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 ◇


 その日、仕事から帰宅した私は、夕食を食べながら今日あった出来事を空に話した。


 空は驚く風でもなく、平然としている。


 こんなに取り乱している自分が、恥ずかしくなった。


「ごめん、礼、あたし知ってた」


「えっ?知ってたの?」


「真ちゃんが就職した進学塾の夏期講習に申し込んだ。もちろん入塾テストも、クラス分けテストもダントツトップだから安心して。特待生Sクラスは学費の割引があるみたいだから」


「……なんだ、そうだったんだ。この数年で真君が二児のパパになるなんて、年月を感じるわね」


 しみじみと語る私に、空の衝撃発言は続く。


「二年振りに逢った真ちゃんに、あたし胸がキュンとしたんだ」


「……えぇ?」


 思わず、ナイフとフォークを持っていた手が止まる。


「それなのに、真ちゃんの口から出た言葉が『俺、結婚したんだ』驚き過ぎてひっくり返りそうになったよ」


「私も……腰を抜かしそうだった」


「しかも子供が二人いるなんて、いつの間に子供作ってんだよ。デキ婚で年子だなんて、あり得ないよ」


 どうやらショックだったのは、私だけではなかったようだ。


「あたしの気持ちなんか知らない真ちゃんは、幸せそうな笑みを浮かべた。まるで溶けたアイスクリームみたいにデレデレしちゃってさ。サイテーだよ」


 真君……

 幸せなんだね。


 あれから真君は……

 幸せを見つけたんだね……。


「真夏の陽射しが眩しくて、目を開けていたら涙が零れ落ちそうだったから、あたしはわざと青空を見上げた。涙が落ちないように、瞼の中に封じ込めたんだ」


「……空、あなた……まさか……」


「真ちゃんのことが好きだったよ。礼と真ちゃんが結婚してくれるなら、あたしも安心して失恋するつもりだったけど、でももうそんなバカな夢も終わりだね。礼、真ちゃんのことはもう忘れよう」


 空の淡い恋心にも気付かないなんて、私は母親失格だな。


 精神的に落ち込みそうな私に、空は全てを告白することで、私を元気づけてくれたに違いない。

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