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「真に迷惑はかけないから。この子は、私一人でちゃんと育てるから」


 奈央はそう言うと、俺を真っ直ぐ見た。

 その眼差しに弱々しい奈央の面影はなく、凛としていて真剣な眼差しだった。


「何、言ってるんだよ。なんで今まで黙ってたんだよ。そんな大切なこと、俺は今まで何も知らなくて……」


「黙っていたことは謝ります。でも……真はそんなことにも気付かないくらい、私のことなんて忘れていたでしょう。私ね、強くなったんだよ。この子のお陰で強くなれたの。今妊娠七ヶ月なんだよ。あと三ヶ月で、私はママになる。だから……メソメソ泣いていられない」


「妊娠……七ヵ月……」


 そんな……ばかな。

 同棲していた時に、そんな大事なことに気づかなかったなんて。


 俺は完全に混乱している。

 あと三ヶ月で出産だなんて、一体どうしたらいいんだ……。


「私は真に何も望んでないよ。責任取れなんていうつもりもない。私が産みたかったから。真の赤ちゃんだから、産みたかったんだ。迷惑かけないから……だから……」


「一人で育てるって、どうするつもりなんだよ。赤ちゃんを一人で育てながら働くこともできないだろう」


「私ね、明日、千葉の実家に帰るんだ。だから真とも今日でさよならだね」


「奈央……。本当にそれでいいのか?俺は……」


「いいの。もう何も言わないで。わかってるから。真は、今好きな人がいるんでしょう。大丈夫、真の邪魔はしない。その人と幸せになってね」

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