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「もうすぐタクシーが来るだろう。目黒の田崎外科病院に行きなさい。私の友人が院長をしているから、処置をしてくれるはずだ」


 本宮氏は財布から万札を数枚抜き出し、テーブルの上に置いた。


「礼、わかってるな。空がお前を刺したとは決して口外するな。私と口論の末、逆上した私がお前を殴り、ナイフで刺したと言いなさい」


「………あなた」


 本宮氏はそれだけいうと、家を出て行った。


 礼さんの傷口に当てた白いタオルは、血で赤く染まる。


「……空、大丈夫だからね。たいした怪我じゃないわ。だから心配しないで」


「礼……。ごめんなさい……ごめ……んなさい……」


 空は礼さんの横に蹲り、声を上げて泣きじゃくった。


 本宮氏は礼さんと口論の末に自分がナイフで刺したと、病院側に説明しろと言ったんだ。


 本宮氏は……自分にナイフを向けた空を庇った。


 空は……殴られた礼さんを庇い守ろうとした。

 そして……実父にナイフの刃先を向けた。


 礼さんは……暴力を振るわれても本宮氏を庇い、空の怒りをその体で受け止めた。


 これが……夫婦なのか?


 これが……家族なのか?


 俺はその現実に愕然とする。


 ――タクシーが到着し、俺達はタクシーに乗り込む。そのまま目黒の田崎外科病院に向かった。夜間のため看護師は不在で、医師が対応してくれた。


 礼さんは傷口を十五針縫ったものの、命に別状はなかった。


「この傷はどうされました?」


 医師の問いに、礼さんは申し訳なさそうに笑みを浮かべて答えた。


「この傷は、キッチンで料理していて私の手元が狂ったんです。自分でやりました」


 医師は呆れたように、礼さんを見つめた。


「本来ならば、この程度の傷でも事件性があれば警察に通報しなければならない。ですが本宮の奥様がそう仰有るならば致し方ないですね。ご自身の過失ですね」


「はい。夜分に処置をして下さりありがとうございました」


 礼さんは医師に、深々と頭を下げた。

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