが海を割るがごとく突き抜け、ついに。

「よし! とうとう辿り着いた! ここに純やレンたちがいる!」

 目の前にそびえ立つ巨大な禍々しい城。高すぎて上のほうがどうなっているのかはよくわからないが、退廃という言葉を色にしたような灰色のレンガを敷き詰めた外壁は見ていて気が滅入ってくる。なにせ悪趣味としか申し上げようがない。

「とんでもない要塞だね……」

 そしてその入口は真っ黒にビカビカと光る鉄板で固く閉ざされていた。

 それを見ながら涼は、

「こんな鉄の塊なんて私が簡単にブッ壊して見せる――!」

 などと呟いた。こんなイケメンな涼は見たことがない。

「でも。ちょっと力をチャージする必要があります、その間ハチさんお願いできますか」

「おう! 任せろ!」

 涼は地面に片膝をつくと両目を固くつむり、ラケットを居合い抜きのような体勢で構えた。

「クソが……奴らを止めろろおおおおおおおお!!」

 警備兵たちの大群がこちらに向かってくる。しかし。

「恐竜絶滅ウウウウウウウウウ――!」

 などと意味不明なことを叫びながらハチさんが打ち上げた大量のボールは、隕石のごとく降り注ぎ警備兵たちを襲った。

 しかし。

「ケーーーーーケケケケケ!」

 最後方からモヒカン姿の火炎放射器を持った集団が、倒れ伏す仲間たちを踏みつけながら迫りくる。

「しまった! 球切れ!」

「汚物は消毒だあああ!」

 数十本もの火炎放射器の銃口がこちらに向く。しかし。

 ここでこの俺が動いた。

「COOL! COOL! COOL! COOL! COOL! COOL!」

「なにい!!??」

「こ、この技は!」

 俺の叫びと共に火炎放射器、並びにモヒカンたちは見事に凍り付いた。

「ふう。やれやれ疲れたぜ。涼。そろそろ準備はいいか?」

「うん! ちょうど今溜まった所! 行っくよおおおおおおお!」

 涼はキラキラと輝くような素晴らしい笑顔で叫んだ。

「ワシの波動球は! 一〇八式まであるぞ!」

 ラケットから放たれたゴン太な破壊光線は要塞の扉に到達するや凄まじい爆発を起こす。

「す……すげ……」

 要塞の扉は跡形もなく消え去った。鉄の熔ける匂いと燃え盛る火の匂いが混然となる。

「なかなかでしょ?」

 破壊の主は全く邪気の無い笑顔でこちらを振り返る。

 俺は彼女に笑顔を返しながらこんな風に言った。

「涼、俺知らなかったよ」

「なにを?」

「おまえがこれほどまでに『テニスの王子様』が好きだってことをだ」

 すると涼は少し照れくさそうに頬を染めた。

「ずっと黙っていてごめんね。その……引いた?」

「なぜだ。そんなわけないだろう。アレは良い作品だ。作者の許斐先生は『COOL』という素晴らしく面白い短編レジェンド作品も描いているしな」

 先ほど俺がザコ敵どもの火炎放射を凍り付かせた技はこの作品からインスパイアされたものである。

「あのね……私はね……ただ単に好きってゆうか、その、お耽美的な同人誌をね。たくさん持ってるの。それでもヒカない?」

 なるほどそれでナイショにしてたってわけだ。

「引かないよ。そういうのが嫌いな女性は一人もいないという研究データあるしな」

「テニプリだけじゃなくてジャンプのスポーツ漫画全般が好きで……ハイキューや黒バス、ホイッスルなんかのウスイ本も合わせて二千冊くらい持ってるの。それでも引かない?」

「ひ、ひ、引くもんか!」

「あっ! 今引いた顔したでしょ!」

「そりゃおまえちょっとは引いたけど!」

 ちなみにバレーボール漫画なら『バレーボール使い 郷田豪』バスケ漫画なら『I’m a faker!』サッカー漫画なら『LIGHTWING』も個人的にはオススメである。

「でもさ。なにがあったって俺がオマエを嫌いになったりしねえよ。そんな薄っぺらい関係じゃないだろ俺たちは」

 そういうと涼は一瞬驚いた顔。それから。

「嬉しい」

 俺の胸に顔をうずめた。ハチさんがヒュウウウ! などと口笛を吹くのが聞こえた。

「でもね。誤解しないで欲しいの。私がラブコメ好きなのも本当なんだよ?」

「それってどういう意――」

 などと言っている間に。

「ちくしょう! リア充共め! 爆発しやがれ!」

 さらなる援軍が駆け付けてきた。

「どんだけいやがるんだこいつら!」

 瞬間。涼は要塞の外壁のヘリに両手をひっかけ、懸垂をするようにして体を持ち上げながら叫んだ。

「好きです! 付き合ってください!」(※20)

(これはいちご100%の名シーン……!)

 その瞬間。辺りを包囲していた警備兵たちはガクっとその場に倒れ込んだ。

 なぜか皆一様に幸せそうな顔をしている。

 俺は感嘆の声をあげつつ涼に言った。

「なるほど。この威力。おまえのいちご100%愛、ラブコメ愛もまたホンモノだな」

「うーんそういう意味じゃなかったんだけどなァ。でもまあいっか。そういうことにしておく」

 涼は優しく微笑むと外壁から飛び降りた。

「――よし。サンキュー涼ちゃん。それじゃあ。潜入といこうか」

 ハチさんがタバコに火をつけながらそんな風に提案。

 俺と涼がゴクりとツバを飲みながらうなずくと。

「おっとおおおおおおおおおお! そうはいかないイイイイイイイイイイ!」

 凄まじく甲高い声が城の方から聞こえた。

「……もういい加減にしてもらっていいか?」

「日本にこんなにいっぱいヒマ人がいるんだねー」

 要塞の窓から忍者のような装束に身を包んだものが大量に降ってくる。

「ちょっとこれは笑いごとじゃなくなってきたな」

 とハチさん。

「なぜですか?」

「これ以上無駄な力を使うとレンと闘う力が残らん」

「確かに……ハチさん。もしかして私たち、ちょいピンですか」

「みやすのんきか! めちゃピンだよ!」

 などと話していると。

 ――――――ドドドドドドドド!!!

 背後から凄まじい足音が聞こえてくる。

「だああああああああ! また援軍かい!」

「いい加減にしてよ!」

「お相撲さんにGEKITOTZされて死ね!」(※21)

 などと毒づいてもなんの解決にもならない。

 援軍はあっという間に俺たちを挟み打ちにした。

「――あれ?」

 目をバケモノみたいに血走らせ、ところどころ血まみれになったヤバイ集団。

 そのリーダーと思しき先頭に立つ男に見覚えがあった。

「あんたは確か……」

 金髪のアフロヘア―にアニメ調の絵が描かれたTシャツ。それにこのワガママボディ。

 手には武器なのかなんなのか分からないがピンク色で先端がハート型になった魔法のステッキのようなものを持っていた。

 ヤツはどんどんこちらに近づいてきて、その距離ゼロ。彼は俺とすれ違いざまにこんなことをまくしたてた。

「ふうむ。特にイケメンでもブサイクでもない普通の顔立ち。だけどまっすぐで澄んだ瞳。たしかに俺よりこいつの方が主人公向けだわ。ヒロインはもう一人ぐらい欲しいけどな。できればガチ幼女で」

「はあ??」

 そして。

「かかれええええええええええええええええええええいいいいい!」

 男の叫びと共に黒づくめの集団は敵の忍者部隊に一斉に襲いかかった。

 俺がポカンと口を開けていると。

「よお。あんた名前は?」

 男は馴れ馴れしく話しかけてきた。

「み、御剣大知」

「おお。やっぱり主人公っぽい名前してるな」

「あんたは確か。錯乱ボーイ」

「おお。知っていてくれて光栄だ。俺は元投稿戦士兼Youtuberなんだけど。あんたたちはアレだろう? 魔法使い。さっきの闘いっぷり見ていたよ」

 厳密には違うが似たようなものだ。俺は首肯した。

「じゃあやっぱり主役はあんただな。さあ早く行け」

 そういって城の入り口を指さす。

「すまねえ」

「なあに」

「アンタの演説聞いてたよ。なかなか良かった」

「だろう? あれしゃべっているときは俺が少年ジャンプを救う救世主だと思ったんだがどうやら違ったようだ」

「あんたも立派な救世主だよ。あんたらがいなけりゃあここまで来ることはできなかった」

「そうか。でも美味しい所は持っていくんだろう?」

「ああ。そうさせてもらうよ」

 そういって拳と拳を突き合わせた。

「頼んだぞ主人公。さて。脇役は脇役の役目を果たすかあ」

 ヤツは魔法のステッキを振り上げて、

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 戦場へと駆けていった。



「来ちゃったみたいですね。レンさん」

 純とレンは豪奢なソファーに寄り添うようにして座っていた。

 イギリスから輸入した高級な紅茶を飲んで焼き菓子なんぞを食べながら、部屋のテレビに映し出された監視カメラの映像を眺めている。

「ジュンくんどう? かれらと闘うっていう気分は?」

「いい気分ですね。早く闘いたい」

「でも。かれらとちゅうで死んじゃうかもしれないよ?」

「いえそれはないと思いますよ。あの御剣大知という男がいるかぎり」

「しんらいしてるんだね。彼を」

 レンは純の頬に愛おしそうに手を当てた。

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