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 病室のドアは開いていた。

 部屋は個室で広々としている。ベッドの脇で礼さんが荷物をバッグに詰め込んでいた。


「……礼さん」


 俺の声に、礼さんが顔を上げた。


 礼さんは言葉を発することも出来ないくらい驚いていた。


「礼さん、お久しぶりです」


 礼さんの目に、涙が溢れた。


「……真君、どうしてここに?」


「空に教えて貰ったんだ。MILKY麻布店で偶然空に逢った」


「……空に。そう……麻布店に行ってくれたんだ」


 礼さんが一歩ずつ俺に近付く。


 俺は感極まり、言葉にならない。


「どうして……こんな場所まで来たの」


「礼さんが病気だと空から聞いたんだ。五年前に手術したって……」


「心配してくれたの?」


 礼さんの頬に涙が零れ落ちた。


 俺は礼さんの体を引き寄せ、そのまま抱き締め、首筋に顔を埋めた。


「……真君」


「逢いたかったよ。ずっと逢いたかった……」


「私も……逢いたかったよ」


 恋しくて……


 恋しくて…………。


 ずっと……礼さんのことが……


 恋しくて……。


 俺はその想いを心の奥底に封じ込めたまま、ずっと暮らしてきた。


 礼さんの幸せだけを……


 空の幸せだけを……


 ずっと祈ってきた……。


 やっと……逢えた……


 遅くなって……ごめん。

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