111

 ――『俺のところに来ませんか』


 突然のことに驚いたが、真君の言葉に全身が熱を帯びる。


 ――『俺は……礼さんが好きだ』


 私が好き?


 こんな私のことを……?


 私は本宮の妻なんだよ……。


 真君は空の言葉に惑わされ、私に同情しているだけ。


 真君に抱き締められ、その逞しい腕のぬくもりに、私は心地よさを感じた。


 私は……

 真君が……好き……?


 夫がいながら、ふしだらなことを……。


 でも……

『結婚』という鎖から、解き放たれるなら……。


 今すぐにでも、本宮から逃げ出したい。


 叶わぬ想いが、心から溢れ出す。


 ――重なる唇……。


 真君と初めてキスをした。


『アイシテハ イケナイ』


『ツミヲオカシテハ イケナイ』


 理性が私を引き止めたが、私の手は真君の背中を掴んでいた。


 今だけ……。


 今だけでいい……。


 このひとときだけでも……

 私は本宮の拘束から解き放たれ、自由になりたい。


 ハッと我に返り、真君の体を突き放す。


「……ごめんなさい」


「礼さん、謝らないで。俺の気持ちは変わらない。何かあったらすぐに電話して下さい。すぐに迎えに来ます」


「……真君、ありがとう。でももう……。今日は本当にありがとう。さようなら」


 私は真君の熱い眼差しから逃れるように、車を降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る