奈央side
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八月になり、毎日茹だるような暑さが続いた。愁が一歳になり、子供達を保育園に預け私は仕事を始めた。
荻窪駅前に出来た児童向けの英会話教室。英語の教員資格を持っている私は、運良く採用してもらえた。
真と結婚して二年以上の時が流れ、年子で二人目を産んだのは私が強く望んだから。二児の父親になれば真が浮気できないと思ったからだ。
希望通り二児を授かり、真は想像以上に子煩悩であることを知る。
ただ……、時折真は窓の外を眺め小さな溜め息を吐くことがある。『仕事疲れだよ』と言うけれど、私は違うと感じていた。
最近、いや、結婚してからずっと……
真の心は私以外の人を見つめている。
幸せであればあるほど、砂山のような幸せが少しずつ崩れて行く。
なぜ……?
理想的な家庭を持っているのに、真の心は離れているの?
私は真実を問うことが怖くて、真に確かめることができない。
――何故なら、私には真に決して言えない秘密があるからだ。
大学生の時に真が家庭教師を引き受け、本宮家に入り浸るようになり、浮気を疑った私は本宮corporationのホームページの問い合わせ先に、社長宛で『本宮礼と家庭教師の浮気』を暴露しメールで送付した。
浮気を知れば、彼女も真もただではすまないと思ったからだ。
全ては真を取り戻したい一心だった。
でも、真はそれを期にさらに彼女に入れ込むようになった。
私は寂しさから、敢えて排卵日に真を誘い秘かに妊娠を熱望するようになった。その願いは叶ったが、妊娠を告げると真は拒絶するかもしれないと不安が過ぎる。
それを避けるために、私は真のアパートを出て安定期になるまで身を隠した。それに協力してくれたのは、元彼である高木雄一だった。
真にはずっと隠していたが、私は真と交際する前に雄一と付き合っていた。真が家庭教師で戻らない寂しい夜は、雄一と過ごして気を紛らわせたこともある。雄一は軽い男で何度か発言にヒヤヒヤしたが、真は私達の関係に気付かなかった。
――『自分一人で育てる』『真に迷惑はかけない』
そう言ってきたけれど、本心は最初から一人で育てるつもりなんてなかった。
子供を産めば、必ず真が迎えに来てくれる。
子供さえ産めば、真を繋ぎ止めることができる。
夫も子もある美人社長から、真を奪い返すことができる。
それなのに真と彼女は逢瀬を楽しんでいた。そんなこともあろうかと、興信所に依頼し浮気の証拠写真を撮影し、本宮氏に送りつけた。
心のどこかに潜んでいた悪魔が……
小さな幸せを掴んだ途端、私を激しく責め立てる。
――『お前は悪女だ』と……。
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