82

 俺はその夜、狭い室内の床に布団を敷いて寝た。奈央は俺に背を向けベッドで眠った。俺も奈央に背を向けて眠った。


 今まで、何度となく喧嘩はしてきたが、別々に寝ることはなかった。


 奈央の気持ちが、俺から完全に離れてしまったのだと、深い悲しみが心を締め付けた。



 ――翌朝――


 目覚めたら、奈央はベッドには居なかった。


 部屋の隅に追いやられたテーブルの上には、部屋の合い鍵と、一枚の便箋に【今までありがとうございました。さようなら。】の文字。


 そこには引っ越し先の住所も書かれてない。


 納得がいかない俺は、奈央に電話を掛けたが、携帯電話は電源が切られているのか不通の状態で、その日の午後にはもう解約されていた。


 ――奈央は俺の前から姿を消した。


 四年近くも、一緒に暮らしていた奈央。

 部屋に置かれた雑貨やキッチンのマグカップ。

 どれを見ても思い出深く、奈央の笑顔が浮かんでは消える。


 あんなに好きだった奈央を、俺は泣かせて苦しめた……。


 ふと、キッチンのゴミ箱に視線を向けると、弁当のトレーが沢山捨ててあることに気付く。


 奈央は俺が礼さんの手料理をご馳走になっている間、この狭い部屋で弁当を食べていたんだな。


 俺は今まで……何をしていたんだよ……。


 何で、そんなことに気づかなかったんだよ。


 どんなに悔いても、奈央は戻ってはこない。


 俺の心の中に、ぽっかりと大きな穴が空いた。


「……奈央。どこに行ったんだよ……」


 テーブルの上に置かれた合い鍵を握り締め、自分の不甲斐なさを悔いた。


 ◇


 翌日、大学の共通の友人や知人に奈央の行き先を尋ねたが、転居先は誰も知る者はいなかった。


 大学構内でも、奈央の姿を見つけることは出来なかった。

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