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 ――俺は奈央が好き……。


 瞼を閉じると、礼さんの泣き顔が浮かんだ。


 床に伏せて泣いていた礼さんの泣き顔……。


 ハッと瞼を開くと、目の前には奈央の泣き顔があった。


 俺は奈央のことが好きなのに、どうして礼さんのことを……。


「奈央ごめん。実は娘さんの友達が亡くなり、情緒不安定で不登校になっていて、相談にのっていたんだ。でももう彼女は大丈夫。家庭教師も通常通りだから。もう奈央に寂しい想いはさせない」


 本宮家のことばかり考え、傍にいる奈央の気持ちに気付かないなんて、俺は大バカ者だよ。


「さあ食べよう」


 室内が重苦しい空気に包まれる。

 胃袋はもう満たされている。それでも俺ははち切れそうな胃袋に、いなり寿司を押し込んだ。


 ◇


 その日の夜、俺は奈央を抱いた。


 この二週間、奈央に触れることはなかった。

 正直、空や礼さんのことが気になり、そんな気にはなれなかった。


 でも今夜は、寂しい想いをさせてしまったことが申し訳なくて、謝罪の気持ちから奈央を抱いた。


 お互いが求め合って抱き合うことはあっても、こんな気持ちで体を重ねたのは初めてだった。


 ――奈央を愛している……。


 俺は奈央を愛しているんだ。


 就職して仕事も収入も安定したら、奈央を驚かせるサプライズを考え、正式にプロポーズするつもりだ。


 奈央からいい返事がもらえたら、奈央の母親に挨拶に伺い、俺の両親にも紹介するつもりだった。


 ――俺達は真剣に付き合っている。


 奈央に唇を重ね、奈央の体に触れ、奈央と指先を絡め、奈央とひとつになっているのに……。


 俺の心の片隅には……

 いつまでも消えることなく、礼さんの泣き顔があった……。

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