第11話 ジャンプ脳を鍛えよ 三日目

 翌朝。

 ハチさんが今日は遊びに行こうぜーと提案すると、純と涼は一も二もなく大賛成した。こいつらのこういうところキライじゃない。

「楽しそうでいいな。まあ若けーヤツらで行ってこいや」

 勘太郎さんは残念ながら不参加。

 四人で協議した結果、とりあえず『大涌谷』に行こうという結論となった。

 恐らく箱根の中でも最も有名な観光スポットであり、俺も数年前に家族旅行で来た記憶がある。確かあそこに行くには早雲山とかっていう駅まで電車で行って、そこからロープウェイに乗るのがルートであったはずだ。

「ああ。昔っからそうなんだ。今でも同じだよ」

「じゃあとりあえず駅に向かうかー」

「でも迷うなー芦ノ湖も行きたいし、足湯カフェも行ってみたいし……」

「じゃあ全部行くぞ! とりあえず大涌谷へGO!」

 というわけで。我々は浴衣から一帳羅の私服に着替え、箱根登山電車に乗り込む。

「紅葉が綺麗だねー」

「この電車も昔から変わってないなあ」

「これを変えちまったら鉄道オタクが黙っちゃいないだろうからな」

「そういえば少年ジャンプでは鉄道がテーマの漫画ってあんまり聞かないね。大知博士。なんかあったっけ?」

「ないな。『ふんわりジャンプ』には『メシ鉄!!!』っていう漫画があるけど」

「うーん、鉄道が好きなのってちっちゃい子供かおじさんのどちらかっていうイメージがあるからな。ジャンプ読者には求められてないのかも」

「いや。しかし小中高生にまったくいないわけじゃないだろう……これはいいスキマを見つけたかもしれん」

「確か二〇二〇年ぐらいから荒木飛呂彦先生による機関車トーマスのコミカライズが連載されるはずだけどな」

「なにそれ読みたい」

 箱根のトーマスはスイッチバック形式とかいう技法を用いつつ山を登り、早雲山駅に到着した。電車を降りてロープウェイ乗り場に向かう。

「おっ。今日はロープウェイ空いてんな。平日だからか?」

「ロープ……?」

「ウェイ……?」

 我々は確かに看板に『ロープウェイのりば』と書かれたポイントに到着した。したのだが。

「ロープないじゃん」

「これはあれだよ。ロープなしロープウェイ」

「そんな汁なし担々麺みたいに言われても」

 そこにあったのはただの鉄の棒であった。鉄なのにこう例えるのもなんだが、大きさは木の丸太くらい。それが空中に二本並んで、なぞの半重力でぷかぷか浮いている。

「こいつはな電磁力で浮いてるんだ。そんで同じく電磁力でビューンって頂上まで飛んでいく。すごいぜ。エゲつないくらい爽快だし、マジに山景色が絶景だぜ。箱根の紅葉を楽しむにゃあこいつが一番だ」

「こんなのにどうやって乗るんだよ」

「そりゃおまえ桃白白の要領だよ。上にこうサーフィンみたいに乗るんだ。足と棒を電磁力で固定してな」

 一応原理は理解したが心情的にはどうしても生きて大涌谷に辿りつける気がしない。

 俺と純はシブい顔を見合わせた。

 そんな俺たちを見て涼は、

「えっ。みんなこれ乗りたくない感じ?? 私どうしても乗りたいんだけどサ、一人で乗ってきてもいい??」

 目をキラキラ輝かせてそんな風に述べる。そういえばこいつ見た目によらず遊園地の絶叫マシーンとか大好きな人であった。

 こうなってくると「怖くて乗りたくねェ……」とは男として言いづらい。

「いや……俺も乗るよ……」

 俺は断末魔のセリフを考えながらそのように答えた。いちジャンプっ子として北斗の拳のラオウくらいかっこいいセリフ(※15)を言いながら死にたいものだ。間違っても国語のゴリ松(※16)とか言いながら死にたくはない。

「分かった……僕も乗るよ……乗るさ……」

 純は半泣きで自分の体を抱きながらそのように述べた。正直ちゅっちゅしたくなるくらい可愛らしく庇護欲をそそられる。

「オッケーじゃあ私がいちばんー」

「一緒に行くぜー」

 涼とハチさんは係の人に渡された電磁石と思われる板状の物体を靴の中にシコむと、鉄の棒に軽やかに飛び乗った。

「では出発しますねー」

 係の人がなんかいかにも電気が流れそうな、発電機っぽい機械のレバーを下ろした瞬間。

「HOOOOOOO!!!! YA――――――――HA――――――――!!!」

「わーーーー! なにこれーーー! 楽しいーーー! 景色もきれーーー! わあ! パンツ見えちゃう! あっ短パンだった! すごーーーーーーい!」

 ヒロイン二人は桃白白よりも勇ましく空中を駆けた。


 大涌谷に到着。俺はなぜか生きていた。

 フラフラの足取りでロープウェイ駅の出口に歩くと、涼とハチさんが待っている。

「あっ大ちゃん! ねーすごくなかった!? ちょう爽快だった!」

「そーかなー」

「景色もキレイだったよね!」

「見る余裕なかったわ」

「桃白白のキモチになれたよね!」

「なりたかないけどな」

「……大丈夫? 具合悪い?」

「俺は大丈夫だけどあいつが」

 ロープウェイ駅のベンチでうなだれる純を指さす。

 ハチさんと涼は慌ててベンチに駆け寄った。

「大丈夫? わっ……顔色が……」

「純くんすまねえ。ムリヤリ連れてきてごめんな」

 ハチさんと涼がそっと純の背中を撫でる。

「いえいえ……そんなことないですよ。ちょっと休めば大丈夫ですから。みんな先に行っててください」

 そうはいってもこんなに青い顔をしている幼馴染みを放って遊びに行けるほど薄情でもない。

「俺が看病しとくからさ。涼とハチさんは行ってきたら?」

 そういうと涼はぷくっと頬を膨らませた。

「私がそんなことできないって知ってるでしょ!」

 ……これは俺が悪かった。素直に謝る。

「んーーーそしたら」

 ハチさんがぼりぼりとアタマを掻きながら言った。

「帰りのタクシー呼んでもらってさ、ついでになんか飲み物でも買ってきてやるよ。三人で仲良く待っとけ」

「ありがとうハチさん」

「助かりますー」

「じゃあな」

 ハチさんはくるっと踵を返すと早足で去っていった。

「ふぅ……ちょっと調子よくなってきたかも……」

 純は顔を上げていかにもムリヤリといった具合の笑顔を見せてきた。

「いいから。黙って休んでろよ」

 優しくアタマを撫でながらそんな風に言ってやる。

 最近はだいぶよくなってきたようだが、小学生ぐらいまでのこいつはけっこう病弱でよく熱を出していた。そのたびにこんな風に看病をしてやったものだ。おかげでこいつの両親の俺への信頼は絶大で妹(三歳)を嫁にやってもいいとまで言っている。確か初めて俺にジャンプを買ってくれたのも実の親ではなく純の父親だった気がする。

 そんなことを考えながら純を介抱していると。

「……大丈夫?」

「うおっ!」

「わああああ!」

 目の前に一人の小さな女の子が立っていた。

(こ、こいつは……ただものじゃねえ!)

 俺たちに全く気配を気取られることなくふところに入ってくるこの動き。

(それにこの見た目……)

 ギラギラと眩しいくらいに輝く銀色の髪。西洋人形のような異様に整った顔立ち。それにこの山ん中に『べるぜバブ』のヒルダ、またはヤンジャンの『ローゼンメイデン』のようなゴスロリ服を着てくるガッツ。なによりもこの背中に背負った強烈なオーラ。さきほどは小さな女の子と言ったが、もしかすると何千年も生きているかもしれない。そんな雰囲気すら感じられる。

「なにか用……あっ……」

 その子は無言で純の額に手を押し当てた。

「――!?」

 そして彼の目をじっと見つめる。さすがの純も耳を赤くしていた。

「あの……えーっと……」

 銀髪の少女はか細く甘ったるい声で純にささやく。

「熱がある。医務室にいったほうがよいよ?」

 一瞬あっけに取られてしまったが、どうも実はいい人らしい。……たぶん。

「医務室あるんですか!? 場所教えてください!」

 俺は何故か敬語でそのように尋ねた。すると。

「連れて行ってあげる」

 そういうと彼女は純をいわゆるお姫様だっこの形で軽々と持ち上げた。

「あ、あの……」

 純はさすがに恥ずかしそうだが、そのお姫様だっこされる姿は異様にサマになっている。さすがは我らが男ヒロインである。

「ついてきて?」

 彼女はせかせかと歩き出した。

 俺は慌ててそのあとを追う。

「ん……? 涼どうした? 早く来いよ」

 さっきからずっと無言の涼の方を振り返ると。

「かわいいいいいいいいいい!!!! なにアレ! なにアレ!」

 涼は地団駄を踏みながらそのように叫んだ。

「銀髪! ゴスロリ! 幼女! うおおおお!」

 暴れすぎてキャップがアタマから落ちた。

「写真撮らせてくれないかなー! ちょっとセクシーなポーズしたヤツ! ダメかなー! 犯罪かなー!」

「いちご100%の真中みたいになってるぞ……」

 女の子のオタクってだいたい全員かわいい女の子が好きだけど、こいつはちょっとスペシャルだと思う。


 医務室は白いベッドがひとつ置かれているだけのシンプルな構成だった。

 ベッドに横たえてやると純はすぐにすぅすぅと寝息を立て始める。

 われわれ三人はそれを囲みながら談笑、というか涼が銀髪少女を質問攻めにしていた。

 彼女は殆どの質問に「ナイショ……」といって答えなかったが、ご希望通りツーショット写真は撮ってもらえたようだ。

「ありがとうー! ねえあとはさあちょっとあの辺りで四つん這いになって……」

「そのへんにしておけェい!」

「えー!? なんでー!?」

「ジャンプのエッチな漫画でやることを現実にやると捕まるからだ!」

 などと話していると。

「ん……」

 純がうっすらと目を開いて上体を起き上がらせた。

「純くん! 大丈夫?」

 さきほどまでよりは明らかに顔色がよくなったようだ。表情も明るい。

「ごめんな。騒いで起こしちまったか?」

「ははは。夢の中で大知と涼ちゃんの仲良く話す声が聞こえたよ」

 ううむ。それはもしかして純にとってはあまりいい目覚めとは言えなかったのではないか。

 そんな会話をする俺たちを銀髪少女はなぜか興味深そうにじっと見つめていた。

「あっ。ありがとうね。医務室教えてくれてわざわざその……ここまで運んでくれて」

 純は銀髪少女に笑いかけつつ「お名前は?」と問う。

 すると銀髪少女はツーテンポぐらい遅れて、

「ハナコ?」

 と疑問形で答えた。

(…………偽名?)

 俺は疑惑の目を彼女に向けたが、純は全く意に介するようすなく、

「ありがとう。ハナコちゃん」

 と微笑む。

 銀髪少女は立ち上がって純の真横に立った。そして。

「よかったね? 元気になって」

 純の右頬に手を当てると、

「えっ――――?」

 左の頬にほんの一瞬だけ口をつけた。

「じゃあ……ね?」

 そして幽霊のごとく音もなく医務室を出ていく。

 俺たち三人はしばし唖然。

 それから。

「ああああああああ! しまった! 今の写真撮りたかったあああ!」と叫ぶ涼。

「ええええ!? やめてよ涼ちゃん! いくらなんでも恥ずかしいって!」

「でもでも! 今の! この地球上で一番美しかったよ!」

「大袈裟な……!」

「なんにせよ。あの子はやはりタダモノじゃねえな」

 純は左頬を手の甲でぬぐいつつ苦笑いをしていた。


 医務室を出てロープウェイ駅の方に戻ると喫煙所にハチさんがいた。

「あっ! おまえらどこ行ってたんだよー」

 などとタバコの火を消しながら苦言を呈する。

「ごめんハチさん。医務室に純連れて行ってた」

「おお。そうか。その感じじゃよく休めたみたいだな」

「ええ。おかげ様で」

「じゃあどうする? タクシー呼んじゃったけど、キャンセルして観光していくか?」

 純はにっこりと微笑み頷いた。

「よっしゃ。じゃあとりあえず大涌谷の頂上を目指そう!」


「ほら見ろよ純、涼。アレが例のアレだよ」

「あーホントだ例のアレだー」

「アレだねー」

「……なんの話だ?」

「見てよあの山肌の黄色くなっているところ」

「ああ。硫黄だろ? 大涌谷名物だな。それがどうした」

「『Dr.Stone』で主人公たちが爆薬を作って霊長類最強の高校生『師子王司』を倒すため、箱根に硫黄を取りに来るっていう展開があるんだ」

「あー……ドクターストーンはちょっと読んでなかったな」

「箱根が舞台のジャンプ漫画ってそれぐらいか?」

「かなあ?」

「箱根の温泉が舞台のお色気漫画とかあってもいいのにね。涼ちゃんが好きそうな感じの」

「でもそれって幽奈さんとかぶるよ?」

「温泉の漫画かあ。少年ジャンプ以外ならジャンプスクエアの『しょんぼり温泉』とかジャンプ+の『温泉街のメデューサ』とかいろいろあるけどな」

「おまえら三人、どこにいても話題が一緒だな。ちょっとご当地要素があるけど」


「これこれ黒玉子。箱根に来たらこれ食べないとな」

「僕は初めて食べるな。ハチさん。なんで殻が黒いんですか?」

「これはここらで湧いている温泉で作ったゆでたまごでな。温泉のなんかの成分と玉子の殻のなんかの成分が反応を起こして黒くなるらしい」

「なるほど。つまりこの玉子は闇落ちしちゃったゆでたまご先生ってことですね?」

「その意味はわからんが、こいつは一個食べるごとに寿命が七年延びるらしいぞ」

「そうなんですか? じゃあ三十個ぐらい食べれば将来素でハチさんに会えますね」

「おお。それはいいアイディアだ。追加で買ってくるか」

「可愛いこと言ってくれるけどな。ムリだぞ」

「大丈夫いけるいける。キン肉マンに出てくる『ガンマン』なんて五十億年以上生きてるし」

「なるほどそれに比べれば二〇〇年なんか……ってバカ」

「あー向こうに玉子ソフトクリームっていうのがあるよ。僕食べようかな」

「あっ私もー。純くんいっしょに行こうよ」

「ホント甘いの好きだな。あいつら」

「二人で行っちゃったぞ。ジャマしに行かなくていいのか?」

「いいんだよ。あいつらああやってキャッキャいいながら甘いもん食うのが楽しいんだ。楽しいのをジャマしてまで得るものなんてないよ」

「大人だねえ」

「ホれた?」

「ちょっとだけな」

「ハチさんは食わなくていいのか? ソフトクリーム」

「私しゃ酒飲みだから」


「芦ノ湖のワカサギ釣りっていうと氷に穴開けてそっから糸垂らすようなヤツなのかと思ってたんだだけど。こういう普通の釣りもあるんだな」

「そりゃあ一年中氷が張ってるわけじゃないからな」

「大知。ジャンプで釣り漫画ってあったっけ」

「バカ野郎。あの地獄先生ぬーべーのコンビが描いた、名作短編レジェンド『ツリッキーズピン太郎』を知らんのか?」

「『釣りバカニッシー』っていうのもなかったっけ? 古――いジャンプをたまたま読んだときに見たような」

「おお。よく知ってるな涼。ハンターハンターの代原マンガ(※17)で有名なヤツだな」

「……有名?」

「まあ有名と言っても『さとふ』の方が有名だけどな」

「知らんわ!」

「『さとう容疑者』って言えばわかるか?」

「わからん!」

「そういえばウチのママの話なんだけどね。ワンピースのルフィが大好きなママさん友達に「あの釣りキチ三平みたいなヤツ?」って言ったらまじぎれされちゃったんだって。ウケるよね」

「ハハハ! 似てる似てる!」

「おまえらほんっとにジャンプの話しかしねえな。やれ頼もしいことよ」


 時刻は夕方の十八時。

 われわれは観光の『締め』として『かっぱ天国』の足湯に入っていた。

 湯本駅すぐそばの高台にある屋外足湯で駅周辺の景色を一望できるロケーション。二十世紀から現在に至るまで高い人気を誇っているらしい。

 お湯に足を浸すとじんわりと登ってくる暖かみが、ここ数日の疲れを癒してくれる。

「ジャンプでかっぱといえばやっぱりドラゴンボールのカッパー将軍だよね」

 などと純が足をぱちゃぱちゃさせながら呟く。

「だ、誰それ? アニメのオリキャラか?」

「いやれっきとした原作キャラだよ。ただし。名前が出てきただけで姿かたちは一切出て来てないけどね」

「むむむ。俺ですら知らないキャラを出してくるとはやるな。しかしジャンプで河童といえばやはり『みずの友達カッパーマン』ないし『河童レボリューション』であろう」

 そんな俺たちを横目で見ながらハチさんが呟いた。

「なあそういえばさ。おまえたちがそんなジャンプクレイジーになったきっかけはなんなの?」

「えーっと。私はこの二人の影響ですよ。小学生になってから。それまでは少女漫画しか読んだことなかったのにいつのまにかいっぱしのジャンプっ娘になってました」

 涼はそんな風に答えた。

 俺は首を捻りながら考える。

「初めてジャンプを読んだときのことは……うっすらと純の父親が買ってくれたような記憶があるんだが、正直よく覚えてないな。なにせ三歳のときのことだから。ただ――」

「ただ?」

「漫画を描き始めたきっかけは覚えてる」

「ほう」

「あーそれ私も聞いたことないかも」

「純。しゃべってもいいか?」

「ちょっと恥ずかしいけどいいよ」

 純は照れくさそうに笑いつつ指でOKサインを作った。

「確か小学校一年生のころだったからかな。純が楽しみにしていたある漫画がとてつもなく中途半端なところで突然連載終了しちまったんだ。そうしたら純が泣く泣く」

 純は手で顔を隠す。涼とハチさんはにっこりと微笑んだ。

「もうあまりに手がつけられないからさ。俺がその漫画の続きを描いてやったんだよ。そしたら泣き止んだ。もちろんひでー出来栄えだったけどな」

 涼とハチさんは感嘆の声を上げる。

「なるほどな。もしかして大知がうちき……短編レジェンド漫画が好きな理由ってそれか?」

「そうだな。それもきっかけだったかもしれない」

「逆に純くんは長期連載の漫画が好きになるっていうのがなかなか面白いな」

 それから涼も興奮した様子でコメントをくれた。

「へええ! 二人の間にそんなドラマがあったんだねえ! なんていうか、とっても素敵!」

 なにがそんなに嬉しいのかキラキラした笑顔で俺たちを見つめてくる。

「そうやって二人は絆を深めてきたんだねえ。未だに私も二人の間には割って入れない部分があるからなー。ちょっと寂しいけど羨ましいなァ」

「ははは……。そうなの……かな。僕にはよくわからないけど」

 純はなんとも複雑な表情で頭を掻いた。

 ――と。

「はうあ!」

 俺は唐突に漫画太郎の叫び声を上げた。非常に重要なことに気が付いたからだ。

「どうしたの?」

「俺たち! こっち来てから一秒も漫画描いてねえ!」

 思わず立ち上がって拳を握りしめる。

「そういえばそうだねー」

「そういえばじゃねえよ涼! おまえみやすのんきか!」

「だってまだこっちに来て三日目だよ?」

「バカか! プロを目指してるヤツが一日でも休むなんて許されねえよ! まして俺たちなんざライバル共に一歩も二歩も遅れてるんだから!」

「確かに大知の言うとおりだね。じゃあ今日は帰ったら漫画書こうね」

「純! てめえもみやすのんきかよ! 帰ったらとか悠長なこと言ってるんじゃねえ! いますぐだ! 今すぐ!」

「ええええ!?」

 そんなわけで番頭に紙と鉛筆を借りてきて、漫画描き大会IN足湯が開始される。

 足湯の机の上で漫画を描く様は大変注目の的であった。

「よし。じゃあインクもないし時間もあんまりないから一ページネーム対決と行こう。一ページ漫画を描いて面白かったら勝ち、つまんなかったら負け。判定はハチさんがやる。いいな」

「おっけー」

「腕が鳴るね」

 純と涼も最初は嫌がっていたがなんだかんだやる気になっているようだ。

「負けたヤツは夕飯抜きだからな」

「ええええええ!?」

「大知。そんな墓穴をボリボリして大丈夫?」

「やかましい! ホラ始めるぞ! 制限時間三十分!」


 ――三十分後。


 三人はゼエゼエ言いながらもなんとか一本を書きあげた。

「ふう……さあどうだ! ハチさん!」

 ハチさんは三枚の紙を睨み付けるように覗き込んでいた。思ったよりだいぶん真剣に読んでくれているようだ。

 彼女は三枚の紙から目を上げるとこんな風に呟いた。

「決められねえ」

「ん……? それってどういう?」

 この表情。恐らく厳しい評価をされるであろう。そう思ったのだが。

「どれも好きだから。決められねえ」

 そういってハチさんは笑った。

 漫画描き三人は顔を見合わせる。

「……気い使ってくれてんのか? 全部ダメならわかるけど全部おもしれえってのは」

「面白いかどうかは知らねえけどよ。私は好きだぜ」

「どういうところがですか?」純は真剣な目でハチさんに問う。

「おまえらがさ。漫画が、ジャンプが死ぬほど好きだってことが伝わってくるところ」

 俺たちは再び顔を見合わせる。

「……好きなのは事実だが」

「そんなの私たちだけじゃなくてみんなそうだろうし」

「それだけでは……」

「そうかな? 俺は誰よりも好きだ! って堂々と言えてそれを表現できるヤツなんてそういないんじゃねえか?」

 三人同時に全く同じ角度に首をかしげる。

 嬉しいことは嬉しい。しかし素直に喜ぶことができるかというとまた別の話だ。

「うーん。でもそれじゃあ勝負にならないなァ。ハチさん。強いて言って一番ダメなのは?」

 ハチさんは三枚を見比べながら言った。

「んー? そりゃあ大知おまえだよ。だって絵がヘッタクソだもん」

 俺は足湯に棒のように倒れ込んだ。

 この日の夕食は大好物のトンカツであった。



 そんな四人の様子をこっそりと覗いている者がいた。

 箱根の高級ホテル『富士屋ホテル』の最上階の窓際。

「いかが致しましょう」

 スーツ姿の女の声に、銀髪女は自作の超高倍率オペラグラスから目を上げる。

「ようやく発見したところで。始末致しますか?」

 銀髪女は甘ったるい声で答えた。

「今はやらない」

「なぜですか」

「かれらが開発している『Jcサーチャー』とやら。使えそう。でき上がるまでまつ」

「なるほど。確かにそうですね」

「それに――」

 再びオペラグラスに目をつける。

「あの子気にいった」

「あの子とはどの子のことですか?」

「あの子」

 と指をさす。

「……それではわかりませんよ。まあ誰でもいいですが、どうなさるおつもりで」

「えーとね――」



 その日の夜。

「じゃあよろしくね。大ちゃん」

「おやすみ。大知」

「ああ。おまえらもよく寝ておけよ」

 旅行でいっぱい遊んで疲れているが見回りをサボるわけにはいかない。

 純と涼のバトンタッチを受けて俺も任務を開始する。

 ――まずは。

(ハァ……。せっかくハチさんが機会を用意してくれたのに結局なんの進展もなかったなァ)

 そんなことを考えつつ『バオバブ苑』の廊下をとぼとぼと歩く。時間は昨日と違うが、二日連続で一緒に見回りをすることになったハチさんを迎えに行くためだ。

「えーっと。ここだったっけかな? ハチさーん」

 ハチさんの部屋のふすまを開いた。すると。

「!?!?!?! わああああああああ!」

「あああああ!? もうしわけ!」

 彼女はフリルの入ったワインレッド柄の下着のみを身に着けていた。

(華麗で美しい……それでいてどこか可愛いらしい! ハチさんにベストマッチ!)

 これはいわゆるラッキースケベである。本来であれば女の子は慌てふためき顔を真っ赤にして下着を隠し、キャラによっては「このエロガッパ!」などと叫びつつ星になるくらいのアッパーカットで俺を吹き飛ばさなくてはならない。のだが。

「わー! わー!」

 ハチさんは確かに慌てふためいていたのだが、どうも慌てている理由は下着を見られたからではない。

「どりゃあああ!」

 彼女は枕元に積まれていたジャンプコミックスにスライディングキックを食らわせて敷き布団の下に隠す。

 一瞬だけ背表紙に書かれた文字が見えた。

(『COOLGIRL』『ソードマスター』『ピュアハート』。そんなタイトルの漫画トラックにあったっけか?)

 ハチさんは額の汗を手でぬぐいながら叫ぶ。

「か、勝手に入ってくるんじゃねえよ!」

 下着姿で四つんばい状態。上目使いで俺を睨んでいる。

 これは大変扇情的としか申し上げようがない。

「そ、それは謝るけどさ。ハチさんが遅れるのも悪いんだぜ」

「まあそっか……。じゃあおあいこってことにするか……? なんか納得いかねえが」

「そんなことより。……いいのか?」

「なにが」

「その……格好というか服装というか」

 ハチさんは自分の格好を確認すると、ニヤりと笑った。

「別に。こんなもん減るもんじゃねえからいいよ」

 こないだ美人だとか言ったときはあんなに恥ずかしがっていたのに……。

 この人の感覚がいまひとつわからない。

「なんだったら写真でも撮っていくか?」

 そういいながら部屋に干してあった金色のジャージを羽織った。うーむ。この前がはだけている状態が一番エロい。あっジッパーが閉まってしまった。でもこの下だけ脱いでいる感じもよい。

「早く行こうぜ。見回りながら今日の反省会をしないとなあ。おまえ結局涼ちゃんになんにもしなかっただろう?」

 ジャージの下を履くと、俺の背中を無理やり押して部屋から押し出した。

 そしてそのまま廊下を俺を押しながら歩く。

「なんか恥ずかしいからやめてくれよ!」

 ……それにしても。

(ハチさんがあんなに慌てて隠さなくちゃいけない漫画っていったいなんだ?)

 もしかすると。よっぽど凄まじくエロいのだろうか。

 俺はジャンプの未来に希望を抱いた。

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