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 一階の和室の中央にベビーベッドが置かれていた。室内には障子越しに柔らかな陽が入っていた。


「オギャアオギャア……」


 ベビーベッドには小さな熊のぬいぐるみ。

 ピンク色の布団の中で、翼は真っ赤な顔をして手足をバタつかせ元気な声で泣いていた。


「翼、よしよし泣かないで。この子ね、よく泣くのよ。私に似たのかな。泣き虫な女の子なんだ。でも母乳はよく飲むのよ。女の子なのに食いしん坊なのよ。真に……似たのかな」


 奈央は花柄のバスタオルに翼をくるむと、ベビーベッドから抱き上げた。


 奈央に抱かれゆらゆらと体を揺られていると、翼はすぐに泣き止んだ。


 奈央は泣き止んだ翼を、俺の腕の中に抱かせてくれた。


 俺の腕の中で、小さな瞳が俺を見つめている。


 その瞳は澄んでいて愛くるしい。無垢なその眼差しに、俺の汚れた心が洗われた気がした。


 大人の身勝手さ、大人の無責任さを、この小さな天使に教えられた気がした。


 俺は翼を抱き締め、声を上げて泣いた。


 奈央はその様子に驚き、ぽろぽろと涙を溢した。

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