第12話 JC作戦開始

 ジャンプショップで尾玉先生のサイン会に並んでいたときにはまさか自分が『逆トランクス』をしているなどとは想像だにしなかった。が。われながら驚異的な適応力でここでの生活や修行の日々にすっかり慣れきっていた。

(実に充実した生活だ)

 毎日の修行により俺たちのジャンプブレインさばきはドンドン上達し、もはやホントに自分はジャンプのキャラなんじゃないかという気さえしてくる。ハチさんの作ってくれる料理はうまいし、それをみんなで食べるのは楽しい。夜中に見回りという名のお散歩をするのもよいものだ。涼との距離感がまったく変化なかったのは非常に残念ではあったが。

 そんなこんなで。俺が若干本来の目的を忘れかけていた八日目の朝。

「起きろやだいちいいいいいいい!」

 この日はちょっとラサール石井っぽい声とフライパンをおたまでガンガン叩く音で目を覚ました。布団から上体を起こす。

「どうしたよ勘さん。朝から浅草サンバカーニバルくらいうるせえぞ」

 勘太郎さんはおたまで俺の頭を軽くしばいた。

「なに寝ぼけてやがんだ大ちゃん! 早く起きやがれ! そんでロビーに集合!」

「なんで……?」

「完成したんだよ! 例のブツが!」

「なにィ!?」

 俺は布団を蹴飛ばして飛び起きた。


 JCサーチャーとやらは見た目もなかなかこっていた。小さいながらも精巧な『海賊船』の形をしており、旗にはあの少年ジャンプのロゴマークが書かれている。

「ジャンプコミックスを探す機械にふさわしいですねえ」

 そんでそれが小さな口のボトルの中に収納されていた。いわゆるボトルシップである。船を作ってから瓶で囲むのではなく、ピンセットとかを使って瓶の中に入れ込んでいくのが流儀のアレである。

「いいなーかっこいいなー。写真撮っていいですか?」

「でもコレこういう形にしなければもっと早くできたんじゃねえか……?」

 勘太郎さんはそいつのバッテリーをチャージしながら愛おしそうに撫で回していた。

「圧縮されているコミックでもサーチできるようにするのが大変だった。それに丸々三日もかかっちまったよ」

 ハチさんはよっぽど嬉しいらしく、ニコニコしながら勘太郎さんの肩をもんだり、コーヒーのお代わりをついでやったり、クッキーを食べさせたりしていた。こういうところはホント可愛いと思う。

「でも。ちょっと気になったのが」

 純が口を挟む。

「まだこの日本のジャンプコミックが全部回収されちゃったわけではないんですよね」

「ああ。そうだけど」

「だとしたら。敵に奪われたジャンプコミックスと別の人が隠し持っているジャンプコミックスって区別がつくのかなーと思って」

 勘太郎さんはガハハと笑って純の肩を叩いた。

「安心しなよ純坊! 確かにおまえの言うとおり『区別』はつかないがな、『数』はわかる」

「ああなるほど。つまり――」

 純はポンと手を叩く。

「大量に一箇所に固まっているところが奴らのアジトさ」

 勘太郎さんは豪快に笑いながら純の肩に手を回した。

「逆にいえばJ―スレイヤーから奪い返すだけじゃなくて、しぶとく逃げ回ってる『仲間』を探すのにも使えるってわけだな」

「たしかに。でもそれって……」

「ん? なんだ?」

「いえなんでも」

 そのとき。JCサーチャーがピーッピーッという電子音を立てる。

 どうやら充電が完了したらしい。

「よっしゃ! それじゃあ地上で早速試してみようじゃねえか!」

 俺たちはうきうきとした足取りで階段を登った。

「あっおい! 外出る時はジャンプブレイン忘れるなよ!」


 外はこの季節の箱根には珍しく曇天の空だった。

 真っ黒な雲が空を覆い隠していまにも降りそう。

 せっかくめでたいときなのに空気読んで欲しいなァと思ったが、勘太郎さんはまったく意に介さずノリノリで機械のセッティングをしている。

「じゃあいくぞー! Jcサーチャー起動!」

 そういって勘太郎さんはニカっと笑った。いつもの人を楽しい気分にさせてくれる笑顔。

 だが。

「――――――――――!! 勘さん! 危な……!」

 俺が彼のおでこに『赤い光の点』があることに気づいたその瞬間。

 どこからともなく乾いた『パン』という音が聞こえた。

「!?!?」

「なんだ!?」

 勘太郎さんはおでこから血を噴き出しながらゆっくりと地面にヒザをつき、それからうつ伏せに倒れた。

「か、勘さーーーーーーーん!!」

 ――そして。

「いっぱつ。さすがわたし」

 王子様の像の隣に佇立している大きな木。そのてっぺんからひとつ小さな人影が降りてきた。ヤツはとてつもなくすばしっこく動き、Jcサーチャーを拾い上げる。

「あっ――!?」

「あとこれももらうね」

 そいつはなぜか純に跳びかかった。

「なっ――!?」

 純のアタマを右手でヘッドロックのようにして締め上げると、左手に隠し持っていたまっ黒い拳銃のようなものを突き立てる。

「ひさしぶり」

 そのとき。初めてそいつの顔がちゃんと見えた。

「あ、あんたは! あのときの」「大涌谷で――!」

 俺と涼は同時に叫び声を上げる。

 そいつが銀色のロングヘア―に異様に整った顔、真っ黒なゴスロリというファッションの女だったからだ。

 ヤツはなにか微妙に親し気な感じに俺たちに会釈をした。

 純の表情は恐怖にゆがみきっている。

「ハチさんこいつは――」

 彼女の方を振り返ると、俺たちの比じゃないくらいの驚愕の表情を浮かべていた。

「ハチさん……?」

 そして苦笑いをしながらタバコに火をつける。

「まさかおまえがテキだったとはな」

(……知り合いか!?)

「ただの敵じゃないよ。J―スレイヤー東京第二支部リーダーの十蔵寺ともうします」

「久しぶりだな……レン」

(……!? 十蔵寺レンって確か!)

「なんでオメーが大知たちのことを知ってるんだ?」

「大涌谷で会った。仲良くなった」

「なるほど。やっぱり目を離すべきじゃなかったな」

 ハチさんがタバコを放り投げて一歩前に踏み出すと。

「……ちっ」

 大量の『赤い光の点』がハチさんの顔を覆った。

 どうやら既に大量のスナイパー、ワールドトリガーの千佳ちゃんみたいな奴らに包囲されているらしい。

「てめえの目的はなんだ!」

「Jcサーチャーっていうヤツを奪うこと。これがあれば。全部のコミックスを回収するのがとってもスムーズ?」

「――なに!?」

「それから。このジャンプブレイン」

 純のアタマからジャンプブレインを取り外した。

「これも欲しい。研究して量産すればべんり。いかにもあのジジイの発明って感じではらたつけど」

「クソ……!」ハチさんが地面を踏みつける。

「おい! それよりも!」俺も十蔵寺レンに対して叫んだ。「純を離しやがれ!」

 今度は俺に大量の赤い光が当たる。

「う……」

「まずはジャンプブレイン捨てて? 手が滑っちゃうかもよ?」

「……クソ!」

 俺と涼はジャンプブレインを外し、地面に放り投げる。

「いい子。悪い子もいるみたいだけど?」

 ハチさんはジャンプブレインに手をかけたまま硬直していた。

「ハチさん! なにをやって――!」

「はやくして?」

 拳銃の銃口が純の目に突き立てられる。

「うるせえな! クソが!」

 怒りを口にしながらジャンプブレインを外した。

「さあ! 純を離せ!」

「そうもいかないよ?」

「なんでだ! おまえの目的はJcサーチャーとジャンプブレインだろう!」

「だけじゃない」

「なんだそれは一体!」

「この子。ジュンくん」

「なんだと!?!?」

 純も表情に驚きを浮かべた。

「ジャンプブレインを奪ってもそれを使える戦士がいないとだめでしょう? それに」

 レンはわずかに口の端をつりあげた。

「この子気にいったの。すき」

「はあああ!?!?」

 思わず声が裏返る。涼もポカンと口を開いていた。

「ふ、ふざけんのも大概にしやがれ! それに! 純がテメーのために闘ったりすると思うか!?」

 レンはまたほんの少し笑った。そしてこんなことを呟く。

「この子の心には闇がある。そしてその原因はあなたたち」

「!?」

「だから闘うよ。ってゆうか。彼が闘うべきなのは本当はわたしじゃない。あなたたち」

 俺はただ口をぱくぱくさせることしかできなかった。

「じゃあね?」

 そういってレンはゆっくりと手を振って踵を返す。

「まてよ……!」

 ハチさんが拳を握りしめながらレンの背中に向かって叫ぶ。

「なんでこの場で殺らねえ! 私が憎いんだろうてめえは!?」

 レンは再び踵を返し、ハチさんの頬にそっと手を当てた。そして。

「死んだら楽になっちゃうでしょう? そんなのだめ」

 と笑った。

「あなたを一生苦しめて、死んだほうが良かったって一億回後悔させる機械を作ってるの。それまで待ってね?」

 ハチさんは恐怖に顔をゆがめ大量の汗を掻いていた。

 レンは無表情に戻ると純をいつだかのようにお姫様だっこで抱え上げた。そして。

「ジュンくん。一回寝ようか」

 ポケットからスタンガンのようなものを取り出し、そいつを首筋に押し付ける。

 純の体からガクっと力が抜けた。

「大丈夫。命の危険はないよ? 大事な仲間だもん」

 この瞬間。俺の理性がぶっちぎれた。

「なにが仲間だテメエこの野郎オオオオオオオオオ!」

 俺はジャンプブレインを拾い上げてアタマに装備、そして叫んだ。

「純情ナッコォ(ナックル)!(※18)」

 俺のパンチはヤツの後頭部を確かに捉えた。が。

「そうやって使うんだ」

 レンはそいつを片手で簡単に受け止めると、自らもジャンプブレインをアタマに乗せた。

 そして。

「『南城流水流投法』」

(なん……だと……これは!)

 レンの小さな手の上に野球ボールが現れた。ヤツは大きく振りかぶると――。

「またこんど遊ぼうね?」

 剛速球は俺のみぞおちを正確に捉えた。

 内臓が揺らされ鈍痛が走る。立っていることができない。視界が真っ白になる。

 薄れゆく意識の中、俺の脳はこんなことを考えた。

(あれは――! 『父の魂』! 少年ジャンプの記念すべき第一号から連載されていた野球漫画で、ジャンプの原点にして最初のヒット作であるレジェンド中のレジェンド漫画! 野郎……! やはりタダモノじゃ……!)

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