第8話 湯煙アジトIN箱根

 我々は再びトラックに乗り込み西へ進路を取った。

「今小田原あたりかな?」

 研究所があった山は明王峰という神奈川県の山岳であったそうだ。我々が住んでいる川上市にもわりと近いようだ。

「気持ちがいい景色だねえ」

 季節は秋。窓から見える赤く色をつけた山肌が目に心地よい。

「こうして窓から見ているぶんには僕たちの時代とそう変わらないですね」

「そうだな。都市開発なんかの技術はおまえたちの時代くらいで頭打ちだったらしいぞ。その代わり脳科学なんかのサイコ的な技術の発展がよくも悪くもすごいが」

「タイムマシンが開発されたのはいつなのですか?」

「ちょうど二十年前」

 ハンドルを握っているのはハチさん。ごついハンドルを握っている姿がよく似合う。

「いやーしかしホント――」

 俺は助手席に座って、発売日に未来の日付が書かれたジャンプコミックスを読んでいた。純と涼も後部座席で同じように漫画を読んでいる。

「これを読めただけでも、未来に来た甲斐があったな」

 俺が読んでいるのは『サナガライザー 翔』。二〇八五年発売、全二巻のレジェンド短編作品だ。『翔は打ち切り』という法則は二十二世紀においてもやはり健在らしい。

「確かにねえ」

 涼が読んでいるのは二〇九九年発売の『ぷるんぷるんムチムチパンチ』。ブレないエロ漫画大好きっ子ぶりである。

「僕はそれよりも――」

 純が読んでいるのは『ジャンピングジャックボーイ』。単行本売上一億部を超える、二一〇〇年代のジャンプの看板作品らしい。こちらもブレない王道漫画LOVERである。

「憧れの必殺技を使えたことに感動したよ」

 純はにっこりと微笑みながら呟いた。これには俺も激しく同意である。

「純のゴムゴムのガトリングすごかったな」

「ありがとう。大知のBAKUDANも迫力あったよ」

「涼のは……技なのかなんなのかよくわからなかったけど」

「えええ……なんかヒドない?」

「だってパンツだし」

 俺と純とハチさんは声を合わせて笑った。涼は頭を掻きながら苦笑。

「でもさあ……」

 笑いが収まったころ。涼が不安げに呟いた。

「確かにジャンプブレインを使うのは楽しかったけど。ちょっと恐いよね。相手の人銃持ってたし」

 ……大変ごもっともな意見だ。俺自身はジャンプを守るために闘うことに迷いはないが、勢いで二人を巻きこむべきではなかったか……?

「まあまあ大丈夫だよ」

 そんな涼をハチさんがフォローする。

「ジャンプブレインを使っている間はフィジカルも強化されるからな、銃ぐらいで簡単に死にはしない。それにいざとなれば『回復技』を使ってやればいいのさ。ジョジョのクレイジーダイヤモンドでも、ダイの大冒険のホイミでも、ヒロアカのリカバリーガールでも、ワンピースのチョッパーでもいいぞ」

「そ、そっかー!」

 涼はだいぶん安心した様子である。俺も少し胸を撫で下ろす。

「でもムリはしないでくれよ。いざとなったら逃げてくれ。できるだけおまえを守れるように頑張るけどな」

「わ。大ちゃんがナチュラルにイケメンだ」

「イケメンというか俺が巻きこんだわけだからな。当然だよ」

「ふううう~かっこいい~」

「かっこいいねえ。でも僕は守ってくれないの?」

「もちろんついでに守るよ。おまえって見た目に男ヒロインっぽい雰囲気あるもんな」

「男ヒロイン?」

「漫画によく出てくる男キャラなのにヒロインっぽい守ってあげたいオーラ出しているキャラのことだよ。ジャンプで言えばジョジョの花京院とか聖闘士星矢のアンドロメダ瞬、主人公だけどワールドトリガーの修とかね」

「あーわかるー! 純くんのそういう雰囲気すきー」

「ま、性格は違うけどな。あくまで見た目の話」

「見た目は純くんとは違うけど、トリコの小松くんとかも男ヒロインだよね」

「それはいいけど『ついでに』っていうのが気になるねえ」

 ハチさんはそんな会話を聞いてくっくっくっと肩を震わせた。

「おまえらのんきだなー。みやすのんきかよ」

 みやすのんきとは。少年ジャンプに『やるっきゃ騎士』などのちょっとエッチな漫画を連載していた漫画家である。ジャンプ大好き芸人のサンドウィッチマンのコントで名前がよく出てくることでも知られているとか。

「まあそれにさ、なにも闇雲に闘おうってんじゃない。ちゃんとした勝算があるんだ」

 とハチさん。

「どんな勝算?」

「それはナイショだ。目的地に着いたら教えてやるよ」

「ナイショにするの好きやねー」

「目的地だけでも教えてくれよ」

「それもナイショだ」

「ヒントはー?」

「そうだな……。場所は箱根。その中でもジャンプに関わりの深い施設とだけ言っておこう」

 純と涼は果たして目的地はどこかということを考えていたかもしれないが、俺は『箱根!? 温泉!? 混浴!? ハダカ!?』ということばかりを考えていた。

 ――なので。

「そういえばハチさん。ひとつ疑問が」

「なんだい純くん」

「おじいさんのコレクションを取り返すってことでしたけど、敵が既に焼却してしまっているという可能性はないですか?」

「鋭い質問だね。しかしその点は問題ないよ」

「なぜです?」

「ひとつ。ポイポイポイカプセルで圧縮したものは解凍するのに二週間はかかる。もうひとつ。ヤツらはコミックの焼却をする際には必ずエビデンス――証拠写真を残す」

「……なるほど。それでしたら、二週間は猶予があるということですね?」

「そういうこと」

 この辺の話は全然聞いていなかった。


 ――およそ二時間のドライブの後、辿り着いたのは。

「まさか目的地がこんなゴリゴリの観光地だとは」

「私、ちっちゃい頃来たことあるー」

 看板には『星の王子様ミュージアム』の文字。ガイドブックにも必ず載っている、箱根の代表的な観光スポットのひとつである。

「まァもっとも。五年くらいまえに閉館しちまったんだけどな。今あるのは跡地だ」

 ハチさんは王子様の像のアタマに積もったもみじの葉をそっと払った。

 手には荷台の中のコミックスを何冊か包んだ風呂敷を持っている。

「ここに。私の唯一の仲間、麻生勘太郎の秘密基地がある。このじいさんがこの闘いのカギとなる。さっき言ってた『勝算』とはその人のことだ」

 なるほど。なんだか胸がわくわくしてきた。

「でも。なんでこんなところに基地を作ったんだ?」

「その人もジャンプマニアでな。特に古いギャグ漫画が大好きだった。だから好きな作品に関係があるこの場所に基地を建てたかったらしい」

「ん? ここのどこがジャンプに関係あるの?」

「知らないか? 確かおまえらの時代にやってたんじゃないのか? 画太郎版星の王子様」

「あーー!」

「アレかあ……マニアックだなあ」

 漫画太郎先生作『星の王子様』はジャンプ+にて好評配信中。(二〇一八年十二月現在)

「じゃあ行こうか」

 ハチさんが王子の像の股間に隠されたスイッチを押すと、足もとのコンクリートがウイーンと音を立ててスライドした。

「地下隠し階段かよ! かっけー!」

「だろう? いいセンスしてるんだあのジジイときたら」

 階段を降りるとそこには意外にもけっこうな広さの空間が広がっていた。

「あんまり秘密基地って感じじゃないな」

「ホテルのロビーみたいだね」

 涼の言う通り広々として天井の高い空間にはけっこう高級そうなソファーやテーブル、それにシャンデリア、受付カウンターであると思われるコの字型のデスクまで置かれていた。

「ご名答。ここは元々星の王子様ミュージアムに隠れ家的ホテルを作ろう! ってことで作り始めたんだけど、ミュージアム自体が閉館になって世に出なかったっていう場所だからな。名前は『バオバブ苑』。客室もちゃんとあるぜ」

「そこを買い取ったってこと?」

「いんや。オーナーが勘太郎さんの知り合いでさ。取り壊すまでってことで借りてるらしい。もっとも。すっかり放置されちまってるようだがね」

 そういいながらハチさんはロビー奥にあるドアをコンコンとノックした。

 ――返事はない。

「あれ? 留守か? 連絡してあるんだがなー」

 もう一度、今度は強めにノックしようと拳を振り上げた瞬間――

「なんじゃあああああ! われりゃああああああああああああ!」

「うおっ――!?」

「きゃああああああああ!」

 変なオッサンが飛び出してきた!

 小柄だがガッチリとした体格の角刈り野郎だ。両手には拳銃。いわゆる二丁拳銃スタイル。

「くらええええええええええええ!」

 ヤツはなんらの躊躇もなくそいつをハチさんに向かって連射した。

「こなくそ!」

 ハチさんは地面を転がって辛うじてそいつを躱す。

 ――すると。

「ちぇっ。弾が切れちまった」

 男はそういって拳銃を床にほおり投げた。

「て、てめえ!」俺はジャンプブレインを装着して男を睨み付けた。だが。

「やめておけ大知。気持ちはわかるけど」

 ハチさんが俺の肩を掴んだ。

「えっ?」

「勘さん。あんた冗談キツすぎるよ。相変わらず」

「ガハハハハ! 声で分かったよ! また男っぽくなったんじゃねえのか!」

 男は豪快に笑った。ハチさんは苦笑しながらもまんざらでもないような顔をしている。

「……どういうこと?」

「この人が。さっき言ってた私の唯一の仲間だよ」

「えええええ!?」

「麻生勘太郎だ! よろしくな! 三人のことは聞いてるぜ!」

 そういって素晴らしく無邪気な笑顔でピースサインをして見せた。

「よ、よろしくなじゃねえよ! あんたこんな銃なんかぶっぱなして!」

「エアガンに決まってるだろ? 当たったらクソ痛いけど」

「おいコラ!」

 俺が勘太郎さんとやらに詰め寄っていると。

「ハハハハ。憎めない人ですね」

「なんか癒されるー」

 純と涼は笑っていた。こいつらのんきか? みやすのんきか?

「誰かに似ていると思ったらアレですね。こち亀の両さん」

 なるほど。涼の言う通り、ずんぐりとした体型、角刈りのアタマ、主張の激しいまゆげなど両さん要素がてんこもりである。

「あー確かに。初代の両さんに似てるなあ」とハチさん。

「初代の?」

「ジャンプさえ廃刊でなければこち亀は何度かの休止期間を挟みながも未だ連載中だ。既刊五百巻を突破。今は三代目両さんが主人公。秋元治先生も五代目だな」

「落語家か歌舞伎役者みてえだな……」

「ほえー! そうなんだー。じゃあ今はちょうど一回目の休止期間ってことになるのかな?」

「勘太郎さん。両さんに似てるって言われたことはありますか?」

 純の問いに勘太郎さんは苦笑しながら答えた。

「すまんな。俺はそれがわからんのだよ」

「えっ? あんなに好きだったのに――――まさか!」

 ハチさんは勘太郎さんの肩に両手を置いた。

「ああ。もう記憶を消されちまった」

「――――お、おのれええええ!」

 ハチさんの肩が怒りに震える。

 俺も胸が怒りと悲しみにぎゅっと締め付けられた。

 勘太郎さんは優しく微笑みハチさんのアタマを撫でる。

「そんな顔するんじゃねえよハチ。計画さえ成功すればまた読めるさ」

「……そうだな」

「よし。じゃあさっそく作戦の説明しようか。ハチ。例のブツはもってきてあるか?」

「ああ。もちろん」

 勘太郎さんはハチさんからコミックの入った風呂敷を受け取ると、俺たちをロビー奥の部屋に招いた。


 部屋の中には大きなデスクが一台と冷蔵庫などの生活用品、それから大量の段ボール、あとはなんだかわからない機械が大量に並べられていた。ここが勘太郎さんの研究所兼生活スペースであるらしい。

「『Jcサーチャー』? それが秘密兵器の名前か?」

「なんだか変態っぽい名前だねえ……」

「どのような機能のものなのですか?」

 勘太郎さんはデスクに置かれた設計図を指さしながら俺たちに説明する。

「いいか少年ジャンプの単行本にはかならず描かれているデザインがある。なにかわかるか?」

「ええっと……」

 さすがはこの俺。すぐに答えが分かった。

「分かった。背表紙の『Jc』の文字だ!」

「その通り!」

 勘太郎さんはハチさんが持ってきたコミックスの裏表紙を指さした。

「このマークを自動的に追尾することのできるレーダーを作るんだ。するとどうなる?」

 純がアゴに手を当てて思案しながら答えた。

「現在、全国に出回っているJcの殆どは回収、焼却されているんですよね? すると――」

「うむ。『Jc』の反応が大量にある場所は恐らく全国にもう一か所しかない! その場所こそがあのクソジジイのコレクションの在り処! ワシの研究者仲間で親友の丸藤有蔵が命よりも大事にしていた全ジャンプコミックス全巻ゼットの在り処ってわけだ!」

 一同感嘆の声を上げた。

「なるほど! 確かに立派な勝算がありますね」

「うむ。ジャンプブレインを使ってやればテキを全滅させるのはムリでもコミックを奪い返すことぐらいならできる! 私とおまえたちならな!」

 そういってハチさんは俺たち三人の肩に手を回した。

「だが。問題はJcサーチャーの開発期間だ……。二週間たてばヤツらは解凍を終え焼却処分を開始しちまう。勘太郎さん。どれくらいかかる?」

 勘太郎さんはドヤっと腰に手を当てて宣言した。

「なあに。一週間もあれば作って見せるさ!」

「さっすが!」

 二人はガッチリと握手を交わす。

「われわれもその間にやることがあるぞ!」

 ハチさんは俺たちの方を実にイキイキとした表情で振り返った。

「ってなに?」

「わからんかー? 修行だよ修行!」

 修行……なんという心ときめく言葉であろうか。少年ジャンプの三原則である「勝利・友情・努力」のうち「努力」の要素を担うトクベツな言葉である。

「なんの修行?」

「そりあおまえ、ジャンプブレインをもっとうまく使うための修行だよ」

「あー! なるほど!」

「そうか! 修行をしてもっとすごい技を使えるようになるってわけだな! おおおお! 燃えてきた! どうする!? 今からやるか!」

 変なスイッチの入った俺を勘太郎さんが宥める。

「まあまあ。まだ到着したばかりだろう。まずは――」

 そういって勘太郎さんは立ち上がり、冷蔵庫から一升瓶と缶ビールを取り出した。

「歓迎会だな!」

「お、いいねえ! ウイスキーある?」

「ほら。ガキ共もビールくらいだったらイケるだろ?」

「酒はダメなんで……オレンジジュースください(※8)」

「なんでえつまらねえ。まあツマミもいっぱいあるからよ。ほれ」

「わー。甘いモノもいっぱい! 見たことないのばっかり!」

「ガハハハハ! そりゃあそうだろ。ここは二一九八年だ!」

「あっでも見てよ涼ちゃん。たけのこの里があるよ」

「ホントだーきのこの山はないのかな?」

「きのこの山は三年前、とうとう二百年にも及ぶ戦争に敗れて販売停止になったぞ」

「マジでか……せつねえ……」

「まあとにかく! パーッとやろうぜ!」

 ――歓迎会は深夜にまで及んだ。


「ふう。酔っ払いに付き合わされたらなんだかこっちまで酔っ払ってきたぜ」

 俺は局部を露出してフルチンになりながらそんな風に呟いた。

 なぜ服を着ないのかというと、別に露出狂に目覚めたわけでもマキバオーの観客になりたいわけでもなく、今俺は脱衣場にいるからだ。

 星の王子様ミュージアム地下にはなんと地下温泉まで完備されていた。営業されていればさぞかし人気を博したであろうに。無常である。

 浴室へと続く扉を開くと――

「おお。めっちゃいいじゃん」

 岩がゴロゴロ転がった露天風呂風の湯船が白く濁った湯で満たされている。

 俺は体を流して湯船に身をひたすと、うぇーいなどと唸り声を上げた。

 そういえば昔、ジャンプに『温泉ボーイ』というレジェンド短編作品が連載されていたそうだ。『翔んだカップル』や『特命係長 只野仁』で有名な柳沢きみお先生の作品で、お色気満載のギャグ漫画だとか。ある意味で涼が大好きな『ゆらぎ荘の幽奈さん』の前身といえる作品かもしれない。

(はあ……それにしても)

 地下温泉のゴツゴツした天井を見上げるに、改めて自分の置かれた状況の特殊性を認識する。

(部室で漫画の見せ合いをしていたときの自分に『二一九八年にタイムワープして少年ジャンプの廃刊を防ぐために闘う準備をしている』なんて言っても百兆パーセント信じねえだろうな……)

 などと腕を組みながら思いをめぐらせる。

 ――しばらくして。

 ガラガラ。という引き戸を開く音がした。

「大知かい?」

 よく透き通った爽やかな声。

「純?」

 入口の方を振り返る。すると。

(――えっ!?)

 純はメガネを外してハダカで立っていた。女の子みたいに髪を後ろに流してちょこんと結び、なぜか胸部と股間にそれぞれタオルを巻いてパレオの水着のごとく体を隠している。

「びっくりした。一瞬女の子が入ってきたかと思ったぞ」

「えー? なんで?」

 ゆっくりとこちらに近づいてくる。

「もともと女顔なんだからそういう格好――」

 改めて顔を覗き込んでみると。

(ってゆうか! おいおい! マジで女の子にしか見えねえぞ! ……まさか! そういえばヤツが男であるというはっきりとした証拠って抑えたことがないかも! 名前も『純』なんて男とも女とも取れる名前だし!)

 ジャンプには昔から「ストップ!! ひばりくん!」のような女装ものの漫画もあるし、涼が大好きな「プリティーフェイス」なんていう性転換ラブコメ漫画もあった。最近でも「暗殺教室」の主人公渚くんなんぞあまりの可愛らしさに長らく女性だと思っていた(思いたかった)読者が続出したが、第四十三話にてようやく男性であると明示される。なんてことがあった。またコメディよりの作品であれば主人公たちが女装するシーンは鉄板で、そういうシーンがない漫画の方が珍しいくらいかもしれない。

「コメディよりじゃなくてもあるよね。ジョジョ第二部のジョセフとか」

 純はいつもように俺の独り言に乱入してくる。

 俺はそんな彼の手をそっと握った。

「ど、どうしたの?」

「なあ純。正直に答えてくれ。おまえもしかして本当はおん――」

 ――そこへ。

「うい~~~っく」

 酔っ払った勘太郎さんがのっそりと入ってきた。体をタオルなどで隠す素振りは一切ない。野郎っぱちゃ、なかなかいいブツを持っていやがる。

「おお。ダイチにジュンじゃないか……ん?」

 なぜだか純を怪訝な目で見つめる。そして。

「なんだおまえ、そんな女の子みたいに隠して」

 そういって純が胸を隠していたタオルに手をかけると、そいつをムリヤリ引っ剥がした。

(――おいおい! 気のせいか!? 胸ちょっと膨らんでねえか!?)

 さらにじいさんは、

「ゲヘヘ! 下も脱げや!」

 と純の股間の布を取り去ろうとする。

「や、やめろ! それだけは!」

 俺は湯船から飛び出して必死のダイブでそれを止めにかかった。

 ――その結果。

「わあぁぁぁぁぁ!」

 俺は淳を押し倒すような形で股間にダイブしてしまった。

 そのとき伝わってきた感触。

(じっちゃんのふかふかキンタマ……)(※9)

 俺は慌てて起き上がった。

「すまねえ純、ケガはないか」

 仰向けに転がった純に手を差し伸べる。

「うん大丈夫だよ」

 ヤツはニコっと微笑むと俺の手を掴み起き上がった。

「なあ純」

「なに?」

「おまえって。実は男だったんだな」

 純は驚愕の目で俺を見つめた。

「えええええ!? 今まで女の子だと思ってたの!?」

「いや。今の温泉モードのおまえがあまりに女の子っぽいから」

「そうかなー? でも女の子だったらこんなに堂々と男子風呂に入ってくるわけなくない?」

「そりゃそうか……でもさ。なんでちょっと胸あるの?」

「はとむね。これ恥ずかしいんだよね。だからタオルで隠してたんだ」

「そうか……なるほどな」

「あ。ごめん。もしかして女の子じゃなくてがっかりさせちゃった?」

「いんや。おまえが男で良かったよ」

 こいつが女の子であったら、涼を含めた三人の関係性がさらにしっちゃかめっちゃかになるところであった。

「まあ女の子だったらこんな風にいっしょにお風呂入れないもんねー」

 というか。いくらなんだって現実じゃあ女子が男子として学校に入学するなんてできるはずもない。どうも酒盛りの雰囲気で酔っ払っていたか、お湯でのぼせていたようだ。

「こういう男同士のハダカの付き合いっていいもんだよね」

 純はそんな風にぜんぜん男っぽくないかわいい笑顔で呟いた。

 まァ内容には賛成なので俺はコクコクと首を縦に振る。

 すると勘太郎さんがこんな風に口を挟んできた。

「たしかにおまえらの言うとおり、男同士のハダカの付き合いはよい。だが」

 そういって俺からみて左サイドにある木製の「しきり」を指さした。

「この世で一番いいものと言えば。女のハダカだと思わんかね」

 ……どうやらあの向こうには魅惑の桃源郷があるらしい。

「でも、今は誰もいないんじゃ」

「ふふふ。さきほどハチと涼ちゃんが脱衣場に入っていくのを見たぞ。どうだ? 確認したくはないかね?」

 確かに。涼が胸部に隠して持っている巨大なダイナマイト爆弾が実際のところどのくらいの大きさなのか。日本人離れしたプロポーションのハチさんがどれくらい美しいカラダをしているのか。これに興味がないと言ったら俺の汗はウソをついている味(※10)を発することであろう。

「ぼ、僕はいいですよぉ~」

 ジャンプに載っているちょっとエッチな漫画を総じて読みとばす超草食男・純は勘太郎さんの企画に対して賛同せぬ意を示した。

「んー? そうかー? じゃあ大ちゃんはどうするよ」

『タカヤ』の「あててんのよ」のシーンで性に目覚めて以来、常にムッツリスケベの道をまい進してきたこの俺の首は勝手に「うん」と頷いてしまった。

「よっしゃよっしゃ。じゃあ一緒にやろう。まずはワシが肩車してやるからおまえ覗けや!」

 俺は純のドン引きの表情を尻目にじいさんのガッチリした双肩に飛び乗り、しきりと天井のスキマから顔を出した。

(……どうだ! どんな感じだ!?)

 エロじいさんが小声で話しかけてくる、

(――今入ってきた!)

(うおおお!!)

 ドアがスライドして二人の人物の影が浴室に現れる。が。

(――なにィ!? なんだこの白いモノは!)

 突如。さっきまでいっさい発生していなかった謎の白い湯煙が現れて俺の視界を覆った。

(見えないのか!?)

(全然見えない!)

(なんとかしろ! 息で吹き飛ばしたりできんか!?)

(フーフー!)

 などと大騒ぎをしていると。

「よお、珍しいところで会ったな」

「ひいっ!」

 ハチさんの顔が目の前にあった。アタマにはジャンブレインをつけている。

「このドスケベ野郎―――――!!」

 彼女の右手が銃口へと変化した。

「てめえなんかドラゴンボールのブルマがおっぱい丸出しにされるシーン(※11)でシコってやがれ!」

 サイコガンが俺のオデコに命中。しきりから落下しながら俺は思った。

(俺は……18号派だ……)

 ちなみにさきほどの白い湯気は涼がとっさに発動した『乳首券行使不可』(※12)という技であったらしい。

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