第6話 ジャンプブレイン

永遠にも感じられたその小旅行はどうやら実時間三十分ぐらいで終了した。

 時間を移動しているのに三十分というのもおかしな話だがとにかくそのくらいだ。

「ふーーー死ぬかと思った」

 不思議なことにトラックを降りてしまうとさきほどまでの酔い、不快感、嘔吐感はキレイさっぱりなくなっていた。

 辺りをぐるりと見まわすと――

「山……だな」

「マウンテンだねえ」

 美しい緑の葉をつけた木々、清浄な空気、近くを流れる川のせせらぎ。

 THE・山である。

「純。ジャンプ漫画で山っていったらなにを思い浮かべる?」

「僕はドラゴンボールの悟空とベジータが闘った岩山かな。あの背景作画は素晴らしい。最近だとDr.STONEの山のシーンもリアルだったなあ」

「私はぬーべーのゆきめさんの雪山のシーン」

「ホントエッチな漫画好きだな」

 ハチさんもやや遅れて運転席から出てきた。手にはジェラルミンケースを持っている。

「良かった。無事辿りついたようだ。どうだい? 未来のニッポンは」

「キレイなところですねぇ」

「でも全然未来っぽくはないな」

「そうですね。あまり僕たちの時代と変わらないようだ」

「大丈夫。ちょっと歩けばすぐにものっそい未来っぽいものがあるから」

 ハチさんは気持ちドヤ顔で俺たちを先導する。


 ――歩くこと三十分。

「ほわ! すごい!」

「渋いね」

「無駄にかっけえ!」

 果たして。ハチさんの言う未来っぽいものはマジで未来っぽかった。

 山の真ん中から突然ボコっと飛び出した小さなドーム状の建物はさながらオーパーツ。

 ギラギラ光る銀色のボディに黒く透き通ったはめ込みガラスがベリークールである。

「なかなか乙なもんだろう? 山中の秘密研究所なんて」

「この時代の建物ってみんなこんなかっこいいのか?」

「いや。じいちゃんの趣味だな。サイバーパンクみたいな漫画好きだったし」

 そんな風に笑いながら入口のロックを解除する。

 部屋の中も大変未来的。銀色で統一された天井と壁、そこにパソコンやモニター、その他謎の機械がところ狭しと並べられている。床にはコード類が散乱し、封神演義の妲己ちゃんが作ったヘビ地獄のように床を埋め尽くしていた。

「まあまあ座ってくれよ。疲れてるだろうからリラックスしてくれや」

 ……机も椅子もないこの部屋でどうやったらリラックスできるというのだろうか。

 仕方がないので部屋の隅っこの空いているスペースに三人で肩を並べて座った。

「まあちょっと待っててくれよ。こいつを充電しなくちゃいけないから」

 ハチさんは持っていたジェラルミンケースになにやらコードのようなものを繋いだ。

「それは中に入っているものを充電しているのですか? それともそのケースそのものがなにかの機械なんですか?」

 純の質問をハチさんはかるーく受け流す。

「なーいしょ。まあそう焦るなよ。いいカンジの演出で説明してやろうってんだからさ」

 三人で顔を見合わせる。純はわくわくしたような表情、涼は不安そうな顔をしていた。

 ――充電待ちをすること十数分。

「なあハチさーーーん。まだできないのー?」俺はしびれを切らせてそんな風に問う。

「もうちょいだって」

「フル充電はまだでも、もうとりあえず動くだろー?」

「少年よそんなに急ぐでない。早漏は女にモテんぞー」

 などと会話をしていると。

 ――ファンファンファン!

「うっ……!」

 突然部屋に警報音が鳴り響いた。

「ハチさん! この音なに!?」

「ちっ!」

 こちらを振り向いたハチさんは焦りと怒りをその顔に浮かべていた。

「みんな! こっちだ! 地下室に逃げるぞ!」

 そういってジェラルミンケースからコードを引き抜く。

「逃げるって……?」

「敵だよ! 敵が来たんだ! クソ! 見張ってやがったか!」

「――!」

「こっちだ! 早く!」

 ハチさんの後を追って階段を全速力で下った。

 窓ガラスをブチ割る音と乱暴な足音が後ろから聞こえてくる。


 地下の部屋はさきほどの部屋とはうってかわってなにもない真っ白な壁と天井の部屋だった。

「ハチさん……! どうすれば……!」

 涼が半泣きになりながらハチさんを見上げる。彼女はニヤりと笑ながらそれに答えた。

「大丈夫だ。秘策がある」

 ハチさんはジェラルミンケースを床に置き、そいつのフタを開いた。

 中に入っていたのは……『リング』であった。透明で人増人間二十号のアタマみたいに中身が透けて見えている。色は赤、青、ピンク、金色がひとつずつ。

「これをつけてくれ」

 そういって俺たち三人にひとつずつそれを配った。

 俺は赤色のもの、純は青、涼はピンク色のリングを受け取る。

「どうやってつけるんだ……?」

「こうやってだ」

 ハチさんは金色の輪っかを頭にすっぽりとハメた。まるでドラゴンボールじゃない方の孫悟空のようなスタイルだ。不思議とよく似合っている。

 俺たちもそれに習って頭に輪っかを装着した。

 すると。

「こ、これは」

 俺のアタマ、いや脳味噌にこれまで味わったことのない感覚が走った。

(脳味噌に涼しい風が吹いているみたいだ。なんて心地いいんだろう)

 徹夜明けにコーヒーを一杯飲んだ時のアタマがすっきりする感覚に近いが、それよりもはるかに強烈な快感が脳味噌を覆う。

「そいつは『ジャンプブレイン』奴らと闘う私たちの武器さ」

「これでどうやって闘うんです?」

「ず、頭突きとか?」

 ハチさんはガハハハハ! と笑った。

「なあに。簡単なことさ。おまえたちが大好きなジャンプのヒーローたち。彼らの闘い方をすればいいのさ」

「どういうことだ……?」

「いいか。今みんなアタマがすっげーすっきりしているだろう? そのアタマでな、自分が好きなジャンプ漫画のシーンを思い浮かべるんだ。そして名セリフでもワザの名前でも作品名でもキャラクター名でもなんでもいいから、しっかりと声に出して発声する。そうすれば敵は地べたに這いつくばってくれるはずさ」

「よ、よくわからないよ……」

 などと言っているウチに。

「手を挙げろ。日本政府特別部隊J・スレイヤーだ」

「――!」

 地下室のドアが開き、往年のレジェンド短編『モートゥルーコマンドーガイ』のような軍服を着た男が三人。拳銃をこちらに向けながらこちらに歩み寄ってくる。

「さていよいよショウタイムのようだな。三人ともさっき言った通りに頼むぞ」

 ハチさんが手をゆっくりと挙げながら小声でささやいた。

「そう言われても……」

「いいから。イメージするんだ。自分の好きなジャンプ漫画を」

「そんなことしてる場合じゃ……」

「いいから!」

「ちくしょうどうなっても知らねえぞ!」

 ヤケクソになった俺は、目を瞑ってあの名作レジェンド作品の名シーンをアタマに思い浮かべる。

「さあ。ゆっくりとこっちに歩いてこい。ちょっとでも妙な真似をすれば即座に打つぞ」

 軍服の男がそんな風に指示を出す。

 俺は指示に従いながらもイメージを続けた。

 そして。

「よし! イメージはできたな! 叫べ!」

 ハチさんの指令と共に俺たちは三人同時に叫んだ。

「BAKUDAN!!!」

「ゴムゴムのガトリング!!!」

「いちごパンツ!!!」

 すると。カラダが勝手に動いた。

「なに!?」

 俺はものすごいスピードで軍服の男に近づくと一瞬にしてふところに入り込み、強烈なアッパーカットを見舞った。完全に無意識にだ。脳裏に浮かんでいたのは、あの名作『BAKUDAN』の主人公瀑僚介が一コマに一人ずつ強敵を打倒していく雄姿。

「ぐおおおおおおおおおおおおおお!?」

 そのアッパーは爆弾が爆発したようなエフェクトとともに軍服の男を天井まで吹き飛ばした。

(なんだこの力は――!)

 そのときのは感覚は未だに忘れることができない。

 自分の力以上の力を放出する高揚感。

 憎たらしいヤツを吹き飛ばす快感。

 なによりも憧れのキャラクターと一体化することができた喜び。

 脳内物質がドバドバと分泌されていくのを感じた。

 そして。同じことが二人の仲間にも起こっているらしい。

「ゴムゴムのガトリング!!!」

 と叫んだ純の両腕はゴムのように伸び、凄まじい連撃のパンチを放つ。軍服男は吹き飛び、壁に巨大な穴を開けた。

「いちごパンツ!!!」

 と涼が叫ぶといずこからか、大量のいちご柄のパンツが現れて軍服男の顔、いや上半身全体を覆い尽くした。

「……!」

「…………!」

「………………!」

 俺たち三人は驚愕の顔をお互いに見合わせた。

「ハーハハハハハハ!」

 するとハチさんが両手を腰に当てて高笑いをして見せた。

「おまえらやっぱりすげえわ! 私の見込んだ通り! 初めてのジャンプブレインをこんなに使いこなせるとは!」

「ハチさん……このわっかは一体……?」

「こりゃあ脳科学の天才と言われたウチのじいちゃんが五十年かけて開発した未来兵器でな。脳内にイメージされた少年ジャンプの名シーンを再現、具現化して敵を撃つ!」

 三人ともポカンと口を開くしかない。

「脳内のイメージが鮮明であればあるほど攻撃の威力は高くなる。つまり作品への愛、ジャンプ愛の強さがそのまま強さになるわけだ。おまえらのこの威力。さすがだよ。少し修行をすればもっと――」

 などとしゃべくっているウチに――。

「ぐっ……この野郎――!」

「げっ――!」

 さきほど涼のいちごパンツを喰らった男がパンツを振り払ってこちらへ向かってきた。

 だが。

「なんだおまえパンツキライなのか?」

 そう言ってハチさんは一瞬目を閉じたのち――

「サイコガン!!!」

 そう叫ぶと彼女の左手は黒光りする銃に変化した。そして。

「ぬああああああぁぁぁぁぁ……」

 銃口から放射され光線により、男は黒焦げになりながら吹き飛んでいった。

 説明の必要もないかもしれないが、これは彼女が大好きな『コブラ』の主人公コブラの必殺武器サイコガンである。

「すげ……」

「ははは。大したことないよ。ちょっと場なれしてるだけさ。キミらもすぐこれぐらいはできるようになる」

 彼女はそういうとポケットからタバコを取り出し火をつけた。

「さあ。行こう。このジャンプブレインで、ジャンプの未来を取り戻すのだ」

 その後ろ姿はまるで本物のコブラがジャンプから飛び出してきたかのようだった。

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