第10話 ジャンプ脳を鍛えよ 二日目

 翌日。

 この日もハチさんが作ってくれた絶品の朝食を食べたのち、我々は精神と時の部屋(みたいなところ)で修行を開始した。

「よおし。じゃあ模擬戦を始めよう」

 ひととおりサンドバッグを相手の技練習が終わったのち、ハチさんがそのように宣言する。

「模擬戦?」

「ああ。純くんと大知。おまえら二人で殴り合ってみろ」

「……あれ? 私は?」

「そんなことしたら危ないんじゃねえのか?」

「大丈夫だよ。言っただろう。ジャンプブレインをしている間は体も強化されるからそうそう死んだりせんって」

「ホントかあ?」

「ねえ……私……」

「いざとなったら私が回復してやるから。思う存分やるがいいさ」

「わかりましたよハチさん。とりあえずやってみようよ大知」

「ういーっす」

「わたし……」

 俺と純は部屋の中央に向い合って立った。

「それじゃあ……よーーーーーい……始め!」

 ハチさんの合図と同時に純が動く。

「かーーーめーーーーはーーーーめーーーーー波――――――!!」

(いきなりそんな大技――!)

 俺は冷静に身構えて――

「武士沢レシーブ!」

 かめはめ波を後方に弾き飛ばした。

「螺旋丸!」

「武士沢レシーブ!」

 今度は純の方に向かって跳ね返してやった。しかしこれは躱される。

「やるね! じゃあこれはどう? 邪王炎殺黒龍波――――!」

「まじかよおい!」

 こんなものを触ったら火傷では済むまい。

「BAKUDAN!」

 俺は爆発力を込めた拳を地面に叩きつけ穴を掘り、その中に身を隠す。

(おっそろしい破壊力。くわばらくわばら。幽遊白書だけに)

 黒龍波を凌ぎ切った俺は穴から這い出――

「飛び道具はダメみたいだね。それなら」

(こ、この構えは――!)

「飛天御剣龍奥義! 天翔龍閃!」

 純の手に逆刃刀が握られ、神速の剣技が空間を切り裂く。しかし。

「LIVELIKEROCKET!」

 一瞬だけ早く。俺という名のロケットが空中に突き抜けた。

「なに!?」

 俺は純の背後に着地。隙だらけな背中に抱きつく。

「あててんのよ!!!」

「しまっ――」

 純のカラダの至るところから噴水のように血が噴き出した。

「げげっ! やりすぎた……!」

 俺が慌てて両腕を離すと――

「大丈夫だよ。アレはニセモノだから」

「――!?」

 背後には純が不敵な笑みで立っていた。

「か、影分身の術!?」

「そうだよ。そしてこれが」

 純は俺の右手をそっと掴むと。

「兎人参化!!」

 と叫んだ。すると。俺の体の構造がなんというか、根本的に変わってしまった。

「ひっ! 大ちゃんが人参に!?」

「なんだその技!」

 目を丸くするハチさんと涼に純は笑顔で説明する。

「ドラゴンボールの最序盤に出てくる「兎人参化」の技ですよ。手を握った相手を人参にしてしまうという妙技です。もし喰らっていたらさすがの悟空もひとたまりもなかったでしょうね。兎の擬人化みたいなかっこうしててけっこうカワイイんだけど、序盤の敵の中ではかなりの強豪。でも悟空に如意棒で月まで送るっていうとんでもない大技を喰らって負けちゃった。月でしばらくは生きてたみたいですけど、亀仙人が月をかめはめ波で壊したときに死んじゃったと思われます」

 ハチさんは苦笑しながら純の肩に手を置いた。

「キミはキミでマニアックだねえ。まあ知っているくらいはファンなら当然として、ここまで再現できるくらい思い入れがあるってのが素晴らしいね」

「死ぬほど好きなんですドラゴンボール。世代ではないんですけどね」

「実に頼もしい」

 二人はお互いを見つめ合いながら拳を突き合わせた。

 実に爽やかで絵になるシーンだ。

「今のところはやはり純くんの方が一枚上手か」

「いや。でも紙一重でしたよ」

「二人とも凄かったねー」

 それはそうとボクは元に戻れるのでしょうか?


 その日の夜。

「いっせーの! せ!」

 ティッシュ箱から引いたクジを同時に見せ合う。

 今回『×』が書かれたクジを引いたのは俺とハチさんだった。

「よーし。じゃあ行こうぜ大知。純くんと涼ちゃんはしっかり寝ておくように」

「はーい。純くんよろしくねー」

 涼はニッコリ微笑みかける。純も負けないくらい可愛い笑顔を返した。

「ねえねえ。私すげーネボスケだからさ、寝過ごしちゃったら起こしにきてもらってもいい?」

「うん。もちろんいいよ」

「あっ! それなら!」

 俺の口から勝手に不必要に大きい声が出てきた。

「どうしたの? 大ちゃん?」

 純と涼はこちらを少し驚いた目で見る。

「その……。戻ってきたときについでに俺が起こしに行ってもいいかなーって」

 涼は困惑を顔に浮かべた。

「えーっと……私はどっちでもいいけど、あっいやどっちでもっていう言い方はアレだけどその……」

 すると純が苦笑しながら涼の肩を叩いた。

「大知に起こしてもらえば?」

「あ、うん……じゃあそうしよっかなー。ってゆうか。寝過ごさないように気を付けマス……!」

 ハチさんはその様子をニカっと歯を見せながら見ていた。


「どうだったよ。人参にされた気分は」

 星の王子様ミュージアムの庭を歩きながらハチさんはそんなことを問うてきた。

 今日も月が綺麗である。

「なんだろう。ちょっといい気分だったよ。なんか体が軽くていい匂いがして」

「ほお」

「でも負けたのは悔しかったな。ヤツとの勝負に」

「おまえらはライバルだもんなあ。色んなイミで」

 ハチさんは俺の肩にそっと手をまわして微笑んだ。

「……わかります?」

「ああ。だだ漏れだよ」

「ハチさんから見てどうですか? 戦局は」

「わっからーん。あの子は意外と自分の本心を隠すのがうまいね。無邪気そうな顔して」

 なるほど言われてみればそうかもしれない。

「いずれにせよ。まだまだどちらの勝ちも遠いと言わざるをえん」

「ですよねえ。なんか見えない壁みたいなのを感じるんだよなー」

 昨晩のことを苦味と共に思い出す、俺の指先は涼の手の甲までしか届かなかった。

「うん。あの子はなにか隠し事をしているね」

「そう……なのかな?」

 思い当たる所がないこともない。

「私はなんとなく想像がついているけどね。どんな隠し事なのか」

「えっ! それは!?」

「いやいや確証もないのに言うわけにはいかない。全然当たってなかったらあの子に申し訳ないだろ」

「……意外と律儀なことを言いますねェ」

「その壁さえ取り払うことができればなんとかなると思うぜ。決して大知のことを全く意識していないわけではないはず」

「そっか……それとあとは。純ですね」

 ハチさんはふうむとアゴに手を当てる。

「純くんかあ。涼ちゃんの方は純くんに対してはあくまで友達、ってゆうか女の子と同然に思っているように見えるね。平気で部屋に起こしにこいとか言うあたり」

「あー。見た目的にですかねえ」

「純くんの方は全く読めない。一体なにを考えているのやら。涼ちゃんのことを意識しているようにも見えるけど、全く違うことを考えてるようにも見えるなあ」

「そうか。実は俺もよくわからないんです」

 二人してうーむと考え込む。

 ――しばらくして。

「しかしよお。なんだか懐かしいなおまえらを見てると」

 ハチさんは大きく伸びをしながら呟いた。

「懐かしい? なにが?」

「いや私も似たようなことで悩んでたなって思って」

 それを聞いて思わずテンションが上がってしまう。

「それって男二人がハチさんを取り合ってたってこと!? いやハチさんだったら女二人か!」

「いやそんな色気のある話じゃなくてな。まあ軽く身の上話をしてやろうか?」

 ハチさんは夜空を仰ぎながらフーっとタバコの煙を吐き出す。タバコ吸う女なんて……という人にはわりいが、俺はセクシーでかっこいい仕草だと思った。

「私さ。じいちゃんの助手をやってたんだよ。ガキの頃から」

 そういってベンチに座る。俺も隣に腰を下ろした。

「ジャンプブレインを作った天才科学者のじいちゃんだよな。すげえじゃん」

 ハチさんは照れ臭そうにアタマを掻いて苦笑。

「私自身は科学というか理数系の才能はゼロだったんだけどな……。まァ力仕事とか機材を運搬するトラックの運転、飯を作るのが主な仕事だったよ。本当のイミでじいちゃんの助手と言えたのはもう一人の方だった」

 ふむ。その人が重要人物というわけだ。

「十蔵寺レンって言ってな。私と同い年の女なんだが、こいつはマジで天才だった。才能だけならじいちゃんよりも上。見た目もまたこれが可愛くてな。小っちゃい体に真っ白な肌、いつも黒い服を着てまるでお人形さんだったな」

「地獄戦士魔王のシス子ちゃんみたいな感じか?」

「たぶんな! 知らんけど! でもちょっと性格に難があったんだ。いやまあ根は悪いヤツじゃあなかったと思うが」

 ハチさんは複雑な表情で煙のわっかを作った。

「そいつはさあ。じいちゃんの親友、科学者仲間の子供だったんだよ。年取ってから出来た子供だからエラい可愛いがってたらしいんだけど、可哀想に両親が早くに死んじゃってな。それでウチのじいちゃんが引き取った」

 なるほど。漫画みたいな話だ。

「だからずーっと三人で生活してたんだけど、なんつーのかな」

 ハチさんはタバコをペンを回すようにして右手の中でクルっと回転させた。

「じいちゃんはレンのことを本当に愛していたし、レンもじいちゃんのことが大好きだった。けどな。あいつはじいちゃんが本当に愛しているのは実の孫であるハチミであり自分ではない。そんな疑念をずっと抱いていたみたいだった」

「うーん……それは悲しいな」

「だからさ。レンとはずっとぎくしゃくしっぱなしだった。二人っきりのときはお互いずっと無言でジャンプ読んでたっけ。私はあいつのことがスキだったんだが」

 タバコをポーンと放り投げて口でキャッチする。

「今でも思うよ。私がレンにもっと歩み寄ってやればよかったんじゃないか。そうすればもっと楽しく過ごすことできたし、じいちゃんに愛されていないなんて疑念も晴れたんじゃないか。ってな」

「今その人はどうしてるの?」

「知らない。じいちゃんの葬式が終わったその日にどっかに消えちまった。それがもう三年前の話」

「ああ。なんか勘太郎さんとそんなこと話してたな」

「うん。勘さんもレンのことは気にかけてくれてたよ。――まあともかく」

 ハチさんは俺の肩に強烈なモンゴリアンチョップをぶちかました。

「おまえには後悔して欲しくねえからさ、頑張れよ」

「あ、ああ」

 非常に暖かい言葉だが、こういうときは本当ならもっと優しく肩をポンと叩いたりするものではないだろうか。

「あっ。そうだ」

 ハチさんはパチンと手を合わせた。

「あしたはデートにでも行ってみるか?」

「えっ!? どういうこと?」

「だから。明日は修行は休んで箱根観光でも行こうって言ってんの」

「ええええっ!?」

「なんだ? イヤなのか?」

「いやじゃないけど。大丈夫なのか?」

「ああ。あんまりオーバーワークはダメだからな。おまえら昨日今日で頑張りすぎだよ。ちょっとは脳を休めないと」

「そっか。そういうことならいいんだけど。五人で行く感じ?」

「勘さんはたぶんこねえだろうな。一応誘ってみるけど。だからまあダブルデート形式だな」

 漫画ではよく見るが実際に体験するのは初めてだ。

「私を口説いても別にいいんだぜ」

 などとタバコに火をつけながらガハハ! と高笑いする。彼女らしくて大変魅力的な仕草だ。口説きたくなるかというとアレだが。

「ハチさんは彼氏とかいないのか?」

「教えねえよバカ! 殺すぞ!」

 急にキレた! 絶対いない!

「黙っていれば美人なのに」

「ハァ! なに言ってんだテメーバカ野郎そんなわけねえだろうがボケ! まあてめえよりはマシだけどな! ハゲ! 死ねー!」

 顔真っ赤。二十五歳というものなかなか難しいお年頃らしい。

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