礼side

74

「ご飯出来たよ」


 食事の用意が整い、階段の下から声を掛ける。

 空の部屋のドアが開き、「ご飯だって」と真君に呼びかける声がした。


 私はキッチンに戻り、ダイニングテーブルに配膳をする。


「ああ、いい匂い」


 真君は子供みたいにお腹を擦りながらダイニングルームに入ってきた。


 ダイニングテーブルの上はすでに配膳は終わり、真君がリクエストした料理の品々を並べている。


「美味しそう!」


 真君は満面の笑みで私を見つめた。二人の視線が優しく重なる。


「やだな、揚げ物?しかもチキンカツ。揚げ物はカロリー高いし、あたしがダイエット中なこと、礼、知ってるでしょう」


「うん、知ってる。今日のメニューは真君のリクエストなのよ。たまにはいいでしょう」


「家庭教師のくせに図々しく夕飯のオーダーって、有り得なくない?」


「礼さんのお言葉に甘えさせてもらったんだよ」


「恋人でもないのに、人妻に勝手に甘えるな」


 真君と空が子供みたいに口論している。いや、じゃれていると言った方が正しい。


 私はこの賑やかな時間が好き。


 本宮は結婚して数ヵ月はこの家に住んでいた。五歳で両親と離れて暮らしていた空は、九年振りに振りに父と義母と同居し、楽しいはずはなかった。


 思春期を迎えた空と、自分本位な本宮。

 ギクシャクとした生活、育児放棄していた本宮が勉強や交友関係に口を挟み、空はそれが我慢できなくて、無言の抵抗をした。


 三人揃った食卓。場を和ませようと少しでも話し掛けると、本宮に行儀が悪いと叱られた。


 私も空も黙って食事をする。


 息が詰まりそうな生活。夫婦なのに、親子なのに、他人といるよりも息苦しい。


 そんな生活も、わずか数ヵ月で幕を閉じた。

 たった数ヵ月で、本宮は私を捨てただけではなく、空との生活を再び放棄した。

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