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「……真君」


 涙は溢れ、真君が霞んで見えた。

 真君は黙って私を抱き締めた。


「礼さん迎えに来たよ」


 真君の言葉に、私は場を弁えず涙する。


 私は身ひとつで、真君の車に乗り込んだ。


 もう……本宮の元には戻らない。


 そう……心に誓った。


 真君は自分のアパートに車を走らせた。


 ハンドルを握りながら、泣き顔の私に優しく微笑む。


 アパートに着くと、私をすぐに抱き締めた。

 真君の優しさが、壊れた心と体を癒してくれる。


「いま温かい珈琲を入れるから。狭くてごめん。そこに座って待ってて」


「……ありがとう」


 洋間にはシングルベッドとテレビが置かれ、僅かに空いたスペースに小さなガラスのテーブルがひとつ。室内は整理整頓されていて、ピンク色のクッションや花柄のテーブルクロスが、恋人の存在感を主張していた。


「礼さん、ご主人と何かあったんですか」


「……ごめんなさい。帰宅したら夫がいて……。真君との関係を誤解されてしまったの。夫のことだから、あなたに何をするかわからない」


「また暴力を……?」


 私は首を左右に振る。


「夫は愛人と別れたから、また私と一緒に暮らしたいと言ったわ。もう暴力は振るわないと約束した……。でも怖くて……家を飛び出してしまったの」


 真君は目の前にコーヒーカップを置き、私の隣に座った。


「ずっとここにいて欲しい。何かあれば俺が対処する」


 もう……本宮の元には戻らない。


 真君の腕の中で、私は泣きながら頷いた。


 私は……

 いつの間にか、真君のことを好きになっていた。


 家庭教師に来てくれた時から……

 真の優しさに私の心は包まれていた。


 たった一度のキスが……

 私の冷めた心にあたたかな火を点してくれた。


 空の言葉に影響されたからじゃない。


 私の心に『愛している』という感情が芽生えた。


 私は本宮の妻だ。


 真君にそんな感情を抱いただけで、私は本宮を裏切ったことになる。


 本宮に浮気を疑われて殴られたとしても、仕方がないのかもしれない。

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