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「今から作るなら、リクエストしてもいい?」
「そうね。冷蔵庫に食材があれば可能だけど、一応聞いてあげる」
「フレンチとかイタリアンとかじゃなくて、定食屋にあるようなトンカツが食べたいな」
普段口にすることがないような豪華な料理ではなく、学生時代によく通った定食屋のトンカツが頭に浮かんだ。
「トンカツ?残念でした。豚肉がありません」
ブルーのエプロンをした礼さんは、いたずらっ子みたいな笑顔を俺に向けた。素顔の礼さんは冷酷な女性ではなく、可愛い女性だった。
「豚肉がないなら仕方ないね。残念だな」
「でも鶏肉ならあるわよ。チキンカツでもいい?その方がカロリー低いし。私や空は鶏肉の方がヘルシーだわ」
「チキンカツ?いいね、オーダー可能?」
礼さんはニコッと笑った。
「お客様のオーダーをお受け致しました。定食屋のメニューなら、チキンカツと野菜サラダ、胡瓜とジャコの生酢と、お味噌汁でどうかしら」
「最高ですね。礼さんの酢の物美味いし。楽しみだな。じゃあ、勉強頑張ります!」
俺は……なにを浮かれてるんだ。
俺には奈央がいるのに……。
礼さんには夫も空もいるのに……。
こんな気持ちを抱くなんて。
俺は二階に上がり、空の部屋をノックする。
「空、開けるよ。今日は前回よりも難しい問題集持ってきたから」
「は?勉強する気?」
「俺は家庭教師だよ。勉強しないで何するんだよ」
「真ちゃん、家庭教師だっけ?家に夕飯食べに来てるだけじゃん」
「バ、バカな。俺は夕飯目当てで来てるわけじゃない」
「礼にオーダーしてただろ。家は定食屋じゃないんだからね」
何だよ、盗み聞きしてたのか。
空の学力は俺の実力を勝るくらい優秀だ。どんなに難しい問題集を用意しても簡単に解いてしまう。即ち、俺が教える必要はない。
中学生のレベルはとっくにクリアし、すでに高校生のレベルだ。
従って、最近の俺は保健室の先生みたいに、勉強よりも空の悩みを聞くカウンセラーになっていた。
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