第7話 銀髪の少女

東京都千代田区某所。

 日本政府特別部隊J・スレイヤーのアジト。

 少女はゴテゴテに装飾されたゴージャスな部屋に一人佇んでいた。

 彼女は一目見た印象で言えば、誰もが美しいと思う容姿をしていたと言えるだろう。

 キラキラと輝く銀色の長い髪。

 小さく華奢な体。

 カールした睫毛で飾り立てられた大きな瞳。

 ぷっくりとした桜色の唇。

 降り積もった粉雪のようにきめの細かい真っ白な肌。

 フリルのあしらわれた黒いワンピースに身を包んだ姿は、職人が何年もかけて作った西洋人形のように可憐だった。

 しかし。

 なんだろう?

 よくよく見てみると。

 なにか目に生気のようなのものが感じられない。表情からも一切の感情を伺いしることができない。彼女に接した者の内半分くらいは、美しいよりもむしろ不気味であるという印象を持つかもしれない。

 彼女は真っ赤なソファーにそっと腰を下ろした。

 ソファーに面したローテーブルにはチョコレートケーキとグラスに入った赤ワインが置かれている。ということは見た目より年長者なのだろうか?

 彼女は上品なフォークさばきでケーキを口に運びつつワインを傾けた。

「ふぅ……」

 そっと口を拭くと今度はリモコンを操作してテレビの電源を入れ、それからローテーブルの下からなにか小さな電化製品を取り出す。

 それはどうやら『ファミコン』であった。

 これは子供のいる母親がテレビゲーム全般をさしていう『ファミコン』ではない。マジのファミコンである。

 本体に刺さっているカセットは『ファミコンジャンプII 最強の七人』。実に二〇〇年以上も前に発売されたゲームだ。

 彼女がカセットの端子部分に軽く息を吹きかけて電源を入れた瞬間。

 ――コンコン。

 とノック音がした。どうやら来客のようだ。

 銀髪少女は「どうぞ」とも「今忙しい」とも言わずにゲームを開始した。

「失礼します」

 来客は勝手に部屋に入ってきた。

 ピッチリと七三に分けた短い黒髪とメガネが特徴のスーツ姿の女だ。年はまだハタチそこそこといったところだろうか。

「なぁに? イサミ」

 銀髪の少女はファミコンのプレイを続行したまま、仔猫が鳴くように甘いったるい、しかし全く感情の籠らない冷たい声でそう問うた。

「丸藤蜂美の件でご報告があります」

 ファミコンをプレイする手を止めて、イサミと呼ばれた女をじっと見つめる。

「A―3部隊が例の研究所で丸藤蜂美を捕捉、交戦を行いましたが返り討ちにあったということです」

 イサミと呼ばれた女は一切わるびれることなく堂々とした口調でそのように述べた。

 少女はなんで? と問い返す。

「負けたくせにノコノコと帰ってきた一人の報告によりますと、丸藤蜂美は三人の仲間を引き連れており、妙な武器を使って闘っていたとのことです」

「みょうなってどんな?」

「詳しくはよくわからなかったそうなのですが、孫悟空がつけているような輪っかをアタマにしていたということです」

 銀髪少女はかっくんと首を右に倒した。

「アタマにわっかなんかしてないよ?」

 そういってテレビ画面に映っている『悟空』を指さす。

「……ドラゴンボールの悟空ではなく西遊記の悟空のことだと思われます」

 よく分かっていないらしく今度は首を左に倒した。どうでもいいが首をかしげる角度が急すぎる。折れそうで恐ろしい。

「いかがいたしましょうか」

 とイサミが問う。少女は少々思考したのち、

「アタマにつける武器ってことは。あのじじいの発明かな?」

 少しだけ感情の籠った声で呟いた。

「おそらく」

「それ奪ってきて?」

 イサミはそれを聞いてほんの少し口角を上げた。

「承知致しました。では失礼致します」

 そう言って一礼し、部屋のドアノブに手をかけた。すると。

「待って」

 銀髪少女が少しだけ声を張った。

「なんでしょうか?」

「やっぱり自分で行くね?」

「さようですか。では準備を致します」

 少女はほんの少し首をもたげると、また視線をテレビに戻した。

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