90

 講堂に入ると、学部ごとに分かれて整列していた。俺と奈央は同じ教育学部だ。


 俺は席に着き周囲を見渡し奈央を捜すが、奈央の姿は見えない。


 卒業式開始ギリギリに、赤い着物に紺色の袴姿の奈央が講堂に入って来た。


 袴姿だったけれど、華奢だった奈央の体型は明らかに異なっていた。


 ふっくらと膨らんでいる腹部。袴で隠してはいるけれど奈央の体形の異変に、俺は愕然とする。


 教育学部の最後尾に座った奈央に、前列にいた俺は近付くことも出来ず、卒業式の最中も俺は冷静ではいられなかった。


 卒業式が終了し、俺は慌てて奈央に駆け寄る。人混みを掻き分け、奈央の腕を掴んだ。


「奈央……待てよ……」


「……真、久しぶりね。卒業おめでとう」


「そんなことより大事な話がある。ちょっと来い」


 俺は奈央の手を掴んだまま、講堂の外に設置されたベンチに行き座るように促した。奈央は気まずそうにベンチに腰を落とした。座ると、さらに腹部の膨らみが明らかになる。


「奈央……。もしかして、妊娠してるのか?」


 奈央は口を噤み俯いた。


「奈央、黙ってたらわかんねーよ。妊娠何ヵ月なんだよ!」


「怒鳴らないで。みんなが見てるわ。見ての通り、私は妊娠してる。この子は、私の子供だよ。私一人の子供。真には関係ない」


「奈央……。そんな大事なことをどうして……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る