第9話 ジャンプ脳を鍛えよ 一日目
……チュンチュン。翌朝目を覚ますと。
「よお。昨日はよく眠れたか?」
目の前にハチさんの顔があった。独特のニカっと歯を見せる愛嬌のある笑顔。どうやら昨日のことはもう気にしていないらしい。
「……ここは?」
あたりをぐるっと見回す。――そこは和室だった。渋い緑色の襖に真っ白な障子、それに畳のいぐさの香り。となりを見れば純が赤ちゃんみたいな寝顔で鼻ちょうちんを膨らませている、
「なあに寝ぼけてんだ? 『バオバブ苑』の客室だよ」
「ああ。そっか。夢じゃなかったんだなァ。やっぱり」
「夢オチの方がよかったか? シャーマンキングの最終回みたいに」
「そんなことないよ」
「じゃあ起きた起きた」
「うん。それはいいけどハチさん」
「なんだ?」
「なんで裸エプロンなの?」
そういうとハチさんは恥ずかしそうに両手で胸の辺りを隠した。
「バ、バカ野郎! これはタンクトップとショーパンの上からエプロンをしてるだけだよ!」
と社交ダンスのように体を回転させる。ピンク色のエプロンの裾がヒラっとなびいた。
「早く顔洗ってロビーに来い。朝飯できたからよ。純くんも起こしとけよな」
ハチさんは踵を返し、部屋から出ていく。
俺はしばしボーっと天井を見上げたのち、隣で眠る純の肩をゆすった。
「ん……おはよー……むにゃむにゃ……もう食べられない……」
なんともベタというかあざとい寝ぼけ具合である。
「食べられないとか言ってるんじゃあない。もう朝飯らしいぜ」
「あさごはん……?」
「ああ。ハチさんが作ってくれたんだって」
「へー意外―」
「だよな。でもなエプロン姿めちゃくちゃ可愛いかったぞ。早く起きて一緒に見よう」
「うんー」
ロビーに着くと既に涼がテーブルに座っていた。彼女は昨日のお風呂の件を怒っているらしく、俺の顔を見るやほっぺたを膨らませてぷいっと横を向いた。
「涼。ごめんよ。出来心だったんだ」
「ばか」
「なにも見えてなかったからさ」
「ふんだ。そういう問題じゃないもん」
純とハチさんはそれを見て苦笑。
「まあ許してやんなよ。どうせ勘さんにそそのかされたんだろ」
「あれ? そういえば勘太郎さんはまだ起きてないんですか?」
「開発で忙しいから飯いらんってさ。あの人一度始めると完成するまでバキバキに集中しないとダメなタイプなんだ。とにかく。冷めるからさ、先に食っちまおう」
ハチさんが用意してくれた朝食はトーストとポタージュスープ、それにスクランブルエッグ。
「おお。なかなかインパクトのある見た目だ」
「ハチ考案・テキトウ式スクランブルエッグだぜ」
皿の上に豪快に山盛りに盛りつけられた卵の上に、ぶつ切りの豚肉やでっかく切られた角切りトマトがゴロゴロっと転がっていた。見た目にはかなり荒っぽいが――
「「「うんまあああああああああああああああああい!!!!」」
三人揃ってトニオさんの料理を食べた億泰のようなリアクションをしてしまった。
「これは……まさに……豪快にして繊細……!」
「ふんわりとキメが細かく絶妙な仕上がりの玉子と、豪快にぶつぎりにされた豚肉とトマトが綺麗なコントラストを描いている!」
「玉子がシャッキリポンと舌の上で踊るわ!」
ハチさんはドヤドヤっと腕を組んで胸を張った。
「いやあ。これはいいお嫁さんになるわ」
俺がそのように述べるとハチさんはテーブルを叩きながら立ち上がる。
「ハァ!? なに言ってんだてめえ! 人からかってっと命をお亡くなりにすんぞクソ野郎テメエコラア!」
「ハチさん可愛い」
「可愛いなァ」
俺と純は笑顔で顔を見合わせる。すると。
「な、なんだよー! 私だって料理くらいできるし!」
なぜか涼が頬をふくらませた。
「なにも言ってないが」
「心の声が聞こえたもん! ハチさんマジ天使! それに比べて涼のクソ金華ハムミニ子豚野郎は……って!」
「架空の心の声を聞くのはやめろ!」
「へぇー。料理できるのかあ。じゃあ夕飯はキミらが作ってくれや」
「ううう……そんな……しまった……」
涼は墓穴を掘った。
昔のジャンプ放送局的にいえば墓穴ボリボリ(※13)である。
朝食を完食したのち、みんなでゆっくりコーヒーなんぞ飲んでいた。
時刻が十時を周ったところで――
「おっと。そろそろ準備をせんと」
ハチさんは立ち上がって客室の方へ向かった。
「準備?」
数分後、例の金色のジャージを着て、でっかいボストンバッグを肩にかけて戻ってきた。
「なにが始まるんだ?」
「おいおい。昨日言っただろう。修行をするんだよ」
「ああ! そっか! よっしゃああ! 腕が鳴るぜ!」
「楽しみだね」
「ちょっと怖いけど……」
「では修行場にご招待」
ハチさんについて客室のさらに奥に行くと。そこにはなんかすごい部屋があった。
「驚きの白さ……」
「なんかサイコな感じですね。情報量の少なさが半端じゃない」
床にも壁にも天井にも、入口のドア以外はなにもオブジェクトが設置されておらず、さらに全面が白いペンキで塗りつぶされていた。広さは学校の体育館ぐらいだろうか。
「これが私がジャンプブレインの修行用につくった『精神と時の部屋』だ!」
「そっか! なんか既視感があると思ったら!」
『精神と時の部屋』とは。ドラゴンボールに出てくる、一日で一年分の修行ができるという神秘の部屋である。アレもこんな風に一面真っ白でだだっぴろいルームデザインだった。まァ修行をするには最適な場所であろう。ただし。ハチさん以外はみんな旅館の浴衣姿というのが何ともしまりがない。着替えを持ってくるべきであった。
「あの部屋ってたしかその中で一年間すごしても、外では一日しか経ってなかったと思うんですけど、ここもそうなんですか?」
涼の質問にハチさんは呆れた様子で答える。
「なに言ってんだ。そんなわけないだろう。漫画じゃないんだから」
「ええええ……。だってタイムマシンとかジャンプブレインとかはあるじゃん」
「この部屋って元々宴会場にする予定の部屋を白く塗っただけだぜ。そんな特殊効果が発動するわけないだろう」
「そうかもしれないけど……。なんか納得いかないなァ……」
「まあともかく。さっさと修行を始めよう」
そういうとハチさんはボストンバッグからジャンプブレインを取り出し、俺たちに渡した。
「それで? 具体的にはなにをすれば?」
純が可愛らしい感じにちょっと斜めにずらしてジャンプブレイン被りながらそのように問う。
「難しく考えることはねえよ。基本的にはやってやってやりまくるだけさ」
「それならワリと得意分野です。漫画描くのもそんな感じですし」
「ただし。ひとつだけちゃんと意識してやってくれ。いいか? ジャンプブレインでの闘いってのは「イメージする」→「叫ぶ」→「イメージする」→「叫ぶ」っていうことの繰り返しだ。すなわち。『力をチャージする』→『解放する』の繰り返し。チャージが少なすぎれば威力不足になるし、チャージが長すぎればかわされちまう。そのバランスが大事だな」
純はにっこり笑いつつ「ハーイ」と答えた。
「おう。いい返事だ。じゃあ純くんからやってみな。いいかこれをだな――」
ハチさんはボストンバッグから大きなサンドバッグを取り出す。
「こいつをポーンとほおり投げるからさ、空中でジャンプブレインをぶちかまして撃墜して見せろ」
サンドバッグにはマジックかなんかで大きく『総理大臣』と描かれていた。なるほど仮想敵というわけだ。純は笑顔でOKサイン。
「じゃあ行くぞー。そおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいい!」
ポーンとほおり投げるというゆるい感じの言葉とは裏腹に。サンドバッグは高い天井のてっぺんにブチ当たらんばかりの勢いで急上昇した。
(この人ジャンプブレインなんかなくても、戦闘力200くらいはあるんじゃ)
バッグは天井近くで一旦停止、その後急降下してきた。
「えーっと」
純はそっと目を閉じて両手を合わせたのち、
「行くよ!」
カッと目を見開いて叫んだ。
「ゴムゴムのガトリング!」
純の両腕はすさまじい勢いで伸び、アッパーカットのようにサンドバッグを捉えた、
「す、すげ……!」
下から突き上げられたサンドバッグは再び急上昇。純はさらに追い打ちをかける。
「大玉螺旋丸!」
「霊丸――――――!!」
「デトロイトスマッシュ!」
「北斗百裂拳! アタタタタタタタ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーーーーーー!!!」
「かーめーはーめーーー波―――――――!」
次々とジャンプの新旧看板漫画の主人公たちの必殺技を繰り出す。
サンドバッグは焼け焦げ、ぶっ壊れ、切り裂かれ、中身をぶちまけながら床に落下した。
「ふう……」
見学者たちは口をポカンと開けてしばし沈黙。
「どうだったかな?」
純はそういってこちらを振り返る。涼と俺は思わず叫んだ。
「純くんすごすぎー!」
「天才キャラじゃん! 見た目通りかよ!」
ハチさんも苦笑しながら手をパチパチと叩いた、
「すげえな。私がさっき言ってたチャージと解放のタイミングが完璧だ。それにベースとなるイメージ力も半端じゃない。おまえどんだけジャンプが好きなんだよ」
「三歳のときから読んでますから」
爽やかな笑顔でブイサイン。ニクいヤツである。
「よーし! じゃあ次―。涼ちゃんいってみようかー」
涼は目をまんまるにして自分を指さした。
「ええええ~? めっちゃハードル上がってるじゃないですかーー」
「い・い・か・ら! ホラいくぞー」
そういうとハチさんはさきほどと同様にサンドバッグをブン投げた。
これに対して涼は。
「えーっとえーっと」
純の真似なのか目をつむって両手を合わせた、
やがて。
――ズドーン! という大きな音。
これは。サンドバッグが無傷のままで床に落ちた音である。
「あの……涼……?」
涼はまだなんかブツブツいいながら目を閉じている。
それからややあってようやく――
「いちごパンツ!」
涼がそう叫ぶとどこからともなくいちご柄のパンツが現れサンドバッグに被さった!
「……」
「……」
「……」
それを見せられた三人は沈黙。
「えーっと……。マジカルゴリラ!」
涼は追撃の言葉を放った。これはラブコメ漫画『ニセコイ』のスピンオフ作品『マジカルパティシエ小咲ちゃん!!』にてヒロインのひとり桐崎千棘が変身する姿である。
(おっ。これは涼がマジカルゴリラに変身するのかな?)
――と思ったら。
「ウホ?」
なぜか。突如、修行場にリアルゴリラが出現した。
「ウホウホ」
彼(彼女?)はキョロキョロと辺りを見回すと、
「ウッホー……」
きまずそうにアタマを掻きながら部屋を出ていった。
「……」
「……」
「……」
「あ、えーと……じゃあ今度は『しっぽビーム』!!」
今度は『TOLOVEる』のヒロイン、ララ・サタリン・デビルークの必殺技を繰り出す。
(おお……今度は成功か? 涼のおしりから尻尾がはえて――)
「!? ぎゃああああああああああ!」
しかし。涼のおしりから放出されたビームは真後ろに立っていた俺に直撃!
「ああああ! ごめんなさい!」
涼は俺のほうに駆け寄ると――
「えーっとその……コバンザメ!」
俺に後ろから抱きついてきた。
「ええと……?」
「その……」
なんか気まずい沈黙。ハチさんがおでこを抑えながら問う。
「なにをしとるんだおまえ……」
「知らないの? 電影少女ですよ」
電影少女とは。ジャンプ伝統のちょっとエッチな漫画の中でも屈指の名作といえるSFラブコメディである。エロすぎてPTAから目をつけられたり、単行本の三巻が山口県で有害図書指定を受けたりもしたがとにかく名作である。作者はジャンプエロ漫画界の巨匠桂正和氏。最近でも大ヒットアニメ『タイガー&バニー』のキャラクターデザインを務めるなど活躍中だ。
「ああ……なんとなく知ってるけど……なにがしたいんだ?」
「しっぽビーム食らわせちゃったぶんが回復するかなーと思いまして……」
『コバンザメ』というのは『なぐさめてあげる』というタイトルのエロビデオから飛び出してきた電影少女あいが主人公のヨータを慰めるために(?)繰り出す抱きつき攻撃である。
確かにジャンプブレインを介すれば回復技になってもおかしくはない。
しかし。うーんこれは回復すると言うより……。
「涼ちゃん涼ちゃん」純が冷静に突っ込む。「あの技はね。貧乳のあいちゃんが繰り出すからなんか可愛くて癒されるんだよ。涼ちゃんがやるとその……」
背中に伝わる柔らかくそれでいて弾力のある妙なる感触。
(考えてみれば。『あててんのよ』と『コバンザメ』って同じ技だな。ジャンプの伝統って奴か?)
涼は俺の背中でわあああ! と叫んだ。
「べ、別に私そんな巨乳ちゃうし! あっ……でも比較でいえば……」
などとハチさんの胸部を見ながらホザく。ハチさんはスパーンと涼のアタマをはたいた。その勢いで背中からコバンザメが離れてしまう。少し寂しかった。
「涼ちゃんはさあ。ジャンプブレインの使い方以前にもうちょっと実戦的な技を使うようにした方がいいんじゃないか?」とハチさんのアドバイス。
「実戦的かあ……」
「それに純くんに比べたらちょっとイメージ力が足りないな。もっと一番お思い入れのある漫画でやったほうがいいぞ」
「うっ……!」
なぜか涼はきまずそうに目を逸らす。
「まあとにかく。ちょっと考えておいてくれ」
「はあい……やっぱ私ってダメダメだなァ……」
ひとまずこれで涼のターンは終わりらしい。
次は。
「ようやくこの俺の出番か」
ポキポキと指を鳴らしながらザッっと前に出る。
「おっ。気合十分だね。じゃあ頼むぜ」
ハチさんは一瞬二ヤリと笑うと、
「そおおおおい!」
サンドバッグを上に放り投げるのではなく、槍投げのごとく俺に向かってブン投げてきた。
――俺の口からとっさ出てきた言葉は、
「武士沢レシーブ!」
あの名作短編レジェンド漫画のタイトルであった。バレーのレシーブの要領でサンドバッグを上空へ吹き飛ばした。
(よし追撃だ!)
「LIVELIKEROCKET!」
ロケットで突き抜けろの名セリフ(?)を叫ぶや俺のカラダはまさにロケットのごとく上昇、サンドバッグに追いついた。いやむしろ追い越した。そして。
「あててんのよ!」
空中でサンドバッグを捕捉、抱き枕のごとく抱きついてうっすい胸板を押し当てた。
するとサンドバッグは内部から溢れだしたスケベパワーにより爆発を起こす。
(よし……! 決まった!)
俺は空中でドヤ顔。しかし。
「うおおおおおお!?」
俺もサンドバッグにつづき万有引力の法則に従って急降下。
やべえ! アタマから落ちる――と思った瞬間。
「ゼログラビティ!」
純が『僕のヒーローアカデミア』のヒロイン麗日お茶子の、重力を無効化する技で俺を救ってくれた。
「サンキュー。ヒロインの技も使いこなす辺りがおまえっぽいな」
「あ、あははは……」
純は少々複雑な顔で頭を掻く。
「おお。素晴らしいじゃないか」
ハチさんがパチパチと拍手をしてくれた。
「だろう? 当然だね!」
滅多に人に褒められることのない俺は天狗のように鼻を伸ばす。
「だがモトネタが全然分からん。ホントにジャンプに連載してた漫画なのか? 二十一世紀初頭あたりのジャンプは好きでよく読んでたんだが」
「な、なに言ってるんだ! いいか武士沢レシーブは――むぐぐ――!」
また長々と文庫本二ページ分ぐらい語りそうになった俺の口を涼が抑えた。
「まァでもその方が敵にも予想がつかなくていいかもな。なんにせよ素晴らしい」
「でもさちなみにさ――」
俺はちらっと横に立つ男を見つつ「純とどっちがよかった?」とハチさんに問うた。
少年ジャンプ三大原則「勝利」「友情」「努力」のうち長男的存在と言えるのは「勝利」。例え親友が相手とはいえ負けるわけにはいかない。
「それはまあ。純くんかな」
だがハチさんはあっけらかんと言い放った。
「えーーー?」
「ジャンプブレインを使うセンスとかイメージ力、すなわち漫画への愛情は互角だと思うが、技の威力そのものは純くんのほうが上だな」
そういって床に転がったサンドバッグ二つを指さす。
純が攻撃にしたほうのサンドバッグは殆ど原型をとどめないくらいボロボロになっているが、俺のほうは外身の革が破けたという程度である。
「ですよねー。メジャーな漫画の技の方が強いのは当然といえば当然かな」
純は爽やかなドヤ顔でハチさんと顔を見合わせた。
「まーなー。それに最後落っこちる所助けてもらってりゃ世話ねえや」
「ち、ちくしょう! 見てろよ! 修行期間中に短編レジェンドの最強を証明してやる!」
俺は地団駄を踏みながら拳を握りしめる。
「おお。よくわからねえが切磋琢磨するのはいいことだな! 二人で競い合ってガンガン実力をのばしてくれよな! ガハハハ!」
「ふ、二人? 私は~?」
――そうこうしているウチにもう夕方。
本日の修行はここまでということに相成った。
軽くシャワーを浴びて汗を流したのち、
「さてと。じゃあ始めるか」
われわれはエプロンをしてロビー奥にある調理場に佇んでいた。
「ホントにやるの? 大知」
「大ちゃんが料理うまいのは知ってるけど、私なんか料理とかダメダメOfダメダメだよ? そもそも献立をドーピングコンソメスープ(※14)ぐらいしか知らないし」
涼は爽やかな水色のチェック柄のエプロン、純はピンク色で上半身がハートの形になっているAVみたいなエプロンを着ていた。どちらもよく似合っている。
「俺だって別にうまかねえよ」
親父とおかんがあんま家にいないから毎日弟と妹のメシを作ってるだけだ。テキトウに見よう見真似でやってるだけで、料理の本を読んで勉強したことなんぞ一回もない。
「いや大ちゃんじゅうぶんうまいって。調理実習のときの一瞬だけ激モテしてたじゃん」
「それにさ料理の腕なんか関係ねえよ。俺たちにはジャンプとジャンプブレインがある」
「ええ? ジャンプブレインがなんの関係が」
「おいおい。マガジンやサンデーよりは少ないがジャンプにも料理マンガはたくさんあるぞ」
「――ああ! そっか!」
「純。おまえの好きな料理マンガは?」
「『トリコ』かな。涼ちゃんは?」
「『食戟のソーマ』」
同じ料理をテーマにした漫画でも純が大好きな王道バトル漫画と、涼が大好きなエッチ漫画の両方が存在する。この辺りが少年ジャンプの懐の深さである。
「ちなみに大ちゃんはなにが好きなの?」
「俺は『トンカツDJアゲ太郎』だな。厳密には少年ジャンプじゃないし、全十一巻出ているから短編レジェンドとは言えないけど」
「……アレってそもそも料理漫画なのかなあ?」
出来上がった料理をロビーのテーブルに並べる。
ハチさんは素晴らしい笑顔でその様子を見つめていた。
食わねえと死ぬぞ! っていってムリヤリ連れてきた勘太郎さんも顔色はボロクズながらも穏やかに微笑んでいる。
「いやあ。嬉しいねえ。わたしゃあここ十数年ずーっと作る側でさ、作ってもらったのなんていつぶりだろう」
そういってガハハと高笑い。
(……たしかハチさんってまだ二十五だって言ってたよなあ)
そうなると。十数年も自分で作っていたというのは恐らくなにか事情があるのであろう。
まだちょっとそこまで立ち入ったことを聞く度胸はない。
「そういえばハチ」と勘太郎さんが彼にしてはトーンの低い声で言った。
「なんだい」
「レンちゃんは今どうしている?」
それを聞いた途端。ハチさんの表情は暗くかげった。
「わからない。じいちゃんの葬式以来、まったく連絡が取れない」
「そうか……」
勘太郎さんの悲しそうな顔をこのとき初めて見た。
テーブルをやや重い空気が包みこむ。そんな中――
「レンさんって誰ですか?」
涼がまったくわるびれる様子なくそんな風に尋ねた。
「わーーーバカーーーー!!」
俺は涼のアタマにチョップを喰らわせつつハチさんに謝る。
ハチさんと勘太郎さんは苦笑。
「別にいいけどよ。あんまり楽しく話すような話題じゃないんだよな。少なくともせっかく作ってくれた料理をおいしく頂く前にする話じゃない」
「うう……ごめんなさい」
「別に怒っちゃいないよ涼ちゃん。まァそのうち話すさあ」
テーブルにきまずい空気が流れる。
こういうときにいつも活躍してくれるのは――
「そういうことならとりあえずは!」
純の爽やかで明るい笑顔である。
「食べましょうか! 僕たち三人の特製料理!」
「そ、そうだね! お上がりよ!」
「ああ。頂こうかな」
「それではすべての食材に感謝を込めて……いただきます!」
純が作った料理を食べた途端、ハチさんの体はピカピカに輝いて大幅にパワーアップした。
涼が作った料理を食べた途端、ハチさんはなんかエロい感じになった。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
勘太郎さんは食事が終わるやすぐにいそいそと研究室に戻る。
「勘太郎さん。ああいう見た目で天才科学者っていうのかっこええなあ」
「そうだな。純はジャンプキャラで天才科学者って言ったら誰を思い浮かべる?」
「やっぱり則巻千兵衛だよね。ドクタースランプの」
「とらぶるのティアーユ先生かなー」
「バカおまえら。Sporting Saltの塩谷浩之に決まってるだろ」
「いや誰だよ」
俺たち四人はしばらくロビーで談笑していた。
ふと時計を見ると。
「もう十一時か。そろそろ寝たほうがいいかな」
そのように提案すると、ハチさんは少しすまなそうにアタマを掻きながら言った。
「あのさあ。今日の朝ちょっと考えたんだけど。『見張り』がいたほうがいいじゃねえかな?」
「見張り?」
「ああ。またいつここも奴らに見つかるかわからねえだろ?」
「確かにそうだなァ」
「私ら四人で二チームに分かれてさ、片方は地上で見回り、もう片方は寝るっていうのはどうだ」
もちろん異存はない。純と涼も問題なしだそうだ。
「じゃあ先に寝る方をクジで決めようぜ」
ハチさんはテーブルの上のティッシュ箱から中身を取り出し、代わりに四枚中に二枚には〇印が、残りには×印が描かれた紙片を投入した。
「〇のヤツが先に寝て、×のヤツが見回りな」
「なるほど。天下一武道会の組み合わせを決めるヤツみたいだな」
「僕はカイジを思い出したけど」
「バカヤロウ。そいつは他社だ」
四人全員がクジを引き終えて、
「いっせーの!」
同時に札を見せ合う。
結果。〇マークがついた紙片を引いたのはハチさんと純。
×マークを引いたのは俺と涼だった。
「じゃあおめーら二人、仲良く星の王子様ミュージアムデートをしてこい。なにかあったらすぐに起こしにこいよ」
ハチさんがそういうと――
(またこの感じだ……)
純が俺と涼のほうをなんとも含みがある目で見つめてくる。そしてこんな風に言った。
「よかったね。大知。楽しんできてね」
笑顔ながらも目が一向に笑っていない。
(なんか……けっこうあからさまにイヤですって感じを出してきたなァ)
チラっと涼の方を見る。特段いつもと変わらないほわーっとした表情を浮かべていた。
ともあれ。我々は二人で星の王子様ミュージアムの散策を始める。特にミュージアムの屋外展示、王子やキャラクターたちの像が置いてある辺りを中心的に見回ることにした。
外はよく晴れて星たちやまんまるい月がよく見える。
「りょ、涼さあ」
「なに?」
「月が綺麗ですね」
「ねーほんと。サイヤ人なら大猿になっちゃうね。もしかしてベジータが作ったヤツかもね」
「は、ははは」
夏目漱石がアイラブユーを月が綺麗ですねと翻訳したというのはどうやら都市伝説の類らしいが、夏目漱石著「三四郎」の文庫版の表紙を「銀魂」の空知先生が描いたことがあるというのは紛れもない事実である。
「ねえ。今日はごめんね」
「ん? しっぽビームのことか? いいよ。別に大して痛くもなかったし」
「そ、そっか。そう言われるのもちょっと複雑だけど……」
「俺もごめんな。その昨日は」
「じゃっかんまだ怒ってるけど、もう気にしなくていいよ」
そう言って涼はイタズラっぽく微笑む。無邪気で屈託のない笑顔だ。
こういうところがズルいと個人的に思う。
「いやーそれにしても」
涼はミュージアムの中央に置かれた「地理学者」の像のアタマをペチンと叩きながら呟いた。
「こんな漫画みたいなことが私の人生にホントに起こるとは思わなかったよ。漫画の中でもだいぶん荒唐無稽な部類じゃないかな」
「……ごめんな。巻きこんで」
「ははは。いまさらだよ。私の人生はここ数年、大ちゃんに巻きこまれて巻きこまれて生きているようなものだし」
「そうか?」
「だって。大ちゃんに出会わなければジャンプなんか読むこともなかったかもしれないし」
そういえば。出会ったころの彼女は少女漫画が大好きで絵が上手な普通の女の子だった。
「それにさ。お母さん言ってたよ。漫画家に一番大事なのは実は『経験』だって。人生が面白くないと漫画もおもしろくなりっこないって」
「なるほど。そうなのかもしれないな」
彼女が言っているのであれば説得力はある。涼の母の漫画はジャンプ狂の俺であっても舌を巻かざるを得ないほどに面白い。
「そう考えると。この冒険って私たちにとって有意義なものなんじゃないかな。もしかすると漫画家になるためにカミサマが用意してくれた試練かも」
「どうかわからないけど。そういってくれるとこちらとしては気が楽だ」
「それに。お母さんに心配かけずに冒険できるのがいいよね」
「どういうことだってばよ?」
「だってさ。この冒険が終わったら元の日に戻してもらえば、お母さんからしたら私がふつーに学校行ってふつーに帰って来たようにしか見えないじゃない?」
「なるほど! その考えはなかった!」
俺たちは顔を見合わせて笑いあった。
――それからまたゆっくりと歩き出す。
今度は二人とも無言。俺はなんどもなんども涼をチラ見していた。
(こんなに可愛かったっけか……)
月の光を反射して、涼の横顔はキラキラと輝いて見える。鼓動が異常なくらい速くなる。
(いつもはこんなことないのに……これはもしかすると吊り橋効果ってヤツかな)
俺がこうだということは、もしかして相手もそうであるのかもしれない。
(よ、よし。手的なものを繋いでみる的なことを……)
そう決心した途端に。涼との距離が異常に遠いものに感じられる。
(――それでも行け!)
自らを鼓舞し涼に向かって思い切り左手を伸ばした。だが。その瞬間。
俺の脳裏にはアイツの――純の顔が浮かんでしまった。
その結果。
「ん? どうかしたの?」
指先がほんの少しだけ涼の手の甲に当たった。
「ああ……なんでもないよ。ごめんな……本当に」
「ぜんぜんいいけど? どうしたのーそんな顔してー」
そういって涼はクスクスと笑った。
脳内で武士沢、爆弾、タカヤなど様々なレジェンド短編の主人公たちが俺をふくろだたきにする。
(このヘタレ野郎!)
(童貞大魔王!)
(友情も恋愛もどちらも取ることができない半端モノ!)
そんな俺の気も知らずに。涼はずっとニコニコとご機嫌であった。
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