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 ――六月中旬――


 休日、俺は部屋で荷造りをしていた。

 もともと家具も衣類も少なくて、さほど時間は必要なかった。


 五月下旬に今より少し広いマンションを契約した。礼さんと別れ、もう広い部屋は必要なかったが、このアパートに住んでいることが辛くて、俺は引っ越しを決めた。


 荷物を整理している時、携帯電話が鳴った。着信画面を見ると……奈央だった。


 子供が生まれたと直感した俺は、咄嗟に携帯電話を掴んだ。


『久しぶりね、真……。私……奈央。覚えてる?』


「当たり前だ。奈央……元気にしているのか?」


『元気よ。連絡するべきかどうか迷ったけど……。一応知らせておくわね。六月十日に赤ちゃんが産まれたの』


「そうか……。奈央、おめでとう……」


 礼さんのこともあったが、奈央の出産も片時も忘れたことはなかった。


『三千二百グラムの元気な女の子よ』


「女の子……」


『それでね、真に迷惑掛けないって言ったけど、子供の将来を考えたら、やっぱり認知だけはして欲しいの』


「もちろん認知するよ。奈央……一人で本当に大丈夫なのか?俺……就職したし養育費も毎月払うから……」


『養育費は心配しないで。赤ちゃんも元気だから……じゃあね』


「……うん」


 奈央に寂しい思いをさせ、苦しみを与え、赤ちゃんが産まれた時も傍にいてやることが出来なかった。認知や養育費は男として最低限の責任……。


 本来ならば、生まれてきてくれたことに感謝し、奈央と二人で祝福してやるべきなのに……。

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