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「……少しだけ……泣かせて……」


「泣きたいだけ泣いていいよ」


 夫婦のことは俺にはわからない。

 口論の原因も、夫が礼さんに手をあげた理由も、憎しみ合っているのに、夫婦でい続ける理由もわからない。


 でもどうして、どうして……。


 そんな思いだけが、脳内を駆け巡る。


 どうして、どうして……。


 か弱い女性を殴るんだよ……。


 どんな理由があったにしろ、女性を殴るなんて許せない。


 礼さんを殴るなんて、許せない。


 この時、俺の中に芽生えた感情が何なのか自分でもよくわからなかった。


 暫くして、礼さんは落ち着きを取り戻した。

 泣き腫らした顔で、気丈にも笑顔を見せる。


「ごめんね、空。真君にも家庭の諍いを見せてしまって……。恥ずかしいわ」


「……いえ」


「MILKYでは強がっていたのに、かっこ悪いところを見せてしまったわね。お詫びに今夜は夕飯食べて帰って」


「夕飯ですか?」


「作る時間はないから、出前とるわ。いいでしょう?空も喜ぶし、ね、空?」


「……別にあたしは喜ばないし」


 空はソファーにドカッと腰を落とし、ツンと唇を突き出した。


「じゃあ、決まりね。お寿司でいいかしら?空の好きな茶碗蒸しも頼むわね」


 礼さんは何事もなかったみたいに、俺に笑顔を向けた。その笑顔が俺には痛々しく見えた。


「空、もう少し勉強しておいで。出前が来たら呼ぶから」


「……もういいよ。やる気が失せた」


 空はソファーで膝を抱えた。

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