奈央side

177

 三月になり、穏やかな春の陽射しがリビングに差し込む。


 私はクローゼットを開くたびに、LITTLE MILKYの紙袋を目にし、胸がチクチクと痛んだ。


 真の子煩悩は日増しに強くなり、翼や愁をとても溺愛してくれた。


 何も不安がることはない。


 真は今もこうして私と一緒にいるのだから。


「奈央、ただいま」


「お帰りなさい」


「やけに静かだな。子供達は寝たの?」


「うん、もう十時だよ。子供は寝る時間よ」


「もう十時か。新学期が近いから毎日忙しくてさ。ああ腹ペコだよ。夕飯なに?」


 真はネクタイを緩めると、私に軽くキスをした。その義務的なキスに、寂しさを感じた。


 私から離れようとした真の背中に手を回し、真に自分から抱き着いた。


「……どうした?奈央?」


「少しだけ……こうしていたいの。腹ペコさん、ちょっとだけ我慢してね」


 真の広い胸に顔を埋め、ワイシャツの背をギュッと掴んだ。


 本宮空が夏期講習から入塾し約半年。

 私達の間に性行為はない。


『選抜Sクラスを受け持つことになったプレッシャーで心身共に疲れるからだ』と、真は言ったけど、私にはそうではないことくらいわかっていた。


「奈央、どうした?変なやつだな」


 真は笑いながら私の背中に手を回し、抱き締めてくれた。


「真……大好きだよ」


「なんか照れるな。何か欲しいものでもあるのか?買っていいよ」


「やだな。そんなんじゃないよ」


 ――私が欲しいのは……


 真の心……。


 体は捕まえることができても、心は捕まえることができない。


「真……キスして」


「はい、奥様。何度でもキスしますよ」


 真は優しく微笑むと、私の唇を塞いだ。


 ――ねぇ……真……。


 好きな気持ちが、目に見えたらいいね。


 私がどれだけ好きか……真に見せてあげたい。

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