第5話 聖地巡礼 そして

「いやーラッキーだったなあ。まさか偶然来たらあのスーパーカリスマのサイン会なんかやってるとは」

 俺たちが訪れたのは水道橋は東京ドームシティにある『ジャンプショップ』だ。

 少年ジャンプのキャラクターグッズが売られているだけでなく、各種のイベントも開催されている素晴らしい場所である。

「でも。だいぶ並んでるみたいだねぇ」

 サイン会の整理券を配布する列は店の外まで続いていた。

「あの人こんなに人気だったんだね」

「当たり前だろ! あの尾玉なみえ先生だぞ!」

 尾玉なみえ先生とは! 少年ジャンプに『純情パイン』『少年エスパーねじめ』という作品を短期間連載した短編レジェンド作家で、あのうすた京介に天才と言わしめたほどの才能を持った、ジャンプでは珍しい女流ギャグ作家である! その可愛らしい絵柄ながらもそのブラックで毒がありなおかつどこか官能的な作風はジャンプ誌上に旋風を巻き起こし、現在でもカルト的な人気を誇っている。

「知ってるよー。何回も聞かされたもん」

「……おっと。また声が漏れてしまっていた」

 ちなみに。制服だと補導されちゃう、という純の提案により一旦家に帰って私服に着替えてある。俺は適当なTシャツとクラッシュジーンズ。純は爽やかな桃色のシャツに黒の綿パンツ。涼はカラフルなジャージにショートパンツ、キャップ、スニーカーという格好であった。

「涼ちゃんって意外とスポーティーな格好が好きだよね」

「えっ!? んー……まあそうなのかなぁ? あんまりファッションとかわからんけど」

「よく似合ってると思うよ」

「あ、ありがとう。なんか恥ずかしいな」

 俺の家は両親が殆ど家にいないのでこういうときは便利だが、この二人はどうしたのであろうか? まあどっちの両親も相当な変わり者だからなァ。

「純くんの格好もいいね! ボーイッシュな女の子みたいでカワイイ!」

「あははははは……」

 そんな会話をしているうちにようやっと俺たちの番がやってきた。

 ひとつ前に並んでいたニット帽にサングラス、ライダーススーツといいう格好の長身の女性が整理券を受け取る。――が。

「大変申し訳ございません。整理券の配布はここまでとなります!」

「――――――ああああああああああああああああ!!!」

 恐れていたことが起こってしまった! 俺は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。すると。

「わりいな」

 そういって前に並んでいた女が俺の肩を整理券を持った手でポンと叩いた。

「なんだあんた! 煽ってんのか!」

「あれえ? そんな態度を取っていいのかな? 条件によっちゃコレを譲ってやろうと思ったのに」

「なにィ!?」

 思わずキャプテン翼のザコいディフェンダーのような声を上げてしまう。

「とにかく。ついて来な」

 女は長い足をひけらかすかのように大股でせかせかと歩き始めた。

「おい! 待ってくれよ!」

 慌ててその背中を追いかける。

「大ちゃん!」

「知らない人にはついていかないほうが……」


 女につれられて辿り着いたのは水道橋駅前の駐車場だった。

 たくさんの車が停泊している。女はその中でもことさらに目立つ、巨大なトラックの前で立ち止まった。

「いい車だろう? じゃっかんの違法改造車だけどな」

「車のよしあしなんかわからんが、トラックなのに後部座席がついてるって珍しいな」

「もともとは普通の乗用車だったのをじいちゃんが改造したヤツだからな。さあ乗った乗った」

「……誘拐か? 知らない人にはついていっちゃいけないって常識だぜ。コロコロコミックの読者でも知ってる」

「なんだ疑り深いヤツだな。少年ジャンプのファンなのにそれでいいのか?」

「ジャンプにだっていろんなタイプの主人公がいらあ」

「やれやれ。それならよ、知らない人じゃなければいいんだろう?」

 そういうと女はニット帽を勢いよく脱ぎ捨てた。

 中から出てきたのは燃えるような真っ赤な髪の毛。

「あ、あんたは!」

 グラサンを凄まじくかっこつけながら外すと、出てきたのは少々目付きはきついが美しく整った顔。

「この格好じゃあ目立ちすぎるからな」

 そういってライダーススーツのジッパーを下ろす。下には金色のジャージを着ていた。

「知ってるだろ。私のこと」

「知ってるっちゃ知ってるけど……」

「ああ。名前を名乗ってなかったな。私は丸藤蜂美。みんなにはハチって呼ばれている」

 そういって握手の手を差し伸べてくる。俺はおもわずそれを握り返してしまう。

「――って! 待て待て! そういう問題じゃないって!」

「ん? ああそうか。私の方もキミを知らなけりゃ知り合いとは言えないわな。えーっと。キミの名前は御剣大知。高校一年生。趣味は少年ジャンプを読むことと漫画を描くこと。それから両親が仕事でほとんど家にいないから料理も得意。風呂に入って最初に洗うのは股間」

「な、な、なんでそんなこと知ってやがるんだ!?」

「しばらく尾行させてもらったからな」

「――なっ!?」

「それからあんたの友達のことも知ってるぜ」

 そういってこちらに小走りで駆けてくる二人を指さした。

「女みてーな男の方は松笠純。漫画研究会所属でおまえの三歳の頃から幼馴染みだってな。女の方は早乙女涼。同じく漫画研究会所属で隠れ巨乳。現在、絶賛三角関係中ってところだろう?」

「ぬう……そんなことまで……」

「ま、とにかくよ。ちょっと相談に乗って欲しいんだ。いいだろう?」

 そういうと繋いだ右手を優しく握って、ニコっと微笑んで見せた。

 不覚にも少々ドキドキしてしまう。

「立ち話もなんだ。乗りなよ」

 俺をエスコートするようにトラックのケツのほうに歩き始める。

「俺なんかになんの相談があるってんですか……」

「おまえを当代一のジャンプLOVERだと見込んでだよ」

「ジャンプLOVER……?」

 そういって左手でトラックの荷台のカギを開けた。

「お友達も一緒にな」

 純と涼は俺たちに追いつくなり叫んだ。

「あれは! あのときの! 逆コブラさん!?」

「あーーーー! なんで手え繋いでるの!? やっぱり彼女なん!?」


 まあなんやかんやで。

 俺たち三人はトラックの荷台に連れ込まれてしまった。みんな根がオタクなので押されると弱いのである。

 荷台の中は天井からぶら下がった豆電球のぼんやりとした灯りがあるのみ。

 純はいつも通りの人として余裕を感じさせる爽やかな微笑みを浮かべている。

 涼は頬を膨らませて、正面でアグラをかく女・丸藤蜂美を睨んでいた。

「ねえ。あなた誰なんですか?」

 そしてそんな風に問う。

「すまんすまん。自己紹介がまだだったな。私は丸藤蜂美。みんなにはハチって言われているぜ。歳は二十五歳。身長一七〇センチ体重は五十七キロ。スリーサイズは上から79-57-80。いわゆるスレンダー美人ってヤツだな。趣味は飲酒と喫煙、料理。それからジャンプを読むこと。私からは以上だ。なにか質問があれば受け付けるぜ」

 などといいながらどこからかタバコと灰皿を取り出して火をつけた。

「……大ちゃんとはいつから付き合ってるの?」

 ハチミとやらはブハッ! などと噴き出して口から大量の煙を吐いた。

「ハハハハハハハ! キミ面白いな!」

「マジメに聞いてるんです!」

「いやー男なんぞ漁りすぎてよく覚えてねえよ。もしかしたらその中にこの坊やもいたかもな! ガハハハハハ!」

 半泣きになる涼に俺は耳打ちした。

(いいか涼。なんども言うようだが俺たちは付き合ってない。つーか誰とも付き合ったことなどない)

(ほんとー?)

(本当よりのマジだ。考えても見ろよ。俺のどこに非童貞の余裕がある?)

(そうか。そういわれてみればそうだね)

(……………………わかってくれたならよい)

「ところで丸藤さん」

 純がしゅたっと手を挙げる。

「ハチでいいって」

「ハチさんはどんなジャンプ作品がお好きなんですか?」

 この状況下でこの質問……なんて余裕のあることだろう。もしかしてアイツ非童貞か? だが確かに彼女がなんのためにジャンプショップに来ていたのか、気になるところではある。

「いい質問だな。私が好きなのは『コブラ』それから『BASTARD!!』だ。ちょっと古いし、どっちかというと異端的な作品だから知らないかもしれないが」

「いえ。もちろん知ってますよ。どちらも素晴らしい作品です」

「そっかー。話がわかるヤツだな」

「やっぱりその格好はコブラリスペクトだったんすね」

 俺も会話に参加する。こんな状況だけどやはりジャンプの話には参加していきたい所存である。

「コブラとバスタードかあ……私も好きだなあ。去年漫喫で読破したけど、どちらも女の子がセクシーで可愛いくて」

 涼もアゴに手を当ててそんな風にコメント。

 すると蜂美は煙草の煙を吐きながら苦笑した。

「おいおい。みんなタメ口でいいぜ。見た目は年上だが実際はめちゃくちゃ年下だからな」

「……はあ? どういうこと?」

「まあ順番に説明していくよ。まずは――」蜂美はリモコンのようなものをポケットから取り出してそいつを操作した。「こいつを見てくれ」

「「「うおっ! まぶしっ!」」」

 突然、薄暗い空間に強烈なあかりが灯る。

 しばらく目を擦ったのちに俺たちの目に飛び込んできたのは。

「漫画……?」

 大量のコミックスであった。

 俺たちを囲むようにして天井に届かんばかりに高く積まれている。

 目に入る限り全ての背表紙に『Jc』と描かれていた。

「これ全部ジャンプコミックスか! すげえ!」

 思わずテンションが上がってしまう。俺も将来はでっかい貸し倉庫でも借りて、こんな風に大量のジャンプコミックスを格納したいものだ。

「なにか気づくことはないか? 漫画のタイトルをよーく見てみなよ」

「んん??」

 背表紙をよーく見てみる。『ジョジョの奇妙な冒険』『キン肉マン』『ポギー・ザ・グレート』『アクタージュ』『侍ジャイアンツ』『カイゼルスパイク』『アリスと太陽』……古いものから新しいものまでごっちゃに積まれているようだが――

「ん? 『サナガライザー翔』……? 『ジャンピングジャックボーイ』……? 『ぷるんぷるんムチムチパンチ』……?」

「ふふふ。その辺りはさすがのオマエも知らないだろう」

「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そんなことねえし! 知ってるし!」

 さすがのスーパージャンプっ子の俺も今まで刊行された『Jc』の全てを読破はしていない。しかし知識としてすら全く知らないという作品は存在しないと思っていたのだが……。

「そっか? かなりのレアものなんだがな。特別に手に取ってみてもいいぜ」

「ホントか!?」

 俺は一番気になっていた『サナガライザー翔』の一巻を手に取った。

 ううむ。このちょっと荒っぽいけど異常に味がある絵柄。これは短編レジェンドの匂いがする。主人公が『翔』という名前の作品はなぜだか短命であるというジンクスもあるし。

「そいつの一番最後のページを見てみな」

「一番最後??」

 漫画の単行本の一番最後のページなんてのは、作品のタイトルや著者名、あとは編集所であるホーム社と発行所である集英社の住所と電話番号、印刷所の名前、あとは『〇〇〇〇年××月△△日 第1刷発行』などの記述があるのみである。コミックスの売上マニアの場合は単行本が何回増刷されているかを見るためにここをチェックしたりするらしいが――

「んんんん?? あああああああああ!?!?!?」

 思わず叫び声を上げてしまう。

「どうしたの大ちゃん?」

「こ、ここ見て見ろよ」

 純と涼がコミックを覗きこんでくる。

「ん? 『第1刷』。これは初版本ってことだね」

「違う! そこじゃない」

 そういって俺はそのすぐ左を指さした。

「!? えええええええ!?」

「うっそやん!!」

 そこに書かれていたのは「2085年3月8日 第1刷発行」というテキストだった。

「あ、あんた!」

 そういって正面でニヤついているコブラ女を指さす。

「あんたってやだなあ。よそよそしくって。ハチって呼んでくれよ」

「ハチさん! 単行本のこんな所改変してなにがしたいんだ! 犯罪だぞ! なんの罪状かわかららねえが、たぶんなんらかの!」

「ほほう。改変だって? じゃあ調べてみたらどうだ? 『サナガライザー翔 発売日』とかで」

「――!」

 俺はゴクリとツバを飲みながらスマートホンを取り出してGoogleアプリを起動した。

「どうだった? いつになってた?」

 スマートホンに表示された文字は『サナガライザー翔 発売日 に一致する情報は見つかりませんでした』。『サナガライザー翔』のみで検索しても結果は一緒である。

「そんなバカな!」

 俺は立ち上がり『ジャンピングジャックボーイ』というコミックを手に取り、最終ページを見た。そこには『2035年9月7日 第30刷発行』の文字。

「そうか! これ同人誌! 同人誌だな! よくみれば『Jc』の文字がほんの少し気持ち微妙にミリ単位で歪んでいる気がするし!」

「ハチさん……あなたは……」

 純がハチさんを真剣な面持ちで見つめながら尋ねる。

「もしかすると。『トランクス』なのですか?」

 ハチさんはニヤりと笑って純の肩に手を乗せた。

「キミはやっぱり話がわかるねえ」

「ということは――!」

「ああ。私は未来からタイムマシーンに乗って来た。地獄のような未来を変えるために――」

 涼はパッカーンと口を開いた。俺も空いた口が塞がらない。

 トラック内に積まれている見たことのないタイトルの単行本を片っ端から開いてみる。

 いずれも発行日の欄に未来日が描かれていた。『二一九八年』などという凄まじい未来の日付が書かれているものもある。

「『エンジェリック・フットボール』。それは今年発売された作品だ。ワールドカップイヤーとなると節操なくサッカー漫画を連載させては毎回のように爆死するのは昔っから一緒なんだってな」

「ハハハ……手の込んだイタズラだ……こんなたくさん同人誌作って……」

「同人誌なんかじゃないぜ。こんなクオリティーで且つ個性豊かな作風のコミックスを何十冊・何百冊も仕上げるなんて、例え私がどんな天才漫画家だとしても不可能だ」

 いくつかの漫画を手に取ってページをめくってみる。

 ……なるほど。ヤツの言っていることは完全に正しい。

「信じるしかないのか……?」

「もっとスンナリ信じろよ。おまえの大好きなジャンプにもたくさんタイムスリップする作品はあるだろう。さっき言ってたドラゴンボールのトランクスもそうだし、ジョジョのキラークイーンバイツアダストもそうだな。あとは先週発売されたジャンプじゃあワンピースでもタイムスリップしてたみたいだぜ」

「タイムスリップと言えば短編レジェンドの『タイムウォーカー零』だろうが……!」

 ……そういう問題ではないのは自分でも分かっている。

「ハチさん――その――」

 涼がカサカサの声で尋ねた。

「こ、この時代に来た目的は……?」

 するとハチさんは突然、正座の体勢をとる。

「は、ハチさん?」

 さらに床に両手をつきと頭を深々と下げた。

「なっ――!?」

「みんなに頼みたいことがあるんだ……! 私と一緒に闘ってくれ……! ジャンプの未来のために」

 あまりに真剣な声。ウソのないまっすぐな瞳。俺はこのとき初めてこの人の言うことを信じられるような気がしてきた。

「私が生きているのは二一九八年。この年日本ではとんでもない事件が起こる。それは――」

 ハチさんは滔々と語った。

 二一九八年。時の総理大臣が少年ジャンプを廃刊に追い込んだこと、そして少年ジャンプが存在した痕跡そのものを消し去ろうとしていること。

「そんな……ひどすぎる……」涼は目に涙を溜めてうなだれる。

「めちゃくちゃだ……そんなことをしてバッシングを受けないのですか?」

 純の問いにハチさんは苦虫を噛み潰しながら答えた。

「この時代はそうじゃないらしいけどな。私たちの時代の総理大臣ってヤツは独裁君主なんだ。大魔王バーンみたいなもんさ。逆らうものはいない」

「そういうことですか……」

「でも。なんでそんなことをするん……? なにかウラミでもあるの?」

「どうもヤツの娘がジャンプオタクだったらしくてな。彼女が18禁の同人誌を買い漁っていることを海外メディアにすっぱ抜かれて、ちょっとしたスキャンダルになっちまったのが原因らしい」

「そ、そんなことで!?」

「……なるほど。発生した事象は分りました」

 純はメガネを直しながらハチさんに問う。

「ハチさんの目的はなんですか? 少年ジャンプの廃刊を撤回させることですか?」

「まァ最終的にはな。でもその前にまず果たさなくてはならない目的がある」

 ハチさんは右手の拳で床を思い切り叩いた。

「奴らに奪われた! じいちゃんの遺品であるジャンプコミックコレクションを奪還することだ!」

「コレクション? ここにあるのがそれではないの?」

「ふふふ。涼ちゃん。ここにあるのはそのごくごく一部だぜ。実際にはこれの数百倍はある」

「す、すうひゃく!?」

「ああ。なにせ二一九八年までに発売されたジャンプコミックス全部だからな」

「じぇんぶ!?」

「私はそいつをポイポイポイカプセルという装置で圧縮し、このトラックに詰めようとしていた。だがそのときアジトを襲撃されてな。なんとか持ち出すことができたのがここにあるヤツだけってわけだ」

 タバコの火を消しながら爪を拳に食い込ませる。

「そして私はこのトラック型タイムマシンをデタラメに操作して、この時代に辿りついた。そしてキミたちと運命の出会いを果たして現在に至る。というわけだ」

「ほ、ほえー……」

 涼はポカンと口を開けつつ漫画に出てくるアホの子キャラのような萌えボイスを発した。

 純は珍しく沈痛な表情で額に浮かぶ汗を拭っている。

 俺は。ずっと無言でアグラをかいて目を瞑っていた。

「ね、ねえ。大ちゃん。どう思う」

 涼の問いを受けて俺はゆっくりと立ち上がった。そして。

「許せねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

 咆哮しながら純の胸ぐらを掴み捲し立てる。

「なにが少年ジャンプ完全消去令じゃあああああああああ! ジャンプは日本の宝! 大日本帝国の誇り! アジアの至宝だろうが! 称賛され表彰され崇め奉られることはあっても、規制されるなんてことがあってたまるかああああああああああ!」

「僕に言われても!」

 さらに。涼のポニーテールのさきっちょをひっつかみ、お寺の鐘みたいに上下に揺さぶる。

「アレを毎週楽しみにそれだけを生き甲斐にしているヤツが全国に何百万人もいるんだぞ! そいつら全員死んじまうかもしれねえ! そしたらどうやって責任取るんだあああああああああああああんん!?!?!?!?!」

「私しらんし!」

 そして最後に。俺はハチさんの肩に両手を乗せた。

「ハチさん!」

「な、なんだよ」

「あんたのじいちゃんはすげえな!」

「……ハア?」

「ジャンプコミックス全巻収集か。多くのジャンプマニアが成し遂げることが出来なかった、いや途方もなさすぎてやろうともしなかったことやってのけた! すげえよ。それも百何十年分のコミックをだろう? すごすぎる!」

 そういうとハチさんは少しせつないような笑みを浮かべた。

「じいちゃんは研究者の仕事の他にはジャンプにしか興味がなくてな。私も一緒に研究をやっていたんだが、とにかく仕事中ジャンプの話ばかりしていたよ。それが高じて「ジャンプ脳ジジイ」なんていうコラムなんぞも雑誌に書いていたな」

「へー! かっけえ!」

「だが」ハチさんは両手を握りしめた。「そんなじいちゃんの宝は。生きた証は。ヤツらに奪われてしまった」

「ハチさん……」

「頼む。協力してくれ! じいちゃんの誇りを取り戻すことに――!」

 俺は大きく息を吸い込んでそして叫んだ。

「当たり前だ!!!」

 これはONEPIECEの主人公ルフィが、彼に涙ながらに助けを求めたナミに対して言い放った名セリフである。

 ……できればここは短編レジェンド作品の名言でキメたくはあったが、まあよしとしよう。

「人の大事なものを奪おうとするヤツなんか許せねえ。ましてやそれがジャンプコミックスともなりゃあ黙っちゃいられねえ!」

「わたしも! わたしもです!」

 涼がそういうとハチさんは優し気な笑顔を見せてくれた。

「それで具体的にはどうすれば?」

 純もノリ気のようだ。ハチさんはニヤりと笑いながらそれに答えた。

「二一九八年に一緒に来てくれ!」

「「えええええっ!?」」

 純と涼が同時に叫ぶ。

「そんでな。じいちゃんのJcを取り返すために一緒に闘ってくれ!」

「「た、闘う!?」」

 ハチさんは笑顔のままコクリと頷いた。

「闘うっていったって! 私たち格闘技もなんも知らんで!」

「大丈夫! おまえたちのジャンプ愛はホンモノだ! それさえあればどうにかなる!」

「どうにもならないよ!」

「それがなるんだなあ。大知くん。キミはどうする?」

「よっしゃあ! バトル展開だな!? 腕がなるぜ!」

 純と涼はええええーーーー!? と同時に叫んだ。さっきから息の合っていることである。

「腕がなるって大知。キミは子供の頃から一回もケンカに勝ったことがないだろう」

「関係ないね!」

「ありそうだけど……!?」

 ハチさんはなぜかそれを聞いてなぜかガハハハハ! と笑った。

「まあまあ。ともかくキミは来てくれるってことでいいんだね?」

 俺は力強く頷いた。

「で。キミたち二人はどうする?」

 すると純は苦笑しながらこう答えた。

「まあ僕は大知が行くというならそうするよ」

「純くん!?」

 涼は家に置き去りにされた小型犬のような顔で純を見た。

「大丈夫だよ涼ちゃん。こうみえても三歳の頃から油絵とピアノをやってるから」

「イチミリも関係ないじゃん!」

「こう見えてもって純くん。見た目のイメージ通りだぞ。いかにも油絵とかピアノとかやってそうな顔してるよ」とハチさん。

「そうですか? まあメガネしてますしね」

 二人はハハハ! と笑いあった。

「じゃあキミも決定でいいね? そこのプリティガールはどうする?」

 涼はほっぺたを膨らませて地団駄を踏みながら答えた。

「私だけ待ってるなんて心配で死んじゃうよー!」

「じゃあ。涼ちゃんも来るか?」

「行くよお!」

 目からぽろぽろと涙。ハチさんはそれをそっと指先で拭った。けだしイケメンである。

「大丈夫だよ。さっきジャンプ愛があれば大丈夫と言ったけど、アレはあながち精神論でもないんだ」

「へっ? それってどういう……」

「その辺りは未来に来てもらわないと説明できんのだ、充電がキレてるし」

「充電……?」

「まァともかく。まずは出発しよう。ここ本当は一般車両駐車禁止なんだ」

 そういうとハチさんは荷台の入り口を乱暴に開き運転席に乗り込んだ。

「さあ。キミらも座席に座んな。シートベルトはちゃんとしたほうがいいぞ」

 俺たち三人も荷台から降り、俺が助手席、純と涼は後部座席に座った。

「えーっと。元の時代と場所に戻るレバーはこれかな。よしOK。では出発しんこー。ちょーーーーとだけ乗り心地が悪いかもしれないけどガマンしろよ」

 エンジンがかかり車体が揺れ――

「――!?」

「ひっ!」

「ぎゃあああああああああ!」

 縦に横に凄まじい揺れ。それに轟音。窓から外を見ると黒と紫色のまだら模様の空間がぐにゃぐにゃ蠢いていた。

「大丈夫かー? まあ三十分ぐらいだからガマンしてくれー」

「思ったより長げえ!」

「私はもう慣れたぜ。慣れればジェットコースター感覚でいける」

「いけねーよ!」

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