奈央side

164

 八月になり、毎日茹だるような暑さが続いた。愁が一歳になり、子供達を保育園に預け私は仕事を始めた。


 荻窪駅前に出来た児童向けの英会話教室。英語の教員資格を持っている私は、運良く採用してもらえた。


 真と結婚して二年以上の時が流れ、年子で二人目を産んだのは私が強く望んだから。二児の父親になれば真が浮気できないと思ったからだ。


 希望通り二児を授かり、真は想像以上に子煩悩であることを知る。


 ただ……、時折真は窓の外を眺め小さな溜め息を吐くことがある。『仕事疲れだよ』と言うけれど、私は違うと感じていた。


 最近、いや、結婚してからずっと……

 真の心は私以外の人を見つめている。


 幸せであればあるほど、砂山のような幸せが少しずつ崩れて行く。


 なぜ……?

 理想的な家庭を持っているのに、真の心は離れているの?


 私は真実を問うことが怖くて、真に確かめることができない。


 ――何故なら、私には真に決して言えない秘密があるからだ。


 大学生の時に真が家庭教師を引き受け、本宮家に入り浸るようになり、浮気を疑った私は本宮corporationのホームページの問い合わせ先に、社長宛で『本宮礼と家庭教師の浮気』を暴露しメールで送付した。


 浮気を知れば、彼女も真もただではすまないと思ったからだ。


 全ては真を取り戻したい一心だった。

 でも、真はそれを期にさらに彼女に入れ込むようになった。


 私は寂しさから、敢えて排卵日に真を誘い秘かに妊娠を熱望するようになった。その願いは叶ったが、妊娠を告げると真は拒絶するかもしれないと不安が過ぎる。


 それを避けるために、私は真のアパートを出て安定期になるまで身を隠した。それに協力してくれたのは、元彼である高木雄一だった。


 真にはずっと隠していたが、私は真と交際する前に雄一と付き合っていた。真が家庭教師で戻らない寂しい夜は、雄一と過ごして気を紛らわせたこともある。雄一は軽い男で何度か発言にヒヤヒヤしたが、真は私達の関係に気付かなかった。


 ――『自分一人で育てる』『真に迷惑はかけない』


 そう言ってきたけれど、本心は最初から一人で育てるつもりなんてなかった。


 子供を産めば、必ず真が迎えに来てくれる。


 子供さえ産めば、真を繋ぎ止めることができる。


 夫も子もある美人社長から、真を奪い返すことができる。


 それなのに真と彼女は逢瀬を楽しんでいた。そんなこともあろうかと、興信所に依頼し浮気の証拠写真を撮影し、本宮氏に送りつけた。


 心のどこかに潜んでいた悪魔が……

 小さな幸せを掴んだ途端、私を激しく責め立てる。


 ――『お前は悪女だ』と……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る