第一章 ─虚構の勇気─
優しく明るい世界と暗く穢れた才能
「さて、この辺に橋と用水路があるハズ…」
ウツロはグラムから貰ったメモを片手に、『グ・ランディス』の中をキョロキョロと見回す。
それにしても、この街の活気と繁栄には目を見張るものがある。どこの市場でも店でも、常に楽し気な客の声と、元気の良い店員の呼び込みが響き渡っており、貴族も平民も、ケモノ耳を生やした人外ですら己を
中には店員が子供だったり人外だったりする店も少なくはないが、客は誰一人として、店員の見てくれで品物を判断していない。それどころか、二足歩行の狼が貴族の服を纏いながら、人間の店で買い物をしている場所すらある。
こういう場所では、どうしても貧富の格差や人種の差による差別や侮蔑などがあるものだと思っていたが、どうやら認識を変える必要があるらしい。
「あぁ、これか」
そうこう街を眺めているうちに、目的の橋を発見。その先には、『この先、鉱山地区』と書かれた立札が立っていた。
ウツロは臆する事なく鉱山地区へと入っていき、目的の店を再び歩き出した。
流石に鉱山地区とだけあって、中を歩いているのは殆ど筋骨隆々の男性。しかも、そのほぼ全員がタンクトップにハーフパンツという出で立ちで、絵にかいたような鉱夫ばかりだ。
とはいえ、地区の中も先ほどの市場同様に綺麗に整備されており、鉱夫自体も活気に溢れている。どうやら、ここでも労働者たちを悪条件で働かせている、環境整備を放置している、などといった差別まがいの事はなさそうだった。
でなければ、こんな昼間っから人間と狼が肩を組み合って、心底楽しそうに酒をガブ飲みしている構図など見られないだろう。
「っと、此処か…って、凄いな…」
地区を観察しているうちに、目的の店を発見。建物自体は二階建てで大きめの綺麗な外観なのだが、致命的なのはその看板。建物に斜めに打ち付けられたボロい木の板に、これまた斜めった汚い字で『クレナ食堂』とデカデカと書いてあった。店の外観、周囲が綺麗なだけに、ここだけ頑張らなかった理由が分からない。
とはいえ、あの一度会っただけでも十分に伝わってくる騎士道精神の塊みたいなグラムの紹介だ。悪い店ではないだろう。そう考えてウツロは若干の不安を抱きつつも、食堂の中へと入っていった。
***
前夜 馬車にて
「そういえばウツロさん。もう働き口は見つかっているんですか? 」
「いや、到着してから探そうかと思っているけど……」
「なら、丁度良い所があるんですよ! ちょっと待っててくださいね? 」
グラムはウツロの返答に明るい顔と声で大きくうなずき、近くに立てかけてあった紙とペンを取り、何やらサラサラと書いていく。
そして待つこと数分。
「此処、僕の友達が経営してる食堂なんですがね? どうやら最近人手が足りていないらしくて、ウツロさんさえ良ければ彼女に連絡して雇ってもらえるように連絡しておきますが…」
職探しについて不安があったウツロにとっては願っても無い好機。それに、グラムの友人というからには信頼できると判断して問題はない。そう判断したウツロはグラムの問いにすぐさま頷き、感謝を述べた。
「じゃ、そうと決まったら早速連絡しておきますので、少々お待ちを」
そう言ってグラムは席を立ち、近くに合った通信機に耳を当てて番号を入力し始めた。
どうやら通信に関しては、魔法等のファンタジーな代物ではなく、電話を使って行えそうだ。これなら、人を選ばないためウツロにも問題なく使える。
「お、クレナかい? 僕だけど、今いいかい? 」
陽気な声のグラムとは対照的に、電話の先の住人は寝起きのような声で怒声を上げている。こんな深夜なのだから当然ではあるが、グラムは気にせず本題へと入り、勝手に話を進めていく。
それから少しして、電話を切って再び席へと戻ってくる。
「僕の紹介って事で、即雇用でいいとの事ですよ」
「はは、何から何まですまないね。何か恩を返せればいいんだが…」
「恩返しなんてそんな…僕はただ、やりたいからやっただけですよ」
申し訳なさそうに笑うウツロに対し、グラムも遠慮するように両手を体の前に突き出し、笑う。
とはいえ、その言葉だけで納得できる程、ウツロは恩知らずでもない。
さてどうしたものかとリュックの中を
「うん、コレなんてどうだろう。きっと君に似合うと思うよ」
そう言ってグラムに差し出したのは、銀色の蓋つきの懐中時計。蓋の裏側には小さな写真を入れるポケットがあり、文字盤では今も変わらず針が一定のリズムで動き続けている。
「これ…時計ですか? でも、こんな高そうなモノ…! 」
「少し傷が入ってて申し訳ないけどね。さて、どうだろう? 私の気を晴らすためにも是非貰ってくれないかな? 」
ウツロの言葉に少し悩んだ後、
「そう言われたら貰わないわけにもいかないですよ…この時計、大切に使わせて頂きます」
グラムは再びニッコリと微笑み、懐中時計を丁寧に懐にしまった。
それにしても、あの懐中時計は日本でウツロが愛用していた懐中時計だ。社会人になりたての頃、アンティークショップで発見して一目惚れし、初任給を
どうしてあんなものがあるのか…少し気になったが、どうせあの意味の分からない人型の仕業だろう。と、ウツロは気にすることを止めた。
考えても答えの出ない、答えの出しようのない問題に時間を割くのは、彼女の趣味ではなかった。
馬車の中の夜は続く
***
「おう、いらっしゃい! 悪いが席が埋まってるモンでね! 少し待っててくれ! 」
店に入ると、早速厨房と思わしき場所の先から女性の声が轟いた。どうやら本当に一人で切り盛りしているらしい。
しかも、少し広めの店内には鉱夫と思わしき男たちが所狭しと座っており、山盛りの料理を貪るように食べ進めていた。
この人数相手を一人でこなすとは、凄い人もいたものだと、ウツロは一人、内心感心していた。
「っと、ボーっとしてる場合じゃ無かったな。少し手伝うか」
このままここで棒立ちしていても何の益にもならない。そう判断し、ウツロはカウンターへと向かう。その様子を、鉱夫達は先ほどまでせわしなく動かしていた匙を止めて、ジッと眺めていた。
「クレナさん…だったかな? 私はグラム君に紹介されて…」
「グラムの紹介!? あぁ、アンタがそうかい! じゃあ、できた料理をまだ料理が届いてない奴に持ってってくれ! 」
「いや…誰が何を頼んだんだか知らないんだが…」
「アタシの店にオーダーもメニューもないよ! あんのはアタシが気分で作った飯と、腹を空かせた客だけさ! 連中になんざアタシが作った料理を適当に配っときゃそれでいいのさ! 」
「は…は…凄まじいな…」
喋り方からして大雑把なのはわかっていたが、まさかここまで豪胆とは思わず、思わず引き
だが、それ以上にウツロの中には一つの感情があった。
「はは……最高に面白いね! 貴女は! 」
それが『面白い』という一つの感情にして、ウツロの行動の最大の動力源だった。
そうと決まればウツロはすぐさま行動に移す。
まずは適当に料理を取り、空っぽのテーブルに置いていく。そこから料理の並ぶカウンターに戻る道すがら、空っぽになった皿を回収しつつ、机の上に置かれた金を回収する。
料理の値段は分からないが、全員同じだけの金を置いているあたり、値段は一律なのだろう。
カウンターに戻ったら、回収した皿を泡立ったシンクに突っ込み、近くにあった『代金』と書かれた粗雑な箱に金を突っ込む。
客の食事スピード、調理時間を考慮し、時間に少しでも隙間を見つけ次第、その時間を使ってシンクに溜まった洗い物を洗ってクレナの近くへと並べていく。
「おいおいアンタ…マジかい? 」
初めてとは思えない動きの効率、周囲への観察、そして、動きの速さ。その淀みの無さと無駄の無さに、今度はクレナが手を止め引き攣った笑みを浮かべる。
「ったくグラムの野郎…どこからこんなヤベェ奴見つけやがったんだよ…最ッ高過ぎんだろテメェ!! 」
だが、その硬直もつかの間、クレナは更にペースを上げる。それに伴い、ウツロの動きも更に洗練されていく。
これが、
容姿、勉学、運動、そして何をしても最高峰のパフォーマンスを生み出す、まさに天から溺愛されたとしか思えないほどの神掛かった才能。
人はそんな非の打ちどころのなさすぎる彼女を、羨望と憎悪と妬みを込めて、天才を超えた天才。『鬼才』と呼んだ。
その感情論が、後に己の首を握り潰すとも知らずに。思わずに。
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