第15話 早乙女涼の憂鬱
幸い勘太郎さんと大ちゃんのケガは軽いものだった。
二人ともハチさんの『クレイジーダイヤモンド』でほとんど回復し、翌日にはピンピンしていた。
「じゃあな。頼んだぞハチ」
「ああ」
「ワシもジャンプブレインが使えれば一緒に闘ったんだがな」
「記憶消されちまったもんはしょうがないさ。まあ任せてくれよ」
私たちにとってもうひとつ幸いしたのは、あのレンという人が純くんと一緒にジャンプブレインも奪っていったこと。あれには位置情報機能がついているそうで、純くんの居場所、すなわちテキのアジトを割り出すことが可能らしい。
私たちはレーダーが指し示す目的地、秋葉原にトラックで向かった。
「……」
「……」
ほとんど交通量のない川沿いの一本道をひたすらにゆくトラック。
ハンドルを握っているのはハチさん。助手席に座っているのは大ちゃん。
後部座席には私――早乙女涼が一人で座っていた。
「……」
「……」
「……」
車内にはなんとも重苦しい空気が漂っている。
ハチさんと家族同然の付き合いだったレンさんがテキであったという事実、純くんがさらわれてしまったという状況。それに。
(ハチさんと大ちゃん。あれから一言もしゃべってない気がする……)
自分のせいで純くんを命の危険にさらしてしまったというハチさんの後ろめたさ。それに対してどうフォローしていいわからない、そもそも誘いに乗ったのは自分だし――大ちゃんのそんな複雑な気持ちがそうさせるのかもしれない。
(こういうとき和ませるのが私の仕事だッ――!)
勝手にそんな風に考えた私は声を張って話題を振った。
「いちご100%のエンディングがまさかの結末なのは有名ですよね? あれって読者人気を反映してああなった、或いは打ち切りだからああなっちゃったとも言われてますけど、本当は違うんですよね。作者さんのコミックスのコメントによると、恋愛の不条理を描きたかったからああいう結末になったんだって!」
「……」
「……」
「あ、あとさ……。えーっと。トリビアの泉にいちご100%回があるのって知ってた? なんかねどっかのエラい教授さんが出て来ていちご100%についてめっちゃくちゃ語るの。面白いからぜひ見て欲しいな。たしかYoutubeにあったと思うよ」
「……」
「……」
「作者の河下水希先生は別名義でBL作品も描いてるよねー。……えーっとだからどうというわけではないけど……」
どうやらいちご100%の話題では食いつきが悪いようだ。話題を変える。
「これって知ってた? あの木村拓哉がさ『尾田栄一郎さんに聞いたんだけど、ワンピースで麦わら海賊団から誰かがいなくなるらしいじゃないですか。ちょ待てよ! それって誰?』ってジャンプ編集部に電話してきたことがあるんだって。ホントかなー?」
「……」
「……」
……キムタクのモノマネまで披露したのに反応は芳しくない。
しばらくの沈黙のあと、ハチさんがボソっと小さな声で言った。
「ごめん木村拓哉って誰?」
(ああ。そりゃそうか……)
また別の話題を振る。
「ねえねえ。知ってる? あの鳥山明先生と高橋留美子先生がお見合いをしたことがあるんだって! もし結婚してたら富樫先生とセーラームーンの武内直子先生並のスーパービッグカップルだよねー!」
すると大ちゃんは私にこう問うた。
「高橋留美子って誰?」
「えええええ!? 知らないの? 超超超大物漫画家だよ!?」
「ジャンプで描いたことある人以外はしらん」
「い、いくらなんでも!」
そのとき。
「んんんん――!?」
フロントガラスが突然、バリバリ! という音と共に弾け飛んだ。
「なんだ!?」
「テキか!?」
トラックを急ブレーキで止めると、ハチさんと大ちゃんは転げ落ちるようにして車外に退避。
「――! なんだ貴様ら!」
二人を真っ黒なダウンジャケットに身を包んだ男たち四人組が取り囲む。
「あんたらにはウラミはねえが。ここで足止めさせてもらうぜ」
「ウチのボスがよ。まだ来てもらっちゃ困るんだと」
「レンの手下か!?」
男たちは突如、るろうに剣心の赤松有人が使っていたような鎖鎌を取り出し――
「喰らえ!」
鎖鎌のひとつは大ちゃんの方へ飛んでアタマにハメたジャンプブレインを弾き飛ばす。
残った三つの鎖鎌はハチさんを狙い、ヘビのように体をグルグル巻きに締め付けた。
「ハチさん!」
ハチさんは体中を簀巻きのようにされ地面に転がってしまう。
「ハハハハ! いいざまだ!」
男たちは舌舐めずりなんぞをしながら勝ち誇った。
しかし。ハチさんは不敵な笑いを浮かべる。
「いいざまなのはテメエらだよ。こういうときトドメもさしていねえのに勝ち誇るヤツは負けるって相場が決まってんだ」
「ほほーう。でもその両手両足が塞がった状態でなにができるってんだ?」
「いくらでもやりようはあるさ。例えば。なあ『バスタード』って知ってっか?」
そういうと大ちゃんをちょいちょいと手でまねいた。
「な、なんだよ」
「ちょっとそこにひざまずけ。そんでもっと顔を近づけろ」
大ちゃんはハチさんのアタマの辺りにヒザをつき、顔を覗き込むような体勢になった。
すると。
「主命を受諾せよ 最愛なる美の女神イーノ・マータの名において 封印よ退け」
そういってハチさんは大ちゃんの首に手を回し。
「なっ――!」
そっと口をつけた。
これにはテキたちも驚愕。
「な、なにやってやがるんだてめえら!」
「ブチ殺すぞコラア! こちとら童貞じゃい!」
「なにをやってるって。おまえらやはりバスタードを知らんらしいな。破壊神ダークシュナイダーは処女の口づけによって封印から目覚めるんだぜ」
「なにを言って……おおおおおおおおおおお!?」
――強烈な光とともに大ちゃんのカラダに変化が起こる。
「なんじゃこりゃああああああ!」
変身した大ちゃんのその姿。
銀色の長い髪。筋骨隆々とした肢体。そしてなにより。なにも着ていなかった。
「なにをいまさら驚いてるんだ。さっさとやっちまえよ。おまえなら知っているだろう。そいつの必殺技を」
「なんだこの裸野郎!」
「ド変態め!」
「ぶっ殺してやる!」
大ちゃんは戸惑いを顔に浮かべながらも叫んだ。
「超原子崩壊励起!(ジオダ・スプリード)」
両手からギラギラと明滅する破壊光線が放出される。
男たちは空中に吹き飛んで、そのまま川に落下した。
「……死んじゃいないだろうな」
「へーきへーき。せいぜい重症ってぐらいだって」
大ちゃんの姿は元に戻った。
「ハチさん。大丈夫か?」
「ああ。どこも痛めちゃいないよ」
大ちゃんはハチさんに巻きついた鎖を外し始める。
「なあ。大知」
「なんだ?」
「ごめんな」
「なにが? 急にキスしたことか?」
「それもあるけど。その……私のせいで純くんが」
「……いいんだよ」
「でもさ」
「俺たちはなにもあんたのためにこんな時代まで来たわけじゃないぜ。少年ジャンプを守りたいからだ。少年ジャンプが危機だってことを教えてくれて、感謝はしても恨むことはない」
「大知……」
「ハチさんのことはけっこう好きだから。あんたを助けたいってキモチもあるけどな」
「ありがとう。やっぱりいいヤツだな」
「なにをいまさら。そんなことより」
「なんだ?」
「ハチさんって処女だったんだな」
「なっ!? なんでそれを! ……じゃなくて! なにを根拠にそんな!!」
「だって自分で言ってたじゃねえか。ダークシュナイダーは処女のキスで目覚めるって」
「あっ……!」
「どおりて見た目をホメるとめちゃくちゃ可愛い反応すると思った」
「うるせえよバカ野郎!」
ハチさんは大ちゃんのほっぺたに思い切りビンタを喰らわせた。
二人は顔を見合わせて豪快にガッハッハ! と笑う。
私は。トラックの後部座席から一歩も動くことができず、ずっと窓越しにそれを見ていた。
胸の辺りがいらいらざわざわするのを感じていた。
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