第16話 女子会議

 その日は目的地近くの飛麭岳という山の中にトラックを停め、その中で寝ることになった。大ちゃんは車部分の後部座席、私とハチさんは荷台の中でそれぞれ床につく。

(ね、眠れねえ……)

 ハチさんは荷台の中で寝っ転がるや否や即座に寝息をたて始めていたけれど、私の方は荷台の天井を見上げてギンギンに目が冴えている状態。もともと枕が変わるとねむれなくなるタチでこっちに来てからあまり眠れていないのに、こんな状況と精神状態では眠れる方が不思議だ。漫画は暗くて読めないし、スマートホンも時空を超えた圏外だ。私は途方にくれて天井をみつめつつ、なんとか眠ろうと羊を数えていた。

 そうこうして数時間も経ったころ。

「んん……」

 わずかな呻き声が聞こえてくる。ハチさんが目を覚ましたようだ。

 彼女は荷台の入り口を開けるとピョーンと飛び出していく。

(タバコでも吸いにいくのかな?)

 そう思ってそれほど気にとめなかったのだが――

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「ハチさん!?!?」

 凄まじい悲鳴。私は慌てて荷台から飛び降りる。

 外で彼女を襲っていたのは――

「チュ!」

 四本足でちょこちょこっと歩く小動物。ジャンプの漫画でこの動物をモチーフにした代表的なキャラクターといえばやはり「みどりのマキバオー」のチュウ兵衛親分であろうか?

 ハチさんは尻餅をついてぶるぶる震えていた。

「コラ! あっちにいきなさい!」

 私はそこらに落ちていた木の棒を振ってネズミを追い払った。

「チュ!」

 ネズミはちょこちょこちょこーっと逃げていく。その様子はたいへん可愛いらしい。

 ハチさんは起き上がって私にこんな風に言った。

「す、すげーなおまえ。尊敬するよ」

「尊敬て! 田舎もんだからああいうの慣れてるだけです。私なんてただのダメダメですよ」

「いやいや大したもんだよ」

 微笑みながら私のアタマにポンと手を置いた。こんな感じに親し気に接してくれたのはこのときが初めてだった気がする。

「眠れないんだろ? ここ座んなよ。たまにはゆっくり話でもしようや」

 タバコに火をつけながら切り株に腰を下ろし隣をポンポンと叩く。

 そのスカした仕草はハチさんに良く似合っており大変カッコよかった。

「なんで眠れないってわかったんですか?」

 私は少しだけ距離を置いて彼女の隣に座った。

「だって小さな声でずーっと羊を数えてるのが聞こえたんだもん」

「――! はっず!!」

「つーか。数えすぎだろ五十三万は! 四万二千ぐらいで諦めろや!」(※19)

 ハチさんは豪快にガハハ! と笑った。


 ――二人の女子トークは私の謝罪から始まる。

「あの……ごめんなさい」

「ん? なにが?」

「今日襲われたときになんの役にも立てなくて」

「ああ。いいよそんなの。そういうときもあるさ」

「でも。ホント情けなくて私」

「なにが」

「私だけ全然闘えてなくて置いてけぼりになっていることもそうだし……それに……」

「恋愛のことか?」

「はい……」

 ハチさんは私の顔を見つめながらくっくっくと笑った。

「勝手にチューしてごめんな。あれしか思いつかなかったんだよ」

「いえ……それはいいんです……」

「なあ。涼ちゃんがなんで上手くいかないか教えてやろうか? ジャンプブレインの使い方も恋愛の方も根本は一緒さ」

「それは……?」

「キミがさあ。隠し事をしているからだ」

 心臓にグサっと針が突き刺さる。

「涼ちゃんが一番好きなジャンプ漫画のジャンルってさ。本当は違うんじゃないのか?」

「な、なんでわかったん!?」

「まあいろんな細かい行動で気づいたってのもあるんだけどな。一番最初にピンときたのは服装だな」

 そういって私が着ているジャージとショートパンツを指さした。

「涼ちゃんのキャラ的にそのスポーティーでカラフルなジャージってなんか違和感があるんだよなあ。ファッションに特別こだわりがあるってタイプでもなさそうだ」

「……なんもわかりませんよ。ファッションなんて」

「それに今は被ってないけどキャップも好きだろう。なるほどなるほどジャージにキャップねえ。あとは口癖だな。涼ちゃんちょいちょい「ダメダメだなァ」みたいなこと言うだろ? アレってアレのちょっと違うヤツだよな?」

「すごい。ハチさんはホンマすごいわ」

「だろ? そんなキミにプレゼントがある。ちょっと待ってろ」

 彼女は荷台からある『武器』を持って戻って来た。

「今度の闘いのときにはこの『武器』を使ってみたらどうだ?」

「な、なんでこんなものを!?」

「理由は簡単! 私も大好きだからさ! 涼ちゃんが好きな漫画がね。アニメの再放送見てハマったさあ~」

 私は立ち上がり、ハチさんの腰に勢いよく抱きつく。

「ど、どうした? 急に」

「嬉しいんです。こんなずっと未来にもあの漫画を好きな人がいてくれて」

「ははは。なるほど」

 ハチさんそっと私の背中に手を回してくれた。

「ありがとうハチさん。優しくてカッコイイからスキ。いっときはこの泥棒猫と思ったけど」

「ははは。私もおまえのこと好きだよ。天然のクセにうじうじうじうじ考えてしかもクソ不器用なところとかな」

「それって褒めてますか……?」

「さあな。まあともかく。練習をしようか。もうひとつ同じ武器持ってっからさ」

「望むところです! 勝負しましょう!」

「よっしゃ。じゃあジャンプブレイン持ってくらあ」

 私たちの『練習』は明け方まで続いた。

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